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自殺してはならない理由


 人類浄化の大計画

-霊界において計画が作製されてそれが地上界で実施されている例を沢山見ておりますが、それはどういう機構によって行われているのでしょうか。計画の中心的立案者が一人いて全体を纏めているのでしょうか。

 「連帯関係にある霊団が幾つもあり、各霊団に一人のリーダーがいます。その全体の総指揮に当たっているのが、かのナザレのイエスで、今尚地上世界の発展の為の事業に関わっております。そのイエスの下で地上ならさしずめ〝首脳会議〟に当たるものが開かれます。ご存知のように時折私もその会議に出席する為に一時的に上層界へ引き返し、それまでの計画の進展具合を点検し、連帯関係を確認いたします。審議会のようなものです。
 マスタープラン(総合的基本計画)というものがあり、私達に役割分担が当てがわれております。霊格の高さ故に地上の事業に関与出来る〝光り輝く存在〟を一目ご覧に入れたいと思うのですが、残念ながらそれが出来ません。そうした霊団の他にも、他の形態の生命に関与している霊団もありますが、私が関与しているのは地上人類の為の事業です。
 計画は完璧です。なぜなら、その立案に当たって完璧な叡智が働いているからです。しかし、それを実現させるには様々な要素を考慮しなければなりませんから、当然の成り行きとして、その進展は遅々としたものにならざるを得ません。自由意志、カルマ、運勢、好み-こうしたものが全て考慮されるのです。進歩を確実なものにする為には全体への配慮を必要とするのです。その進歩は必ずしも直線的なものではありません。それは有り得ないことなのです。いずれにせよ、こうした中であなた方も神意の成就へ向けての無限の創造過程に幾ばくかの貢献をなさっていることを自覚なさるべきです。
 雄大な構想の下にそのマスタープランを推し進めて行く事業に参加出来ることは、この上なく光栄なことです。だからこそ私は皆さんに、明日のことを思い煩うことはお止めなさいと申し上げるのです。いかなる困難、いかなる障害、いかなるハンディキャップ、いかなる反抗に遭遇しても、又、いかなる愚かさ、いかなる無知、いかなる迷信が立ちはだかっても、霊の力によって、万事、必ず上手く行きます。真理は常に行進しており、その目的成就を妨げることの出来る者は一人もいません。ですから皆さんは堂々と胸を張り、背後に控える霊力は地上で遭遇するいかなる勢力よりも強大であることを、しっかりと認識なさることです」

 このことに関連してサークルのメンバーから幾つかの質問が出された。その回答の中でシルバーバーチは、その大霊団を構成しているのは必ずしも地上生活を体験した者ばかりではないこと、その中での自分の位置についてはこれまでに述べたこと以上のことは述べるわけにはいかないこと、その大事業の計画は遠い昔に立案されたものであることを述べ、こうしたことが地上の人間に容易に把握出来ないのも無理はないという理解を示した。(『ベールの彼方の生活』第四巻にはその大事業の立案から実施に至る経緯が雄大な筆致で叙述されている-訳者)そしてこう述べた。
 「真理に霊的価値が多ければ多い程、地上の言語による説明が困難となります。私達は今霊的な内容のものを扱っているのです。至ってお粗末な表現手段である言語では、地上的要素からはみ出たものは包含出来ないのですから、用語の意味に限界が生じます」

