そんで、卒業した俺は、親から、福祉の道に進まないのなら、せめて正社員になれ!と言われたので、ハロワに行って、正社員の募集をとにかく探しました。なにせ、金銭面の支援は卒業と同時に途絶してしまったので、早く自分で稼がねばならなかったのです。それで、もう何でもいいやと、熟考せずに、ある求人に応募しました。
 それは、ある大企業の工場の中にある、ある製造部門の協力会社の求人でした。そこは、特に学歴は必要ではなくて、給料は色々と引かれる前で17万円くらいだったかな。日曜は休みで、祝日は出勤だったかな?詳細は忘れた。あと、土曜日は月に二日休みだった。そんな小さな企業でした。そして、俺はそこにハロワ経由で応募したら、その日のうちに、じゃあ、すぐに来いと言われ、その工場にいる社長に会いに行きました。すると、その日のうちに、採用が決定しました。それで、数日後から出勤しました。
 作業内容は、まぁ、その大企業の正社員とか派遣社員が大勢働いている工場内で、一緒に、ある製品を作る作業をしていました。その製造過程で、その協力会社が、ある行程を担当しているという形でした。それで、色々と教わりました。とても大変でした。しかし、一応、一生懸命に頑張っていました。
 
 だが、そもそも、急いで、よく考えもせずに入ったものですから、こっちは軽い気持ちで、そこで何十年も働く覚悟はなしで応募したのです。しかし、そこの社員の人達は、俺が将来、その会社を背負って立つ人材に育てようと、大きな期待を寄せて、あれよこれよと、色々と熱心に教えてくれました。しかし、俺はただ、その場凌ぎの思いで応募したのです。そこで、何十年も働こうなどと、思いませんでした。
 そこは、俺が入るまで、もう何十人も採用しては辞め、採用しては辞めの繰り返しで、社員の平均年齢も上がってきており、もともと少人数の会社なので、次世代の人材育成は緊急の課題だったのです。そこに、こんな軽い気持ちで応募した俺が入ったのですから、互いの気持ちは一致するはずがなかったのでした。
 そう、俺は、そんな気持ちならば、派遣社員としてとりあえず働いて、それから将来を考えればよかったのに、親が絶対に正社員になれ!と言ったのと、蓄えがなかったから、もうとにかく、どこでもいいから正社員に応募しなきゃという切迫感、強迫観念で、よく考えもせずに、そういう行動に走ってしまったのでした。その頃、俺は父親に、散々学費を出してもらったのに、福祉の道に進まなかった負い目もあったから、正社員になれという要求に逆らうことは出来ませんでした。でも、実際は、多分、派遣社員の仕事の方が給与は良かったと思います。だって、結局、ボーナスも、五万円だったし。だったら、土曜日も月に二日働いているし、派遣社員として時給制で働いていた方が、稼ぎは良かったのかもしれません。
 俺は次第に、「はぁ・・・好きでもない、この仕事で、ずっと定年までここで働かなけりゃならないのか・・・しかも、学歴が必要ないのなら、中卒でここに採用されても、変わりはなかったなぁ」などと思うようになってしまいました。それで、やはり、先輩方の話を聞いていると、社員歴20年は経過している人の給与が、驚く程安いのを聞いたりして、俺の将来も見えてしまって、もう、急激に恐怖感に包まれてしまいました。やはり、大企業の工場内で働いているとはいえ、それで潤沢な給与を貰えるのは、あくまで大企業の正社員であって、下請けの会社員や、そこで働く派遣社員などは、とても低い給与なのでした。そういう現実も、はっきりと教えてくれる人がいなかったので、呑気な俺は、自分で体験して納得するしかありませんでした。
 しかし、新入社員は俺一人で、周囲は俺が、ここで定年まで働いてくれるものと期待して、ニコニコと色々熱心に教えるのです。それが、かえって俺にはとても苦痛でした。だって、辞めたらその期待を裏切ることになるし、勤め続けたいとは思わないし・・・そんな思いで、とりあえず毎日働いていました。しかし、内心はとても恐怖でした。
 それで、入社してから四ヶ月が経過したある日、とある巨大な重量物をワイヤーでつり上げる作業をしていました。そこで、俺は先輩が見えない反対側にいて、ワイヤーの位置を教えていたのですが、俺がはっきりと大きな声で発音しなかったのか、いきなりワイヤーがギュっと引き上げられました。その時、俺の右手の軍手の先が、そのワイヤーに引き込まれて、ズタズタになりました。運良く、俺の右手は無傷でしたが、あと1cm、いや、あと0.5cmズレていたら、俺の右手の指はもっていかれていたでしょう。その時、俺は顔面蒼白でガクガクと震えてしまいました。それに気づいた先輩が、「おい、大丈夫か!」と駆け寄ってきてくれましたが、その時、もう、辞めようと決意しました。そして、その日の仕事が終わって帰宅してから、社長に電話で辞めたいと伝えました。社長もその日の出来事は聞いていたようで、そうか、まぁ、残念だけど、合わない仕事をして大怪我されても困るからな・・・まぁ・・分かった、と了承してくれました。そして、辞めるまでの間に大怪我してもらっては大変だからと、もう翌日から出社しないでよいことになりました。こうして、俺の短い正社員の期間は終わりました。辞めたことは両親には言っていませんでした。

 ちなみに、速聴のローンは、たしか、ここに勤めている途中で完済したと思います。はぁ〜、215万円あれば、色んなオプションつけた新車のカローラ買えたのになあ。はー、アホらしい。あれは、買った本に挟まっていた、無料で追加の本が貰えるハガキを出したことから契約させられたわけだが、やはり世の中、公共の事業でもない民間企業が無料をうたうなんて、やはり何かしらの裏があるということを、この体験で、身にしみて思い知りました。こういうことも、やはりそれまで、誰一人俺に教えてくれる人はいませんでした。