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 それで、仕事面のことは、ひとまずこれで置いておきます。それで、ここでは、ギャンブルについて、話したいと思います。まあ、ギャンブルで人生を狂わす人は、昔も今も、大勢いますからね。私の実体験が、ギャンブル中毒で今現在苦しんでいる方の薬となれば、幸いです。

 それで、世の中には、競艇とか、競馬とか、競輪とか、オートレースとかの、大規模なギャンブル会場で行われるギャンブル、所謂、公営ギャンブルと言うんですかね?それも、ありますけど、私はそれらには一切ハマリませんでした。なぜならば、まあ、近くの平塚には、平塚競輪場はあるんですけどね、どうにも、性に合わないと思いました。

 もう、何年も前に、平塚競輪場に行ったことがあります。それは、競輪開催日に、おもむろに、興味本位で見に行ってみたのです。そうしたら、失礼な言い方ですが、券の販売所がある広場には、ホームレス一歩手前みたいな、ひもじそうな服の色の集団が、そこには何百人もおりました。まあ、視界に入っただけで、何百人なので、会場の中にはもっとおったでしょう。

 だってさ、明らかに、金持ってなさそうな服のおっさんとか、爺さんとかばかりなんだもの。タバコふかして、競輪新聞片手に、ソバなんて食ってたりさ。ワイワイガヤガヤ騒いでいるけど、「お前ら、競輪に突っ込む金があるならば、まずは新しい服買えよ!」と突っ込みたくなるくらい、みすぼらしい服装の人が大半でした。まあ、色褪せた服、とでもいいましょうか。カラフルな色ではなく、もうね、何年も服買ってません、みたいな感じでした。

 そんな集団を実際に見て、その後、中に入り、競輪も観ました。う~んと、その日は、その平塚競輪場では目の前で実際に選手達は走ってなくて、設置してあった大型モニターで、他会場の様子をライブ中継しておりました。まあ、他会場の券も買えるらしいから。

 う~ん、でも、私は、周囲に見える貧乏集団に、なんか尻込みしてしまい、実際に券を買う行為までには至りませんでした。だから、あくまで見学のみで、帰って来ました。それ以来、似たような競馬場とか、競艇場とか、オートレース場とかには、全く行ったことがありません。平塚競輪場にも、それ以来、赴いておりません。なんかね、どうせ、俺はお頭が弱いんだから、予想って言ったって、どうせ大半が外してさ、その結果、将来的に周囲の貧民みたいになるのは明白だったので、やる気がせんかったのであります。

 だって、若い頃から競輪にハマって、それで何十年も爺になるまで通い続けて、その結果、何も築き上げていない、単に競輪で金をスッただけの人生でした・・・なんていう一生だったら、これほど虚しい行為はないでしょ。だから、底なし沼にハマる前に、止めときました。

 なので、巨大な賭け事の場所にわざわざ赴くタイプのギャンブル、つまり競馬とか競輪は避けられたのでした。でも、パチンコには、ドハマりしてしまいました。その経緯は、こうです。

 既にお話した通り、私は福島において、除染の仕事を止めたのだ。でも、管理人さん達は、五月末に新居に移動する予定だったのだが、私は未だ、そこにおった。もう神奈川に帰還することを決めていたのに、なぜそこに滞在し続けたのか、というと、ガラスバッジの返却や、退去にあたり、放射能測定をせねばならなかったからだ。つまり、被ばくの測定を受けねばならなかった。それを、一々、国が発行した被ばく手帳なるものに、その数値を記録せねばならなかった。その手続き及び受診の日程があったので、直ぐに神奈川に帰ることは不可能だったのだ。なので、無職のまま、管理人さん達や他の二人の作業員と共に、もう直ぐもぬけの殻になる予定のボロい寮に滞在し続けておりました。

 それは、除染の仕事を辞めたのが、5月20日位で、神奈川に帰宅したのが、5月末だったので、まあ、10日程度、無職でした。でも、パチンコに連れて行かれたのは、5月半ば位でした。だから、まだ仕事をしている最中の、とある休日でした。

