○霊は自己改善の仕事の外に、何かすることがあるのですか。
「神の御意志を体し、宇宙の調和を生み出す為に協同している。霊の仕事とは休む間のない仕事の連続である。しかし、地上の苦しい労働とは赴きが違っている。そこには肉体の疲労とか、肉体上の欲求から来る悩みなどはない」

○低級未熟の霊も、宇宙の為に役立つ仕事をしているのですか。
「誰しも為すべき義務を負っている。最低の石工にしても、殿堂の建設では、設計技師と等しく協同しているのである」

○霊にはそれぞれ特質があるのですか。
「我等は全ての部面にわたって住み、宇宙のくまぐままでも巧みに統べながら、万事にわたる知を獲得せねばならぬ。しかし、伝道書にあるように「すべてのものに時がある」。されば、ある霊魂は今地上に在って、その運命を果たしつつあり、他の霊は別の時代に、地上か水中や空間に在って、その運命を遂行することになろう、またそうしてきたのだった」

○仕事をはかどる為に、霊は年がら年中同じ仕事を受け持つのですか。それとも、その特質は幾つかの段階に分かれているのですか。
「すべての霊が完全を目指して、段階を上って行かねばならない。正義である神は労せぬ者に知を与えられたことはなかった。すべて労して後初めて知を得る」
〔注解〕このように人間の場合と同様で、どんな仕事においても最低から上へ向って、すべての段階の技術を修練して、必要な知識を手に入れる。こうして最高の熟練の段階に入って行く。

○至高の域に到達した霊は、絶対の休止の状態に入るのですか。それとも仕事がありますか。
「永遠の怠惰の状態にでも入ると思われるか。永遠の怠惰は永遠の苦痛である」
-その仕事とはどんなことですか。
「それらの霊は、神より直接指令を受け、これを宇宙の各面に伝え、その遂行を監督する」

○霊は休む暇なく仕事に携わっているのですか。
「休む間もなく?左様。霊は思想によって生きており、その霊の思想が絶えず働いているとお考えなら、その通りである。しかし、霊の仕事を人間の物質的な仕事と同一視してはいけない。霊達にとり、働くこと即喜びである。役に立つことをしたい、この思いがあるが故に」
-善霊の場合はそうでしょうが、低級霊の場合もそうでしょうか。
「低級霊には、それに相応した仕事がある。無知な者達に知的な仕事など、とお考えかな?」

○霊の中には、怠け者とか、役に立つことをしようなどと思わぬ霊もいるのではありませんか。
「左様、しかしそういう怠惰は一時的なものであり、当人の知性の発展で変わってくる。確かに人間の場合と同様、霊の中にも、自分一人の為にしか生きようとしない者達がいる。しかし、かような怠惰は本人の負担となり、早晩、進歩への欲求が起こってくる。彼は何だか働きたくなり、こうして役立つことをする者となる。私が今話しているのは、自意識や自由意志をもつに至った霊達のことである。というのは、彼等も初めは赤ん坊と同様で、自由意志でなく、本能で行動する者であるからである」

○霊は私どもの学術や芸術の仕事に、関心をもち調べたりしますか。
「霊は人間の進歩向上を示すものには、何なりとこれを調査する」

○地上生活中、画家とか建築家とか専門職についていた霊は、そのような自己の好む方面の仕事に、依然として強い関心をもっていますか。
「すべての道はローマに通じる。善霊は何事によらず、他の魂を助けて神に向わせることに関心を示す。地上生活の中に特定の仕事に献身してきた霊は、霊界に入っては、何か別の仕事に献身するやもしれぬ。と申すのは、完全に到達するには、すべての事を知らねばならぬから。こうして大いに進歩していけば、専門などということはなくなっていこう-前に述べたとおり、すべての道はローマに通じるのである。この故に、なお次のことにも意を向けられよ、過去の世界で権威あるふうに見えたものも、大いなる進歩の世界に入れば、児戯に類することになってしまう。諸君等には思いも及ばぬ芸術や科学が存在する世界の居住者達、かの霊が、ほんの初心者の仕事に過ぎぬ者を見て、何ぞ褒め称えたり出来ようぞ」
-それはかなり進歩した霊の場合であると思われます。私共の質問は、物質界の観念が抜け切れていない、ごく普通の霊の場合なのですが。
「彼等の場合は違ってくる。まだ精神の視界が狭い。従って、諸君等が素晴らしいと思うものは、彼等も素晴らしいと思う」