 神々の世界

-今仰った上層界より更に高級な世界があるのでしょうか。

 「あります」

-全部繋がっているのでしょうか。

 「そうです。無限に繋がっています」

-階段(ステップ)状に上へ上へと伸びているのでしょうか。

 「ステップと呼びたければそう呼ばれて結構です」

-〝光輝く存在〟と仰った存在も自我を表現する能力を有しているのでしょうか。

 「皆個性的存在です。意識をもった存在です。自動人形ではありません。光輝いております。指導者的霊格を具えた高級霊です。大天使団、神の使節です」

-かつては皆人間だったのでしょうか。

 「いえ。バイブルをお読みになれば、天使、大天使のことが述べられております」

-ということは常に霊的存在がいたということでしょうか。

 「宇宙のどこを探しても霊でない存在はいません」

-私はどの霊も一度はこの地球という惑星での生活をしなければならないものと思っていました。

 「そういうものではありません。あなた方の地球は無数に存在する生活の場の一つに過ぎません。一度は必ず地球上で生活しなければならないというものではありません。全てを包括したマスタープランがあり、その中から何一つ、誰一人として除外されることも忘れ去られることもありません。
 あなた方に見えている星の彼方にも無数の星があります。惑星の彼方にもあなた方がまだご存知ない別の惑星、別の生活の場があります。宇宙は無限に広がっているのです」(『ベールの彼方の生活』第四巻の274~276頁にこのことが具体的に述べられている-訳者)

-始まりも終わりもないのですか。

 「霊には始まりも終わりもありません。霊は無窮の過去から存在し無窮の未来まで存在し続けます。バイブルを紐解いてごらんなさい。イエスもこう言っております-〝アブラハムが生まれる前から私は存在している〟(ヨハネ伝8・58。イエスがユダヤ教のリーダー達と論争した時の最後のセリフで、アブラハムはユダヤ人の祖とされている人物なので、それより前から存在していたと聞かされてその本当の意味が分からず、生意気なことを言う奴だと石を投げつけるが、イエスは身を隠して逃れた-訳者)

 死後の再会

-私達はいつかはかつての地上での仲間や親族のいる境涯へと向上して行き、ずっと一緒に暮らせるようになるのでしょうか。

 「その人達と同じ発達レベルまで到達すれば勿論一緒になれます。こうしたことは収まるべくして自然に収まる問題です。あなたは今これまで霊的に到達した境涯、段階、存在の場を占めているのです。それと同じレベルにある者は皆似たような発達状態にあるのです。ですから、ご質問に対する答えは、あなたがその人達と同じ霊的発達段階に至れば一緒になれます、ということになります。向上の道は常に開かれております。完全へ向けての、永遠に続く奮闘です」

-ここに愛し合う二人の人間がいて、一方が他方より霊格が遙かに高いとします。死後二人が一緒になるには発達の遅れている方が待たねばならないのでしょうか。

 「その逆が普通です。霊格の高い方が待つことになります。そこには愛の要素があるからです」

-死んで霊界へ至る過程はどんなものでしょうか。

 「死とは物的身体から脱出して霊的身体を纏う過程のことです。少しも苦痛を伴いません。ただ、病気又は何らかの異状による死には色々と反応が伴うことがあります。それがもし簡単にいかない場合には霊界の医師が付き添います。そして、先に他界している縁者達がその人の〝玉の緒(コード)〟が自然に切れて肉体との分離がスムーズに行われるように世話をしているのを、直ぐ側に付き添って援助します。
 次に考慮しなければならないのは意識の回復の問題ですが、これは新参者各自の真理の理解度に掛かっています。死後にも生活があるという事実を全く知らない場合、或いは間違った来世観が染み込んでいて理解力の芽生えに時間を要する場合は、睡眠に似た休息の過程を経ることになります。
 その状態は自覚が自然に芽生えるまで続きます。長くかかる場合もあれば短い場合もあります。人によって異なります。知識を携えた人には問題はありません。物質の世界から霊の世界へすんなりと入り、環境への順応もスピーディです。意識が回復した一瞬は歓喜の一瞬となります。なぜなら、先に他界している縁のある人達が迎えに来てくれているからです」

 霊的身体について

-幽体の寿命はどうなっているのでしょうか。死後は幽体で生活するわけですが、どの位の期間もつのでしょうか。

 「それは地上の年数で数えるわけにはいきません。肉体が老いていくのとは違って、霊的向上に伴って生じる変化だからです。あなたには沢山の身体が具わっています。それらを幽体だのエーテル体だの霊体だのと呼んでおられるのですが、あなたはその内のいずれか、つまりそれまでに到達した霊的進化のレベルの自我を表現するのに似合ったものを使用します。そして更に進化すると、昆虫が脱皮するようにそれを脱ぎ棄てます。つまりあなたは常にその時点での霊格に相応しい身体で自我を表現しているわけです。死後の身体はそういう過程を辿ります。それが無限に続くのです」

-真の自我は肉体でもなく幽体でもなくて、一体何なのでしょう?