 その休日、パチンコ好きの三人の管理人の誘いがありました。最初は、「近くに安いマッサージ屋があるので、そこでマッサージを受けようよ、その金は俺らが支払ってあげるよ」と誘われたのでした。なので、てっきり、マッサージだけだと思っておりました。で、実際にそこに赴きました。そのマッサージ屋は、とある巨大なスーパーの中にありました。そこで一時間、安い値段でマッサージを受けた後、丁度隣に、パチンコ屋があったので、パチンコ好きな管理人さん達が、そこに行こうと、私を誘ったのでした。一人で自動車のところに居る訳にもいかず、ついて行きました。

 そのパチンコ屋は、名前は忘れましたが、え~と、たしか回り易いように、等価貸ではなく、たしか換金率が0.7とかだったかな。それ以降は、私は換金が等倍というんですかね、一玉一円で換金の店ばかりに行っておったので、よく覚えてませんけど、その店は、当たり易い代わりに、換金率が一玉一円ではなく、一玉0.7円とか、そんなレートでした。

 それで、それまでの人生で、私はパチンコなるものは、25歳頃に、一度やってみたのみでした。その時は、たしかエヴァンゲリオンの台で、四円パチンコでした。その時は興味本位で入店して、そのエヴァの台に、試しに千円投入して、仕組みもよく分からぬまま、とりあえず回してみました。すると、全く当たりにカスリもせずに、ものの二分半程度で、千円が消滅しました。その時の印象がとても強く、[パチンコなんてバカらしい!]と強く印象に残り、それ以降、その時まで長らく遊んでおりませんでした。

 でも、そこは当たり易いお店で、私は、その時はもうパチンコに対する警戒感も緩くなっており、また、折角、マッサージも奢ってくれた管理人さん達のお誘いを無碍に断る気にもなれず、誘われるまま、競馬の台に座りました。それは、大当たりの確率が、たしか1/199の台でした。つまり、199回回せば、一回大当たりが来る確率の台です。それで、試に千円投入したのかな、それで、当たりました。稼いだ金額は、ほんの1600円程度でしたが、その時の快感が忘れられずに、それ以来、ドハマりしてしまいました。

 それからというもの、その管理人さん達が、そのパチ屋に行くと聞けば、一緒に行きました。それで、猪木の台をしました。七千円投入したのですが、全然当たりませんでした。俺は怒って、また千円、二千円と投入しましたが、当たりませんでした。その日、寮に帰ってから、まあ、管理人さん達が、台所で喋っていました。

 「あの子(俺)、あんなにムキになってたけど、神奈川に帰っても、大丈夫かしらねえ」とかさ。もうね、それが押し入れの壁越しに聞こえました。でも、私はもうその頃には中毒になっており、翌日とかには、いわき市まで電車でわざわざ行き、ツバメというパチンコ屋で、今度は牙狼の台に挑戦しました。けど、やはり当たりませんでした。一万円損しました。その後、私と50代の管理人さんは、暇だった日に、40歳の作業員の人と一緒に、そのツバメにミニバンに乗って行きました。

 結果、私は最初は2000円程度勝ってましたけど、他のメンバーがまだまだ帰る時間ではなかったので、そのまま打ち続けたら、全部吸い込まれて、逆に三千円程度マイナスになってしまいました。40歳の作業員の人は、久しぶりのパチスロらしかったのですが、三万円負けました。管理人さんは、二千円程度負けたようです。まあ、俺と管理人さんは金が惜しいので、一円パチンコでしたが、40歳の人は、20円スロットというのをしたそうです。

 まあ、パチンコとかパチスロに詳しくない人に少し説明致しますと、色んな掛け金のパチンコ、パチスロがあります。パチンコだと、一玉一円のとか、二円のとか、四円のとかです。パチスロだと、一つのメダルが五円のや、二十円のがあります。当然、一玉一円のよりも、一玉四円の方が、儲かった時の金額は四倍になりますが、損した時の金額も四倍になる、という訳です。他にも0.5円パチンコとかもありますが、それはごく少数であり、設置していないパチンコ店の方が多いのです。