○霊は私共の仕事や趣味に関係をもっていますか。
「諸君等の言う普通の霊の場合は、関係している。彼等は間断なく諸君等の傍にあり、諸君のすること為すこと、その霊の性質に応じて、時には極めて重要な役を果たしたりしている。また、別の仕事に進出させたり、気持を引き立てたり、なだめたり、そういう目的で働いたりもする」

○霊に使命が与えられる場合、彼等は霊としてこれを遂行するのですか、受肉をしてから遂行するのですか。
「そのどちらかの状態で遂行する。使命によっては、霊のままで、大きな仕事を担っている霊がいる」

○そのような霊が担っている使命とは、一体何ですか。
「それは色々あって、口で述べるのは難しい。諸君等には到底理解できないようなものもある。霊達は神の御意志を遂行しており、諸君等がこの神のご計画のすべてに踏み入ることは、とてもかなわぬ事である」

○霊達は自分が担わされている使命の計画について、理解しているのでしょうか。
「いや、彼等の中には何も分からないまま単なる通路の如き者もある。しかし中には、自分の使命の目的を全てわきまえている霊もいる」

○果たすべき使命を担っている霊は、すべて進歩した霊に限るのでしょうか。
「使命の重さは、それを担う霊の器の大きさ、進歩の度合いに見合っている」

○霊達の使命は、与えられるのですか、本人の意志に基づくものですか。
「本人がこれを求めるのである。それを担うことを喜びとするのである」
-同一の使命が、複数の霊から求められることがありますか。
「左様、一つの使命に対して複数の候補者がいることがしばしばある。しかし、彼等の全員がこれを引き受けるわけではない」

○受肉した霊の使命とはどんなものですか。
「人を導き、進歩を助けること。また、直接的物質的方法を通じて、人間の制度を改善していくこと。これらの使命が大なり小なり一般的で且つ重要なものをなす。しかし、大地を耕作する者も、政治を担い、教導に携わる者に劣らず、使命を担う者である。自然のことはすべて一つに結ばれているのである。また、自ら受肉をもって自己の浄化の道を辿りつつも、各々の霊は、人間の形をとることによって、神の御計画の達成に協同しているのである。諸君等もそれぞれ使命を担っている、諸君等の一人一人がすべて、あれやこれやの道にあって有用であり得るが故に」

○今生において、根っからの怠け者の使命とは一体何でしょうか。
「自分の為にのみ生き、一向に世の為になろうとしない者がいることは事実である。彼等こそ哀れむべき存在、何となれば、この無益さは、やがて酷い苦痛によって償われることになるからである。そしてこの懲罰は、現世において始まることも少なくないのである、生の倦怠と嫌悪を通じて」
-彼等とて選択の自由をもっていたのに、何故に無益の生を選んだのですか。
「人々と同じく、霊の中にも働くことの嫌いな怠け者がいる。神は彼等の行く道を行かしめ給う。彼等とて、無益の人生の悪い結果を思い知っていく、高い代償を払いつつ。そうしてやがては心の底から、無為に過ごした時間を取り返したいと切願するに至る。彼等も、もしかしたら有用な人生を選んでいたかもしれない。しかし結局は、試練に背を向け、怠け心を誘う霊の囁きに身を屈し、道を誤るに至ったのである」

