それで、仕事は、新聞の折り込み求人広告を見ていたら、契約社員の施設警備の仕事が載っていたので、それに応募しました。・・・・・なんかね、もうね、何の人生の計画性もないね、俺は。今更ながら、この時にでも、何か、公務員試験でも受ける方向に持っていければ、また人生違った景色が見えたかもしれないのにね。書いていて、本当にどうしようもない奴だなぁ、と思います。

 それは一年間の契約でした。給料は、月給20万円くらい。労働条件は、丸々一日、つまり仮眠三時間ありの24時間勤務で、翌日は休み。翌々日に出勤。それの繰り返しで、たしか祝日も労働で、勿論土日は無関係だったと思う。勤務先の大手飲料メーカーの工場は土日も無関係にフル稼働だったと思うから。 
 それで、最初は勤務開始までまだ一ヶ月くらい日数があった。最初の数日間は講習だった。みんなオジさんばかりだった。若者は俺一人だけだった。元警察官の中年とかいたけど、警察官の方がはるかに恵まれているのに、どうして辞めちゃったんだろうか?他には、爺さんに近いおじさんとか、とにかく年齢は高かった。そんな中に、俺は二十代なのに、応募してしまったのでした。警備員についても、よく考えずに応募しちゃったからね。俺の人生、とにかく行き当たりばったりすぎるよ。
 新入社員は12人くらいだった。それで、6人くらいは、他の施設にばらけて就職することになって、残りの6人くらいは、大手飲料メーカーの巨大工場の施設警備に回ることになりました。その中の一人が俺でした。
 それで、その時は、その飲料メーカーの警備業務が他の警備会社から、俺んとこの警備会社に引き継がれる時期だった。だから、今回、こんなに6名も採用したんだとさ。ただ、まだインターン、つまり研修期間が始まるまで間があるので、夜間の小中学校の見回りの仕事を、俺だけすることになった。それは、なんだか、俺に警備の仕事とはどういうことかを体験して欲しかったかららしい。その他のおじさん達も、インターンが始まるまでは、それぞれ別の簡単などこかの現場で警備の仕事をしていたらしい。
 そんな感じで、俺は午後六時から翌朝八時まで、地域の小中学校を十数校巡回する仕事を始めた。最初の二回は、先輩のおじさんと一緒に回った。まぁ、窓が開いていたら、俺の警備会社に学校巡回の仕事を依頼している某大手の警備会社のガードセンターに電話連絡して、これから中に入りますということを伝え、警備装置を持参したカードで解除して、学校の中に入って、窓やら扉やらを閉じるということだ。
 それで、最初の二回の訓練回が終わり、いよいよ俺一人ですることになった。二人で回っていた時は、そのおじさんはかなりいい加減で、窓が開いていても、面倒くさいからと無視したりすることがあったが、俺はそういうのはかなり義理堅いというか、真面目というか、見過ごすことは出来なかった。だから、その性格が後に禍いを招くのだった。
 俺は、まず俺の小さな警備会社の本社に行き、鍵がびっしりと入ったアルミのケースを預かる。これは絶対に無くしてはならない。なぜなら、これから巡回するすべての学校の全ての施錠箇所の鍵が入っているからだ。もしもこれを無くしてしまったら、俺の会社が鍵の交換費用を全額弁償することになる。そんな貴重極まるケースを車のトランクに入れ、巡回に出発しました。
 そして、真っ暗な夜の学校を、一人で巡回していました。警察官に呼び止められたこともありますが、俺が警備員だと分かると、笑顔で謝罪し、去っていきました。勿論、警備員の制服は着ていました。ただ、真っ暗だから、警官も分からなかったのだろう。
 夜の学校は本当に怖い。内部には入らずに、建物の周囲を巡回して歩くのだが、学校の花壇の野菜を盗んでいる変な人がいたり、不良がいたり、人間が誰もいなくても、真っ暗な階段とか狭い通路とかを懐中電灯で照らしながら進むのは、リアルバイオハザードです。 
 それで、本当に度々、未施錠の箇所を発見してしまい、それを無視できない真面目な俺としては、その度にガードセンターに電話し、中に入って施錠していました。
 でも、基本的に、やはり俺は、俺の今までの人生を読んできたから分かっていると思うが、基本、『馬鹿』なのだ。だから、この仕事でも、その馬鹿さがいかんなく発揮されました。