 まあ、殆どの店で、パチンコなら一円パチンコと四円パチンコ、スロットなら五円スロットと20円スロットが設置されております。それで、退店したい時に、店員をボタンで呼び出して、出玉や出たメダル(スロット)を店員に渡して、カウントする器械に通したら、カウントした数字をプリントした紙を貰えるので、それをカウンターに持っていきます。そうすれば、小さなプレートが、出玉や出たメダルの数に応じて貰えます。それを持って、店の外のどこか近所に設置してある、換金所に提出すれば、それが金になる、という仕組みです。まあ、台から直接店員を呼び出さなくても、最近は自動で出玉をカードに記録してくれるタイプの席もあるので、そっちは簡単ですね。

 それで、まあ、それ以来、パチンコにハマってしまったのでした。

 神奈川県に帰ってきたら、福島県よりも、更に数倍のパチンコ屋が、あたかも屋久島の杉の巨木の如く、林立しておりました。パチンコに無興味だった時はあまり気づきませんでしたが、よく見れば、平塚にも、茅ケ崎にも、辻堂にも、藤沢にも、駅前にも郊外にも、パチンコ屋だらけなのでした。

 勿論、スロット専門店も多数ありましたけど、私はスロットには手を出しませんでした。パチンコだけで、もうお腹一杯だったし、スロットはパチンコの多様なギミック、演出と比較して、しょぼく感じたので、真剣に勉強しませんでした。

 だから、私はパチンコ専門でハマりました。但し、四円パチンコは消費スピードが、一円パチンコの四倍の速度なので、流石に警戒して、総額6000円程度しか投入しませんでした。まあ、それは仮面ライダーV3の台でしたが、全部吸収されました。普通のザクよりも三倍速いと言われるシャアザクよりも、四円パチンコは更に高速なのです。一パチの四倍の速度でお金が消え去るのですから。一パチは千円札で割と時間は持ちますが、四円パチンコなんて、恐ろしいお札の消化スピードだったので、もう、怖くて止めました。なので、一円パチンコだけ、やってました。

 そんで、一円パチンコに関しては、主に近場の平塚の駅前や、藤沢や辻堂の駅前のパチンコ屋に行きました。たまに東京の風俗に行った時には、その時あった近場のパチンコ屋にも行ったりしました。郊外店は、私は自転車しかないので、中々、自転車を漕いで郊外店まで行くのは大変なので、行きませんでした。

 まあ、とにかく、ハマリました。最初に、平塚駅前のパチンコ屋に行ったのですが、初日に15000円くらい勝って、二日目に12000円くらい勝って、三日目にもたしか6000円くらい勝ちました。それで、もう、そのお店に忠誠を誓ったような感じになり、それからその店に何度も何度も行ったのですが、それ以降、全然勝てなくなりました。勝ったとしても、たったの二千円程度だったり・・・。どうやら、遠隔操作というのはマジであるようです。だって、偶然に、そんな初日から三連勝なんてする訳ないじゃん。青山考明に騙された経験からも、そしてインターネットで遠隔操作関連の情報を色々と調べた経験からも、絶対に遠隔操作に決まっておるわ!

 最初に、散々甘い汁を吸わせて、そのお店に忠誠を誓わせて、それからたっぷりと、最初の勝ち分の何倍もの金を搾り取る、という計画なのは、見え見えなのですが、その時の私は、そんなの知りませんでした。最初の一回転目で、いきなりマックスタイプの機動戦士ガンダムで大当たりした時とか、「ヤッター!超ラッキー!!」なんて思っていましたけど、それも全部、俺をそのお店の下僕、奴隷、金を自動的に貢いでくる道具と化す為の工作だったのでした。だって、明らかにおかしいだろ!なんで、初日から三連チャンで、毎日勝てたのに・・・あんな、マックスタイプのガンダムで、出玉出まくりだったのにさ、あまりにも出まくって、大きな玉入れに移されたのだ。それに、俺の台の番号が挿してあったのだぞ!それなのに、その初日からの三連勝以降は、パッタリと、勝てなくなったのだ。その三日間に投入した金額の何倍も、十倍以上も投入したのにさ、今度は、サッパリ勝てなくなったよ・・・。マックスタイプ[1/399程度の確率で大当たりが当たる台の総称]のCRリングに、二万円も投入したのに、二万円が尽きかけた最後の方にようやく当たったけど、単発の600円程度の出玉しか出なかったしさ・・・アホらしくて、それも全部投入して、スッカラカンさ。

