悪人の為に命を犠牲にするべきか

十五、ある人が死の危険に直面しています。彼を助けるには自分自身の命を危険に晒す必要があります。しかし、死に直面している人は悪人で、もし助かれば再び新しい罪を犯す可能性があります。にもかかわらず、命の危険を冒してまで彼を救うべきでしょうか。

 この問題は非常に重要な問題であり、私達霊に疑問として起こるのも当然なことです。たとえ悪人であっても、私達の命の危険を冒して救うべきかを知ろうとしてここで扱っている以上、私の道徳的進度に応じてこの問題にお答え致します。献身は盲目です。敵兵もが助けられるように、社会の敵、つまり悪人をも助けてください。そのような場合において、死だけがその哀れな者の人生を奪おうとしているとあなたは考えますか。いいえ、恐らくその者の過去の人生全てが奪おうとしているのです。なぜ考えるのですか。人生の最後の時を奪うその瞬間に、その迷える者は過去の人生を振り返ります。もっと正しく言うならば、過去の人生が彼の前に現れるのです。死は彼にとってとても早く訪れるかもしれません。再生は恐ろしいものになるかもしれません。だから、人類よ、身を投じてください。スピリティズムの科学によって明らかにされたあなた達は、身を投じ、彼を危険から救ってください。すると、あなた達を罵りながら死んで行ったかもしれなかった筈のその悪人は、あなた達の腕の中に飛び込んでくるかもしれません。しかし、あなた達は、彼がそうするかどうかを問うてはならず、救助に走らなければなりません。なぜなら、救助することによってあなた達の心の中で「あなたには助けることが出来る。彼を助けよ」と叫ぶ声に従うことが出来るからです。(ラムネー パリ、1862年)
       
       
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