 ある日、学校の扉が、持参したその学校の鍵でどうしても施錠できないんだ。えーと、どんな状況だったかな・・・。たしか、施錠したい扉があって、それがどうしても施錠できなかったんだ。あー・・うーーーー、もうね、何言ってるのか不明です。
 で、それを本社の深夜時間に寝泊まりしている担当者に相談したら、ガードセンターに連絡して、機動隊員に来てもらうしかないだろうと言われた。それで、俺は嫌々、仕方なく来てもらいました。本来、機動隊員は一般家庭とか企業とかで何かあった時にすぐ直行する奴らだから、俺のような仕事で一々呼び出してはならないのだ。だから、来た眼鏡の機動隊員も、超不機嫌でした。そんで、必死になって焦りまくりながら俺が説明し、その場で見てもらったら、その扉が施錠できなかった原因は、腰の高さにある鍵穴ではなく、 足下にもう一つ鍵穴があり、それを俺が見逃していたからということが判明した。そいつは低音の声で、「あんた、この前もウチらを呼び出そうとしたよね」と言った。そう、その前にも、何かは忘れてしまったが、俺は一度同様のパニックで呼び出していた。でも機動隊員が来る前に問題が解決したので、急いで電話して、来る前に引き返してもらっていたのだ。それも、たしか、馬鹿みたいな理由だったと思う。そんな感じで、てめえふざけんなクソ野郎みたいな感じで、嫌み言われてそいつは帰りました。まぁ、俺が足下の鍵穴に気づかなかったからいけないんだけど。でも、そんなの普通レベルの知能なら、すぐに気づくだろうに、俺はその時、パニックになって、色んな出入り口をあーでもないこーでもないと、焦りまくっていた。俺はその一件で、とても落ち込んで鬱状態になった。しかし、こんなことで辞めてはいけないと踏ん張り、頑張りました。
 それから数日後、またトラブルがあった。 えーとね、ある中学校で、ある扉がどうしても施錠できなかったんだ。もう、一時間くらい試行錯誤していた。けど、無理だった。それで、本社の夜間担当者に電話したら、機動隊員に来てもらうしかないだろうと言われ、超嫌々ながら電話しました。しかし、機動隊員が来る前に、どういう方法だったか忘れたが、さらに色々と試した結果、その問題は解決したんだ。しかし、問題解決後に機動隊員が、その時は二人組で到着したんだ。経緯を説明すると、その時は一応、そいつは丁寧な口調だったが、内心では怒っているのが見て取れた。「もう、いい加減にしてくださいね」というような感じだ。俺は平身低頭で謝り、帰ってもらった。その後、同一中学校の残りの箇所を巡回したら、また未施錠の箇所があったんだ。それで、その鍵は職員室の中にあるのだった。俺は必死で真っ暗な職員室の中を、懐中電灯で鍵箱を探した。それで、見つけたんだけど、頭の悪い俺は、色々と鍵を試したけど、なかなか合わなかった。で、一時間くらいそんなことをしていたら、ガードセンターから電話があり、「まだ終わりませんか?」と言われたが、まだですと言った。その後、その鍵箱は二重になっていて、横にスライドさせると、新たな鍵が出てきた。それを発見して、これでどうにかなると思ったが、新たに発見した鍵も、全部駄目だった。そんな感じで、必死になって探したけど、結局三時間経っても一向に鍵は見つからなかった。それで、仕方なく、本社に電話したら、また機動隊員に来てもらうしかねえだろうと言われたので、超超超死ぬ思いで、機動隊員を呼び出しました。
 案の定、今度は俺に出会うなり、機動隊員が怒号で「ふざけんなテメーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」と、もう、ものすごい形相と音量で、今にも殺す勢いで怒鳴ってきました。そりゃそうだ。同じ場所に、一日二回も間抜けな下請けの警備員に呼び出されたのだから、怒り心頭でしょう。その時、俺は、もう放心状態で、雨の降りしきる中、白い合羽を着て、「もう・・・クレーム入れてください・・・」なんて、頭を斜めに傾けて死んでいた。「てめえ何逆ギレしてんだよ!!!!!!!」と、相手はキレまくっていましたが、その時の俺は、もはや正常な精神状態ではなかったのです。正確に言えば、その時怒鳴っていたのは先輩にあたる機動隊員で、新入社員らしきもう一人の機動隊員は、俺に「まぁ、気にすることないですよ」などと慰めの言葉をかけてくれていたけど。
