初訪問者はこちら
自殺してはならない理由


 霊界の仕事

-霊界にも自分を役立てる機会があるのでしょうか。

 「ありますとも!地上より遙かに多くの機会があります。こちらには、あなた方の理解を超えた問題が色々とあります。霊的宇宙の至る所に存在する無数の霊-病める霊、幼い霊、忘れ去られた霊、孤独な霊、いびつな霊、無知な霊、こうした不幸な霊の面倒を見なければならないのです。なぜこんな厄介なことになるのか-それはあなた方の世界がそういう霊を送り込んで来るからです」

-霊界の人達も行動範囲に限界があるのでしょうか。それとも自由に宇宙を駈け巡ることが出来るのでしょうか。旅行も出来るのでしょうか。探検も出来るのでしょうか。

 「勿論出来ます。但し、それが出来るだけの資格を手にすればのことです。霊格の問題です。そこに目的意志というものが無くてはなりません」(遊び半分、面白半分の宇宙旅行や探検は許されないということ-訳者)

 更に関連質問を受けてから冒頭に引用した言葉を述べた。すなわち-
 「私達霊の世界の生活がどうなっているか、その本当の様子をお伝えすることはとても困難です。霊の世界の無限の豊かさについて、あなた方は何もご存知ありません。その壮大さ、その無限の様相(バラエティ)は、地上のどの景色を引き合いに出されても、どこの壮大な景観を引き合いに出されても、それに匹敵するものはありません」

-私が思うに、死後の世界へ行っても、そうした霊界の豊かさを探検する楽しみを捨てて、地上で始めた仕事を続けている者が大勢いるのではないでしょうか。

 「そちらで医者だった者がこちらで更に勉強し、地上での知識をプラスして病気の治療に当たっている人が沢山います。それが霊的開発の証なのです」

 再会時の識別の問題

 ここでサークルの女性メンバーの一人が見解を述べたのに対して-
 「法則というものがあって、それが全てを規制しているのです。その内あなたも何一つ忘れ去られたり見落とされたりすることがないことを理解なさいます。私はいつも大自然の摂理とそれによる経綸の完璧さに感嘆しているのです」

-実は私の妹は出産の際の器具の使い方が悪くて脳に障害を受けました。それはそれは醜い姿になってしまいました。今は他界していますが、私が他界した時に直ぐに妹が分かるでしょうか。今も地上にいた時と同じ姿をしているのでしょうか。なぜ妹は40年間もそういう醜い状態で地上生活を送らねばならなかったのでしょうか。

 「この種の問題は本当は個人的感情を抜きにしてその原理を直接扱えば簡単に片付くのですが、それが出来ないのが残念です。地上に生を享けているいかなる人間も、代償の法則、時には懲罰とも言うべきものから逃れることは出来ません。ある段階において必ず霊的な貸借の差し引き勘定が行われ、借り貸し無しの状態となります。そちらで欠陥のあった人はこちらでそれ相当の埋め合わせがあります。
 不具といってもそれは肉体上の不完全さであって、精神や霊が不具になることは絶対にありません。何等かの脳の障害によって精神や霊が表現の機会を与えられなかったことから生じる未熟な精神、未熟な霊ならあります。そうした霊は他界した時点では多分幼児のような進化の程度でしょう。しかし、精神又は霊には何の障害もありません。
 なぜそういうことになったかということですが、これは更に複雑な問題です。因果律、器具の扱い方の間違い、処置の不手際、こうしたものが重なって身体が害され、脳が本来の表現と認識の道具としての機能が果たせなくなったわけです。なぜそうなったのか?もしかしたらカルマが働いていたのかも知れません。が、私は個人的なことにはお答えするわけにはいきません。私はあくまでそれに関わっている原理、原則しか扱えません」

 別の人が「この方はご自分が他界した時に直ぐ妹さんだということが識別出来るかどうかを知りたがっております」と言うと-
 「識別は想像されている程困難なものではありません。他界して来た人はその人と何らかの縁故のある人達によって看護されます。その人達は死期が近付いたことを察知することが出来、迎えに出ます。霊というものは自分の識別を容易にしてあげる為に一時的にどんな形体でもとることが出来ます。子供の時に他界して地上の時間にして何十年も経っている場合、その母親が他界して来た時に一時的に他界時の子供の姿になって見せることが出来ます。ですから、それはご心配なさる必要はありません」

