それからまた、悪い癖で、ボーっと、どうしていいのか分からない日々、つまりニートの日々が始まりました。その間、自殺防止サイトを改良したり、ベッドに一日中寝てばかりいました。いや、一見、怠けているだけのように感じるでしょうが、事実は、内心は、とても苦しいのです。俺だって、するべき何か、熱中できる何かを見つけたならば、それに向かって一生懸命に走ることが出来ると思うのに・・・。

 そんな感じで、二月半ば頃まで過ぎましたが、俺はようやく、ある仕事に応募しました。それは、東京での、ネット契約を取る訪問販売の仕事でした。他にもオレンジジュースの訪問販売の仕事とか見つけて、実際に電話してみたのですが、内容を聞き、その時は怖じ気づいてしまいました。が、このネット販売は、頑張れば月収五十万円も可能と書いてあったので、もしかしたら、この仕事が合っていれば、ものすごい金額が稼げるのではないかと思って、応募したのです。 つまり、自分に合っているかどうかはあまり判断せず、単に、出来高の最大値の魅力に取りつかれて、応募したのです。
 そして、俺は東京の本社に向かいました。といっても、そこはとても小さなオフィスでした。社員数が10人程度の小企業でした。しかし、場所は東京の中でも都市部にありました。私は面接を受け、やる気を伝えると、採用されました。どうやら、春の引っ越しシーズンに伴って、毎年新規のネット契約増が見込める時期なので、採用をどっと増やしたようでした。身分はバイトで、時給は千円でした。出来高に関しては、ある件数までは時給千円のままで、それ以上獲得すれば、獲得件数により、給与がどんどん高まっていくというシステムでした。
 そして、仕事が始まりました。最初の二日間くらいは、ネットに関する知識を得る為の講座でした。しかし、難しすぎて、よく理解できませんでした。それが終わると、班のリーダーと一緒に、実際に訪問しに行きました。この会社はオフィスとか店舗とかは無視して、一般家庭の一戸建て及びアパートとマンションの訪問でした。リーダーと一緒に、普通のマンションを訪れて、ポストにチラシを入れたり、インターホンを押して、ネット回線の案内をしたりしました。契約してくれれば、色々な特典がありますよ〜、というものでした。ちなみに、ネット回線はフレッツ光でした。この会社はNTTと代理店契約を結んでいて、契約を一件取れれば、NTTから報酬としていくらか貰えるという業務形態でした。
 まず、なにより、恥ずかしかった。だって、今まで、人と接するのが怖くて、ずっと一人で黙々と出来る工場作業員ばかり選んでいた俺が、今度は真逆の、営業ですよ。しかも、縁のある馴染みのお客さんばかりを相手にする営業でもなければ、ハガキとかメールで反響を受け取った見込みのあるお客さんでもない。なんの縁もゆかりもない赤の他人ばかりを相手にして、商品を売り込む仕事ですよ。そりゃ、超難しいよ。 しかも、ネット契約なんて、もう既に殆どの家庭で契約済だろうし、何十、何百という家庭の中から、まだ未契約で、かつ契約に興味を持っている人を見つけ出して、さらに自社で契約してくれるように説得するという、超至難な営業です。そんなのにいきなり応募するとは、何も考えていないとはいえ、出来高の高い給与に惹かれたとはいえ、俺はすごいな。よく、そんな大胆な仕事をする気になったものだ。
 それで、最初の一日は先輩と同行したのだが、その時も、なかなか契約は取れなかった。なぜなら、午前中に出社して、それから、これからその日に歩き回る地域の地図をコピーする。そして、既に訪問した家は色ペンでチェックしたり、見込みがありそうなところもチェックしたり。とにかく、出発前にも一時間程度作業がある。あと、ポストに投函するチラシや契約書を用意したり。その地域までの交通費は後で貰えたけど。訪問する地域の選定は、あらかじめしてあった。俺は世田谷区の何とかっていう地域だったかなぁ・・・忘れたけど、とにかく、他の人と被らないようにされた。
 先輩と同行した日は、五時間も六時間も歩き回ったのだが、やはりプロの先輩がいても、なかなか難しい。まず、チャイム鳴らしても、昼間はほとんどのアパートやマンションで不在だし、いても居留守使って出てこないし、出てきても結構ですと断られるし。しかも、ネット契約をしたいと思っている人を見つけたとしても、我が社と契約してくれるとは限らないし。だって、ぶっちゃけ、特典としては、家電量販店で契約した方が得なんだもの。もう、契約してくれる人なんて、三つ葉のクローバーの中にたまに存在する四葉のクローバーを見つけるくらい至難の業だな。
 でも、途中、あるアパートで、見込みのある外国人を見つけた。その人は、ADSLを使っていた。ADSLを使っている人も、光通信に変えてもらえれば一件になるので、この人は見込みがあった。だけど、相手は英語しか話せない白人なので、全然言葉が通じなかった。で、結局、意味不明で終了。でも先輩は、あの人は見込みがあるから、後日、英文に翻訳した紙を持参して契約してもらってこいなんて言っていたが、そんな無茶な・・・。一応、会社にいる時に、ヤフーの翻訳機能で試しに作ってみたけど、上手くいかなかった。それに、あらかじめ用意した文章以外のことを質問されたらアウトだしな。
