すべての人間が、仕事を与えられる。どのレベルに属していようとも、そのレベルに応じた仕事が必ず与えられるのである。
 そうした仕事は、霊界・地上界、両方にわたる。あらゆる階層が活動し、最も低い境涯から最も高い境涯に至るまで、全員が、学び合い、助け合い、支え合い、手を差し伸べ合って、頂上を目指すのである。
 地上界と霊界の間、つまり、人間と霊の間、肉体にとらわれた霊と自由な霊の間に、こうして連帯が形成される。真の共感、健全な愛が、強化され、永続化されるのである。
 あらゆる場所に生命と運動が見られる。無限の領域の、どのような片隅さえも、ないがしろにされることはない。いかなる場所であろうとも、輝かしい無数の存在達によって、絶えず踏査されているのである。
 そうした存在は、地上の人間の粗雑な感覚器官をもってしては捉えられないが、物質から解放された魂達は、そのような姿を目にして、喜びと感嘆の情に満たされるのである。
 したがって、あらゆる場所が、それぞれの階層に応じた幸福に満たされているといってよい。それぞれが、自らのうちに、進化の度合いに応じた幸福の要素を備えているのである。
 幸福は、各人の置かれている物質的な環境に支配されるのではなく、各人に特有な能力に応じて獲得されるものである。ゆえに、どの境涯の霊であっても、それなりに幸福を得ることが出来る。
 また、どのような場所にいようとも、高級霊であれば、神の威厳を感じ取ることができる。なぜなら、神は遍在するからである。
 しかしながら、幸福とは、わたくしすべきものではない。幸福を自分だけのものにして、他者と分かち合わないとすれば、そのようなエゴイストは、やがて惨めな境涯に陥ることになるだろう。
 幸福は、共鳴しやすい者同士が思いを共有することによっても得られる。幸福な霊同士は、考え、趣味、感情の同質性によって、お互いに惹かれ合い、一種の家族的なグループを形成する。そこでは、それぞれのメンバーが、自らの光を放つと同時に、グループ全体を包み込む、晴れやかで心地よい香気にひたされる。
 グループのメンバーのうち、ある者達は、使命を果たすべく散っていき、ある者達は、成し遂げた仕事の成果を分かち合うべく会議を開き、ある者達は、より霊格の高い指導霊のまわりに集まって、その意見を聞き、指導を仰ぐ。