知性及び精神性を発達させるために、霊は、繰り返し地上に転生輪廻する。
 知性を発達させるためには、仕事に就く必要があるだろう。
 思いやりを発達させるには、人間同士の相互関係が必要である。人間関係が試金石となって、よき人間、悪しき人間をつくり出す。善意と悪意、優しさと暴力、思いやりとエゴイズム、慈悲と貪欲、謙虚さと傲慢さ、誠実さと偽善、率直さとかたくなさ、忠誠と裏切り、などなど、要するに、善人と悪人を区別する、あらゆる性格が、同胞との関わりの中から生まれるのである。
 たった一人で生きる人間には、悪も善もない。一人きりで生きている場合、悪を犯さずに済むが、また、善を行うことも不可能である。
 自らに欠けている、善なる資質をすべて獲得し、厭(いと)うべき悪しき資質をすべて捨て去るには、一回の転生では、当然のことながら不充分であろう。
 粗野で獰猛(どうもう)、かつ無知な人間が、たった一回の転生で、知的にも精神的にも最高に優れた人間になることは可能であろうか?どう考えても無理である。
 では、彼は、永遠に、無知かつ粗野のままでいなければならないのだろうか?諸々の高度な能力がもたらしてくれる喜びとは、永遠に無縁のままで生きねばならないのだろうか?ほんのちょっとでも良識を働かせてみるならば、それがあり得ない話だということが分かるはずだ。もし、そういうことがあり得るとしたら、それは、神の善意と正義、そして、自然が備えている進化の法則を、否定することになるからだ。
 だからこそ、何度でも何度でも地上に転生することを許してくださっているのである。
 新たな転生のたびごとに、霊は、前回までの転生で得た能力や知識、知性や精神性を携えて地上に降りるのである。それぞれの転生は、したがって、進化に向けての一歩一歩であるのだ。
 輪廻転生は、まだ充分に発達していない霊のためにある。ある一定の限界を超えて高い悟りに達した霊達、あるいは、もはや粗雑な物質をまとったかたちでの修行を必要としない惑星に住む霊達にとって、もはや輪廻転生は必要ではなくなるのである。
 しかし、それは、いわば強制的な輪廻転生を必要としなくなったということであって、そうした霊達であっても、高度な使命を遂行するために、人間達に、直接、影響を与えるべく、肉体をまとって地上に降りるということはある。人々に奉仕するために、あえて、地上の苦しみ、肉体に宿る辛さを引き受けるのである。
 地上において肉体生活を営んでいる時期以外は、霊は、霊界で、ある一定の期間を過ごすが、その際の幸・不幸を決めるのは、自分が地上でなした善と悪である。
 霊界での生活こそが、霊の本来の生活であり、最終的な生活であって、霊体は決して滅びることがない。肉体に宿った状態というのは、一時的な、仮の姿にすぎない。地上での仕事を通して実現された進化の成果は、霊界において刈り取られる。そして、霊界においては、次の転生において解決すべき課題のための準備をし、新たに遂行すべき努力目標を立てる。
 勿論、霊界での生活を通じても、霊は向上できる。地上では獲得することのできない特別な知識を得ることが出来るからである。地上で身に付けた考え方を変える必要もある。
 肉体に宿っての生活と、霊としての生活は、それぞれ関連しており、ともに進歩のために必要とされる。だからこそ、代わる代わる、その二種類の生活を繰り返すのである。
 以上のようにして、最終的な至福に至る前であっても、その境涯に応じた幸福感を味わうことは可能である。それは、ちょうど、人間が、幼年期、少年期、青年期に、それなりの楽しみを感じ、最終的には成人としての確固たる楽しみを得るようになるのと同じである。
       
       
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