 その店で、CR聖闘士星矢にも、一万円以上投入したのに、全然当たらねえよ。近くの別の店でも、同じCR聖闘士星矢の台に総額三万数千円も投入したのに、一回も大当たりねえしよ。そんで、俺がブチ切れて、止めた直後に座った婆とか爺に、直ぐに大当たりが当たるしよ。それも超長い14連チャンとか、15連チャンとかだよ。それでまた、俺がその大当たりに当たりたい一心で、大金を投入しても、俺の時は当たらねえでやんの。ふざけんなボケ!!!

 と、まあ、このように、パチンコ断ちを達成してから、既に五か月経過しようとしているのに、過去の悔しい思い出を思い出しただけで、これだけの心の荒れ様なのです。あんなギャンブルは、心に悪い。心の静養なんて、絶対に無理。負けたら勿論、心が荒むけどさ。勝ってもね、勝ったら勝ったで、またパチンコに更にハマるしね。「ああ、もっとあの台に金を投入しとけば、更に出玉出たかなぁ~・・・ああ、もっとやっとけばよかったなぁ・・」なんていう思いに至るからな。そんで、実際に勝っても、換金せずにそのまま続けたら続けたで、ほぼ必ず、その分は吸収されてしまう、という訳だ。

 店内はタバコの臭いばかりだしさ。副流煙で肺癌になっちまうよ。音も煩いしさ。無料の漫画も設置してあるけどさ、それも、無料で釣っておいて、ついでにパチンコやパチスロやらせる撒き餌なんだからな。漫画が読みたいのならば、金はかかるが、漫画喫茶に行って読んだ方がいいよ。ついつい、漫画だけと思っても、パチンコに金を投入してしまい、そこからまた、平気で数千円、五千円、七千円、一万円と、浪費してしまうからな。

 まあ、それで、私は最終的には、五か月前にパチンコは完全に辞められました。それまでは、二度、三度と、パチンコ断ちを試みては、また数か月後には再開してしまった・・・の繰り返しでした。中断後に、また再開した時には、「まあ、ほんのちょっと、200円分だけ、やろう」なんて最初の頃は思ってたんです。で、実際に、本当に最初は200円分のみ遊んでいたんです。仕事帰りにね。それが、三日目には600円、一週間後には800円、二週間後には2000円・・・みたいな感じで、どんどん、投入金額が増えていったんです。で、結局、また、無駄に一円パチンコに、開店直後から台に座って、一日で二万数千円とか浪費したりしたのでした。

 勿論、勝つ時もあるけど、別に、最初の時みたいに、大勝なんて出来なくなりました。勝っても、殆ど、二、三千円のプラスでした。良くて五千円のプラスの日がたまにありました。一万円のプラスの日なんて、滅多の滅多の滅多にありませんでした。勿論、負けた日が殆どでしたけどね。調子の良い時には、連日勝った思い出もあったかもしれません。けど、そんなの所詮、二日間で合計4500円程度しか勝っておらず、翌日の負けでチャラ、その次の負けでマイナス確定・・・なんて形で、累計のマイナス金額はどんどん増えていったのでした。

 まあ、典型的なギャンブルで身を滅ぼすタイプでした。けど、私は、福島県で最初にパチンコにハマッてから、約一年と11か月で、パチンコから脱出出来ました。最初に福島でパチンコをしたのが、2013年の5月半ばで、パチンコから完全に足を洗ったのが、2015年の4月半ばでしたから。