-そちらから人間をご覧になる時、私達の霊体が見えるのでしょうか。人体が見えるのでしょうか、それとも両方が見えるのでしょうか。

 「それは一口にはお答え出来ない問題です。その霊が開発した能力によって違って来るからです。特殊な能力-地上の霊能者が使用する霊視力と同じものをもっておれば人体も見えますが、一般的に言えば霊は人間の霊体を見ている場合の方が多いです。今の私にはこの部屋の物体は何も見えません。ご出席の皆さんの霊体だけが見えております」

-こちらの世界からそちらの世界へ行く時、そちらの縁ある人達にそのことを知らせる何かの連絡組織があるのでしょうか。

 「そういう人達は常にあなたと一緒ですから、そういう組織は必要ありません。あなたご自身が覚悟するずっと以前からあなたの死期を察しております。そしていよいよその時期が到来すると、側に来て待機します。宇宙で愛程強力な引力はありません。愛で繋がった人は決して離ればなれにはなりません」

 ここでその日のゲストの一人で霊媒をしている女性が興味深い質問をした。その霊媒がその日ある婦人の依頼で一ヶ月前に他界したばかりのご主人を呼び出してメッセージを述べさせたところ、その日の朝はこんなことをした、昼はこんなことをした、夕方はこんなことをした、という内容のものだったという。それで、霊界の生活にもそのように地上と同じ朝・昼・夜の変化があるのかという質問をした。これについてシルバーバーチはこう述べた。

 「こちらへ来て間もない初期の段階ではそういうことがあります。まだ新しい霊的環境に順応していない為です。霊界の低い界層、所謂幽界の環境は地上とそっくりです。これは新参者が感覚を慣らして行く為の神の配慮です。
 そうしないと新参者は戸惑うのです。そうしたことから、今仰った人のように、霊界へ来てからも朝と昼と夜の生活があるように思っている霊がいることになります。そう思うからそうなるのです。私達の世界は思念が実在となる世界です。悟りが芽生えるまではその過渡的な状態が続きます。それとは別に、後に残した人の援助がしたくて、あえて霊的向上を望まないというケースもあります。
 霊界にも庭園もあれば家もあり、湖もあれば海もあります。なぜかと言えば、元々こちらこそが実在の世界だからです。私達は形のない世界で暮らしているのではありません。私達も相変わらず人間的存在です。ただ肉体を持たないというだけです。大自然の美しさを味わうことも出来ます。言葉では表現出来ない光輝溢れる生活があります。お伝えしようにも言葉がないのです。
 ごく自然な形で霊界でも家に住みます。ですがその家は地上生活(の善行・徳行)によって拵えられたものです。庭園も自然な形で存在します。手入れがいると思えば手入れをします。究極的にはそうしたもの一切が不要であるとの悟りに達しますが、それまではそうした(地上とよく似た)環境の維持に必要な配慮がちゃんとなされております。もしそうした配慮がまるでされなかったら、地上から霊の世界への移行は大変ショッキングな出来事となってしまいます。
 霊界での生活は段階的に向上して行くようになっています。各界層、段階、ないし表現の場は、下と上とが地理的にではなく進化的な意味で重なり合い、次第に融合しております。魂が向上し、より高い境涯への適応性が身に付くと、自動的にその境涯に置かれるのです。これも完全な叡智の完璧な働きの一例です。何一つ偶然ということがないのです。
 (訳者注-オーエンの『ベールの彼方の生活』第四巻でアーネル霊が、暗黒界から救出された霊の集団によって作られたコロニーについて次のように述べている。《その後もそのコロニーは向上しつつあります。そして増加する光輝の強さに比例して少しずつその位置が光明界へと移動しております。これは天界における霊的状態と場所との相互関係の原理に触れる事柄で、貴殿には理解が困難、いや、不可能かも知れません。それでこれ以上は深入りしないことにします》)
 霊的に病んでいる場合はこちらにある病院へ行って必要な手当を受けます。両親がまだ地上にいる為に霊界での孤児となっている子供には、ちゃんと育ての親が付き添います。血縁関係のある霊である場合もありますが、霊的な近親関係によって引かれてくる霊もいます。このように、あらゆる事態に備えてあらゆる配慮がなされます。それは自然の摂理が何一つ、誰一人見捨てないように出来ているからです。
 地上生活の究極の目的は、人間が霊的成長にある段階において、物的現象の世界の裏側に存在する実在に気付くように、様々な体験を提供することです。大自然の摂理は正常な人間には例外なくその機会が与えられるように働いていることを私は確信しております。もしそうでなかったら神によって無視されたり恩恵に与れない人間がいることになり、そういうことは絶対に有り得ないことだからです。霊が地上に誕生するというその事実が、潜在的にその子供にもいずれ芽生えるであろう霊的自覚が秘められており、その為の機会がこれから与えられて行くということを意味しております」