 それで、機動隊員が怒鳴りながらも職員室に入って行った。でもそいつでも中々場所が分からなかったらしく、10分くらい探した末にようやく見つけて、施錠した。帰りも、俺は散々怒鳴られた。俺は機動隊員が去った後、雨の中、放心状態で、残りの箇所を一応、巡回した。相手が言うには、まず呼び出す前に、全部の箇所を点検しろ、そしてどうしても分からなかったら呼び出せ!!!!そうすれば何度も呼び出すことないだろうが!!!!ということでした。まったくその通りです。でも、俺はアホだから、そんなことも分からなかった。まったく、賢い頭脳というのが、この時程欲しいと思ったことはない。やっぱり、馬鹿は生き辛いし、とても損だな。 そんな感じで、後日、クレームが俺の会社に入りました。でも、俺の警備会社の上司は、「それは君が真面目にやった末のことだから、今度、ちゃんとすればいいよ」と言ってくれましたが、その時の俺はもう、精神がガタカダでした。きっと、その大手の警備会社の奴らの内輪で、「下請けの○○の齋藤というのはとんでもない馬鹿だよ」と、噂し合っていたでしょう。ガードセンターにかけた時も、やれやれ、またこいつかよ・・みたいな感じの受け答えだったし。もうね、あんまり真面目にしすぎても、馬鹿みたいだ。といっても、あなたの人生はあなたの人生なんだから、自分で時と場合を考慮して、自分で考えて行動してくださいね。
 その他にも、学校の門がどうとか、体育館の扉が開いているとか、電源のコードがどうとか・・・もうね、真面目な馬鹿がやっちゃいけないね。不真面目なら、ひょいひょいと無視して行っちゃうことも出来るが、俺は一カ所でも開いていたら、心残りなので、それが気になって、やっぱり閉めに行っちゃうのだった。で、馬鹿だから解決まで時間がどんどん経過して、いつも朝方ギリギリまでかかったと。朝方八時までが巡回の限界時間なんだけど、度々、部活の朝練の生徒と会ったからな。本来、もっと早く終わらせなきゃならないのに。雨の中、革靴で排水溝に落ちて、足の裏に雑菌が入って皮膚科に行ったり・・・。もう嫌だ。
 そういうことが度々あり、俺の精神は超鬱状態になってしまった。もう、その機動隊員の警備会社のCMをテレビで見るのも超嫌だったし、街中でその警備会社の車両を見かけると鬱になるし、その警備会社のステッカーが家やお店に貼ってあるのを見ると鬱になるしで、もうね、地獄だったな。
 それで、肝心の施設警備に配属された時には、精神はガタガタになっていた。しかし、一応、その飲料メーカーの巨大工場には行きました。でも、俺の警備会社に引き継がれるにも関わらず、その時、他の新規に採用された俺以外のおじさん連中は続々と辞めてしまっていて、残るは俺とおじさん一名になってしまった。そのおじさんは俺に「齋藤くん、私達は頑張ろうね」なんて言っていたけど、その時、俺はもう超辞めたかった。それまでそこで警備していた会社のおじさん達も数名、俺の会社に移籍して、引き続きそこで働くと言っていたが、その時の俺はもう、そこにいるだけで精神ガクガクだった。なんとか第一次世界大戦の最前線の塹壕の中で震えつつも立ち止まっていたが、あるインターンの最中の日、とうとう「辞めていいですか・・」と言った。引き継ぐべく俺に色々と教えていたオジさん警備員は呆れていたが、その後、俺の警備会社に連絡して、翌日、辞めることになりました。一応、俺みたいな若い人は滅多に応募してこないらしくて、他のもっと簡単な施設に異動できるが、そこならどうか?と言われたが、俺はもう震えていたので、拒否しました。それで、そこは終わりました。制服は後日、郵送で送りました。とても迷惑をかけてしまいました。

 なお、その大手の警備会社に対しては、それから数年間、やはりその警備会社関連のあらゆるモノを目撃する度に、その時のことがフラッシュバックされ、鬱状態に陥りましたが、最近はなんとか克服しました。はー・・・やっぱり、自分に合う仕事をするのが一番よいよ。こんな感じで、警備員はもう二度とやらないと心に決めて、終了。