 なんで足を洗えたのか?それは、最後の方は、平塚駅前にあるDステーションというパチ屋にハマッておりました。もう、最初に平塚で三日続けて勝った、あの忠誠を誓ったお店は、結局遠隔確定と自分の中で勝手に認定したので、「もう二度と行くかボケ!早く潰れちまえクソ店が!!」という憤怒の感情で、もうそこには二度と行きませんでした。まあ、店員の接客は良かったけどさ、接客なんざ、別に要らねえもんな。要るのは、勝ち金だからな。

 で、そのクソ店の近くの別のパチ屋にも頻繁に通っていたのですけど、そっちも、最初の頃はまあまあ勝ててましたけど、負けが込んで来たので、行くの止めました。そこが、CR聖闘士星矢に散々金を投入したのに、俺が退席した直後に座った爺とか婆が大当たりを連発した店です。そういうこともあり、心象が急激に悪くなりました。冬ソナとかにも散々金つぎ込んだけどな、冬ソナなんて、あんまり連チャンしないからな。まあ、所詮、パチンコで金儲けなんて幻想ですね。パチプロなんて、本当にいるのかしら?いたとしても、俺には、なるのは無理だな。

 一時期、本気でパチプロになれると思い込んで、インターネットで自称パチプロのブログとか見て色々と勉強して、そこに書いてあった出玉のグラフの線の法則に従って台選びもしましたけど、勝てませんでした。よくよく考えたら、勝ったと言っても、それは他人が負けて吸収された金なのであり、それはすなわち、過去に俺がその店で失った金でもあるのだから、アホらしいよな。世の中に何も貢献していない金だよな。真っ当な仕事で稼いだ金ではないのだから。虚しいだけだ。まあ、確かに、金は金なんですけどね。

 で、話を戻すが、そのDステーションに行きだして、なぜか、けっこう勝てた。本当に、勝率が高かったし、勝つといっても、チンケな金額ではなく、けっこう8000円勝ちとか、12000円勝ちとかしておった。勿論、負ける時は負けたけど、その負け金も、五千円とか六千円で済んだ。Dステーションには累計6回位行ったけど、Dステーションに限った話では、けっこうなプラスで終わったと思う。

 しかし、それでも、やはり俺はパチンコを止めようとは思っておったが、中々辞められぬ日々が続いておった。とはいえ、2015年に入ってからは、もうそれまで何度もパチンコの中断期間があり、何度かは禁パチに成功しておった。ただ、数か月経過したら、また再度通い出す、の繰り返しで、困っておった。しかし、まだ完全に断つことは出来ておらんかったんじゃ。

 でも、それでも、やはり2013年の頃に比較すれば、もうけっこうなパチンコ欲に対する悟りが出来ておった。「ああ、こんな下らないことをいつまでも続けていたら、俺の人生、虚しいばかりだ・・・」という、一種の悟りが出来ておった。だが、完全にパチ断ちを達成するまでには至らなかった、という訳だ。

 そんな時に、Dステーションに通いだして、ちょいちょい勝てるようになったんじゃ。でも、最後の日、おもむろにそのDステーションに行ったんじゃ。パチンコに対する欲望は、もう、ある程度は消えておったが、まだ完全には、雲散霧消しておらんかったからな。

 で、その残り僅かなパチ欲に駆られて、Dステーションに行きました。で、この前、大当たりして儲かった牙狼をやりました。最初にやろうとした台は、やっぱ止めて、直感的にこれだ!と思った別の牙狼の台をやりました。それはマックスタイプであった。

 そしたら、直ぐに大当たりした。[牙狼剣を押し込め!]という案内が出て、押し込むと、ピュピュピュピュー!!!だったかな、音のリズムは忘れたが、とにかく、大当たりした。その後、15000円儲けた。

