願いが叶ったことを感謝して

二十八、
<序文>幸いな出来事だけが私達にとって重要な出来事なのだと思う必要はありません。見かけは小さくとも、私達の運命にとって大きな影響を及ぼすことがしばしばあります。人間は直ぐに善を忘れてしまい、その人を苦しめることばかりを先に考えがちです。毎日毎日、私達が頼まないのに受けている恵みというものを記録してみれば、多くの者がその数の多さに驚き、又それらが私達の記憶から消えてしまっていることを知って、自分が恩知らずであることを恥ずかしく思うことでしょう。
 毎晩、魂を神のもとへと高め、その一日の間に与えてくれた恩恵を思い出し、そのことを感謝しなければなりません。しかし、神の善意と加護の結果を受けた時こそは特に、自然な形で私達の感謝の気持ちを表さなければなりません。その為に私達は仕事をしている手を休める必要はなく、その恩恵が神のおかげであるということを考えればよいのです。
 神の恵みは物質的なものだけではありません。善い考えや、私達に勧められる幸いな発想についても、同様に感謝しなければなりません。自尊心の強い者はそれを自分自身の才能であると思い、神を信じない者は偶然の出来事であると考えますが、信心の強い者はそれを神や善霊のおかげであると感謝します。ですから、長い祈りの文句は必要ないのです。「神よ、私に善い閃きを与えてくださり、ありがとうございました」と言う方が、多くの言葉を並べるよりも気持ちが伝わります。私達に起きた幸いな出来事が神の恩恵によるものだと思う、私達の自然な心の衝動は、感謝の習慣と慎ましさを証明するもので、善霊の共感を呼ぶことが出来ます。

二十九、<祈り>無限の善意である神よ、私に与えてくださる恵みによって、あなたの名が崇められますように。それらの恵みが偶然であるとか、自分自身の才能によるものだなどと考える者は恥じるべき者達です。
 神の意志を実践する善霊よ。その内でも、特に私の守護霊に感謝致します。受けたものによって私の自尊心が強くなってしまうことがないように。又それを善いことだけに利用することが出来ますように。「○○」を受けましたことを特に感謝致します。
       
       
自殺してはならない霊的な理由 自殺志願者は、まず[自殺の霊的知識]を読んで!
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