 「どう呼んでみたところで所詮は用語に過ぎません。言葉は三次元世界のものですから、言葉を超えたものを完全に表現することは出来ません。従って霊とは何かということを正しく表現出来る用語がないのです。
 霊は物質的なものではありません。三次元的なものではありません。どこそこという存在場所をもつものではありません。身体のように空間を占めているのではないのです。あなた方の物的な感覚によっては、見ることも聞くことも触ってみることも出来ません。その霊こそ実在なのです。霊とは生命力です。霊とは動力です。霊とは宇宙の大霊の一部なのです。
 ですから、あなた方人間は三位一体の存在ということになります。物的身体があり、霊的身体があり、そして魂(霊)があります。それらを全部別の用語に置き換えたければそうなさるがよろしい。が、何の意味もありません。用語をいじくり回すに過ぎません。魂とは神性の火花です。内部に宿る大霊の一部です。
 あなたはその身体ではありません。その身体はあなたではありません。霊的身体はその物的身体が崩壊して大地に戻った後、引き続き自我を表現する為に使用する媒体です。本当の自我は外側、表面、殻などには存在しません。内部の核、仁、中枢、魂、生命、つまりはあなたに潜在する〝神〟です。霊は無限の存在であるが故に無限の顕現と段階的変化を辿ります。一連の身体があり、それをアストラルだのエーテルだのと呼んでおられますが、それも一個の霊が顕現したものなのです。用語に惑わされてはいけません。言葉はただの道具に過ぎません」

-肉体と幽体はどこまで似ているのでしょうか。胃液とか聴覚器官とか筋肉とかがもしあるとすれば何かの役に立つのでしょうか。

 「何の役にも立ちません。あなた方がその肉体器官を機能させる時それぞれの器官とそっくりの幽質の身体を使用しています(これを複体(ダブル)と呼ぶことがある-訳者)が、それには筋肉も胃液も聴覚もありません。霊が肉体を通して顕現し機能する為の外皮のようなもので、死が訪れると地上での役目が終わったことになりますから、その時点で脱ぎ棄てられて別の身体が用意されます。こうして霊が浄化していくのに伴って、その段階に相応しい表現機関として次々と新しい身体を必要とします。霊的身体は沢山あるのです」

-沢山あるとすると、死ぬ時はどうなるのでしょうか。一つひとつ脱け落ちていくのでしょうか。

 「進化する毎に身体を脱ぎ替えていきます」

-ということは、我々は何度も死を繰り返すわけですか。

 「そうです。但し霊が死ぬのではありません。表現の媒体が変わるということです」

-いずれは幽体を脱ぎ棄てる時期が来るわけですが、それも〝死〟ですか。

 「そうです。肉体が役目を終えて棄て去られるのと同じです」

-我々は何度も死ぬわけですね。

 「そうなります。が、それは有り難いことなのですよ。進歩していることを意味するからです」

-いずれ最後は何の身体も纏わない純粋な霊のみの存在となるのでしょうか。

 「私は、その段階には永遠に至らないのではないかと思っています。それに近付く過程の連続だと考えています」

-そこに霊的進化の核心があるのですね?

 「人生そのものの根本の目標が進化であり発展であり成長であり学習なのです。進化する毎に、それまで役目を果たして来た身体が自動的に脱け落ちて、その進化した段階に相応しい身体を纏うのです」

-ある意味では我々の皮膚が次々と剥げ落ちていくのと同じですね。

 「しかも、全身が七年毎に(細胞が入れ替わって)新しい身体となっております。が、あなたという霊は決して無くなりません」