 でも、その台は、俺が最初に、その日回した台であり、一度連チャンが終了して通常モードに戻った後、また直ぐに、一回転目で、大当たりしたんだ。それで、最初に百円分程度の玉しか使用していないにも関わらず、総額15000円程度儲かったんだな。それで、[もしかしたら、この台は、この日、もっと回せば、もっともっと天井知らずに出玉を吐き出すのではないか?]と直感的に想像しました。だから、折角儲けたその出玉のカウントが記録されたカードを、またその台に戻して、どんどん打ち続けました。

 しかし、それ以降、全然大当たりは来ませんでした。最初に15000円もの儲けが出たので、台の上のデジタル表示グラフには、高層ビルのような、ほぼ直角な上昇線が描かれておったのです。しかし、その後、回せど回せど全然当たらなかったので、みるみる下降線が表示されていきました。それで、結局、一万円分くらい投入したのかな?500回転くらい回しましたが、結局、当たりませんでした。まあ、マックスタイプの台ならば、その程度のハマリなど、ごく普通のことなのですが、その時の俺の心象としましては、[・・・なんで、この台は当たらないんだ?最初にあんなに出玉あったんだから、この台は今日、継続して爆発する台なんじゃないのか?]という、勝手な思い込みによる疑問と憤怒で一杯でした。

 しかし、もういい加減いつまで回しても当たらないので、相当損した後、別の列にある、ミドルタイプ[1/199]の機動戦士ガンダムの新型の台に座りました。それは、既に950回転くらい回してあったが、まだ当たりませんでした。その台から、前のお客さんが立ち去ったので、私が直ぐにそこに座りました。それで打ち始めてたら、割と直ぐに大当たりが来ました。連チャンしましたが、所詮ミドルタイプなので、結局、二千円程度しか儲からなかったな。だから、牙狼の台と合わせて、儲けで残ったのは七千円程度しかありませんでした。

 確かに、その日は総額で見たら、七千円儲けたのは事実です。しかし、気持ちがズドンと沈んだままでした。勝ったのに、気持ちが沈む。最悪ですね。あーしとけばよかった、こーしとけばよかったと・・・ただの銀色の玉の為に、折角の人生の貴重な時間及び思考、そして金を、全部つぎ込んだ結果が、これなのでした・・・。

 途端に虚しくなり、その金を換金した後、もうパチンコは一切止めました。トイレを借りる為にパチ屋に立ち寄ることもなくなりました。とにかく、あんな店は、人生を虚しくするばかりだ・・・という思いに至り、近づくことを止めました。

 私のパチンコ物語は、以上です。だから、皆さんも、あんな虚しくなるだけのキカイなんて、近寄らない方がいいよ。たとえゲームセンターのパチンコであっても、止めときましょう。止めた方がいいよ、本当にさ。

 あんな下らないものに情熱と金と時間を注ぎ込んだ結果、老人になって、ハッと気付く・・・「自分は今まで、一体何をして暮らしてきたのだろうか・・・」と。そうならない為にも、出来るだけ若い時分に、キッパリと止めましょう。

 ちなみに、私は今現在、宝くじさえ買ってません。だって、全然当たらないんだもの。2014年の6月頃に、止めました。そのキッカケは、最初に千円分のスクラッチ買って削ったら、100円分しか当たらなかった。その後、追加で千円ずつ買っていったんだ。で、総額六千円投入しても、何もデカい金額は当たらなかった。100円ばかりだった。とってもバカらしくなった。いつかは当たるという保証なんて一切ないんだ。だから、止めた。それまでは、淡い期待を抱いて、ロト6とかロト7とかジャンボ宝くじや、一等が一千万円とか二千万円の中堅クラスの宝くじとか、少額単位でちょくちょく買っていたけどさ、それも全然当たらないので、アホらしくなって止めた。

 だから、今じゃ、全く宝くじは購入していない。あんな、絶望的な確率でしか当選しない媒体に、人生の希望を託すなんて、馬鹿げている。毎月の給料を全額、万馬券にばかり賭けるよりも、更に馬鹿げているよ。だから、キッパリと止めたよ。

 まあ、私のギャンブルに関する経歴は、以上です。今はもう、賭け事はやっていない。