 しかし、同じアパートで、引っ越して来たばかりという、若い男性を見つけた。その男性に対して、最初、俺が話していたのだが、あまりにもオロオロとしていたので、すぐに先輩が出てきて喋った。結果、一件ゲットできました。それは、結果的に先輩がゲットしたものだが、俺にくれた。
 で、翌日からは、俺一人で訪問することになった。とても心細かったが、やるしかなかった。超恥ずかしがりながら、インターホンを押す。ほとんど出てこなかったし、対応しても、冷たくあしらわれた。中には優しく断る人もいたけど。とにかく、何件、何十軒も訪問しても、全然契約が取れなかった。まず、見込みのある人自体、そうそういなかった。大体、一日百軒は訪問したな。あるマンションに行った時は、ポストにチラシを入れていたら、不審者に間違われるし・・・。訪問販売禁止の張り紙のあるマンションには、恐ろしくて入らなかった。だって、監視カメラがあったから。
 当時はマジで、恥ずかしかったよ。一人でスーツにコート着て、脇で子供が遊んでいる公園で、ベンチで落ち込んだりして。でも俺は真面目だから、そんないつまでもサボるようなことはしなかった。とにかく、歩いて歩いて、チャイムを鳴らしまくった。大体、午前十時から午後八時過ぎまで頑張った。午後八時過ぎからは神タイムらしく、その頃には独身者が仕事から続々と帰宅してくる時間帯なので、そこからが契約率が上がるらしかった。しかし、なにせ、俺は湘南地域から電車で片道二時間くらいかかって通勤していたので、そんな遅くまでは無理だった。そう、夜八時まで頑張って、それから直で家に帰り、風呂に入り、寝て、朝四時頃に置き、支度して、出勤した。つまり、睡眠時間は三時間半程度だった。なんか、家に帰ってからも、その日に訪問した地域の家宅をチェックする作業とか、その他にも色々とあったんだ。だから、直ぐに寝る訳にはいかなかった。家にも仕事を持ち帰っていた。
 ああ、なんでとんでもなく遠い場所を仕事場に選んだのだろうか。アホだなぁ。世の中には、家から五分の職場の人もいるというのに・・・。通勤時間なんて、出来れば短い方がよいに決まっている。
 身体はちゃんと休めないからボロボロだし、精神の方も全然契約取れないプレッシャーと、恥ずかしさと、冷遇されてあしらわれることでボロボロだった。
 あるアパートでは、チャイムを鳴らした後、誰も出てこないから、階段で二階に上がろうとしたら、そこの扉が開いて、ヤクザが出てきて、「テメーかこのヤロー!!!起こすんじゃねえよ!!!!」なんて怒鳴られるし。その他にも、忙しいんだから邪魔しないでとか言われるし。まぁ、そりゃそうだろう。既にネットを契約している人からすれば、なんでそんなことで、一々対応しなけりゃならないんだ?という思いはあるだろうし。
 しかも、俺が担当した地域は激戦区で、ポストにチラシを投函しようとすると、既に同業他社のチラシがたくさん入っていた。A社、B社、C社・・・もう、無理でしょ。しかも、特典だって、たいして変わらないし。先輩は、同業他社のチラシを見つけたら、捨てて自社のチラシを入れろと言っていたし。俺も最初の頃は実際にそうしていたけど、俺はなんだか、気が引けたので、次第に止めた。はー・・・やっぱり、競合相手のいない警察とか役所は、いいなぁ〜・・と思いました。競合相手がいないということは、給与に対するプレッシャーが無いからな。それだけでも精神的に楽だからな。民間人は超大変だよ。公務員いいなぁ〜、ま、こんなグタグタな人生の俺じゃなれないけどな。
 それでも、数人は契約してくれそうな人を見つけた。ある学生のアパートでは、ADSLを使っていたので、俺が必死に説明したのだが、結局、その人はADSLの契約者名義の確認とか、面倒くさがってしまい、駄目でした。ある家族のアパートも、見込みがあって、俺が必死にたどたどしいながらも説明して、もう少しで契約出来るかなぁ〜という段階で、結局、ちょっと考えますということになり、後日、また訪問したら、やっぱり要らないわ、ということになってしまった。
 と、いうことでね、結局、二週間頑張っても、一件も自力で取れなかった。取れたのは、訪問販売初日に先輩が獲得して俺にくれた一件だけ。そんなの、俺の功績じゃないし。
 で、結局、辞めたいとリーダーに伝えて、辞めました。先輩は、もう少しやってみれば、それで駄目なら、その時はこっちからクビにするから、と言ってくれたが、その時の俺は、精神的にもうマイっていた。もう、訪問したくない、チャイム鳴らしたくないという気持ちだった。それに、一件も取れないのに、このまま時給千円分の給与を貰い続けるなんて、超給料泥棒だから。それに、ネットの仕組みとか、契約書の書き方とかも、よく理解していなかった。超特急で講座をして、いきなり戦場に出たから、よく咀嚼して理解する時間がなかったし、元来、俺の頭脳は低性能だから、よく分からんかった。そもそも、今でも、円高と円安の違いがよく分からんくらいだし。
 はー、やっぱり、普通の人は、ちゃんと睡眠時間を取らないと駄目だ。睡眠三時間半なんて、それは普通の人がしたら、早死にするな。