○日常の仕事は、私共には使命というよりも、義務と思われます。使命とは、現世的観念に従えば、自分の為でなく、普遍的な意味をもったものと思われます。この見地よりするとき、私共が地上に使命を担っていること、どうすれば確認できますか。
「彼が成し遂げる結果の偉大さによって、彼の力で人々が成し遂げる進歩によって」

○重要な使命を受けている者達は、出生前からそのように運命づけられており、またそのことを本人は知っているのですか。
「知っている場合もあるが、知らない場合の方が多い。地上出生の際には、漠然と何かを感じてはいる。誕生後、色々な状況下での行為を経て、漸次本人に使命が分かってくる。神はその計画達成に携わるべき道に、その者達を導き入れ給う」

○人が何か世の役立つことをする場合、それは前から定まっていた使命によってやっているのですか。それとも、新しく使命を受けてやるのですか。
「人が為すことは何事によらず、予め運命づけられた使命の結果ではない。しばしば本人がある霊の通路となっており、霊が有用と考える仕事の遂行の為に本人を使っているのである。例えば、ここに一人の霊がいて、有用な書物を出版したいと思う。それは自分がもしこの世にあるなら、書きたいと思う、そういう本である。さて、彼は最もそれに相応しい筆者を探す。自分の考えをよく理解し表現してくれる人物を。霊はその者に仕事の計画を印象づけ、その実行に本人を導いていく。この場合、この人間はその仕事をする使命を帯びて、この世に生まれてきたわけではない。芸術や科学の様々な製作や発見の場合、同じようなことが言える。肉体の睡眠中に、本人の魂はその霊と直接交流し、両者はこの仕事の遂行の為に協議を行う」

霊が自分の失敗によって、その使命をやり損なうことがありますか。
「それはある。もし、その霊が進歩を十分にしていなければ」
-で、その失敗の結果はどういうことになりますか。
「もう一度その仕事をやり直さねばならない。つまり罰である。なお且つ、自分の失敗で招いたまずい結果も引き受けねばならないだろう」

○霊が使命を受けるのは神からでしょう。その神がなぜ、大事な、世の中と最もかかわりのある使命を、それを果たす力のない霊に委ねたりするのですか。
「神の使途が勝利するか、打ち負かされるか、神がこれを予見し給わぬのか。神は一切を予見し給うことを確信せよ。神の計画の遂行、それが重要なものなら、中途半端で投げ出すような人物に、神は委託されることはない。このことを確信せよ。諸君等が迷うのは、つまり神の御心の中にある、本来諸君等が理解し得ぬ、この先見性いかんにある」

○使命遂行の為に霊が肉体をとった時、試練として使命を身に引き受けさせられた霊と同じように、不安を覚えるのですか。
「そんなことはない。彼は道を開くに足る経験の成果を身に付けているから」

○もって生まれた天才によって人類の道を切り開く人物は、間違いなく使命をもっています。ところが彼等の中にも誤りを犯す人がいます。大事な真理に関することでも、重大な間違いを拡げたりする者が沢山います。一体その使命はどのように考えたらよろしいですか。
「本人が誤りを伝えたのである。彼等の担当した仕事に、彼等が耐え得なかったのである。しかしこの点については、彼等が置かれていた状況を斟酌してやらねばならない。天才者というものは、その時代に応じて語らねばならなかった。後世から見れば誤り、ないし他愛ないと思える教えも、当時にあっては十分なものであったかもしれないのである」

○親子関係は、いわば天職と考えてよろしいですか。
「その通り、天職である。のみならず極めて深甚な義務、つまり人が思うより以上に、本人の未来に重要な影響を及ぼす責務である。神はその子供を両親の後見のもとに置き給うた、廉直なる道に子の歩を踏み入れさせんがために。神は新しい印象を受け易くしてくれる繊細な肉体をその子に与え給うた。しかし親達の中には、子供の性格を鍛えるよりは、金の成る木を育てることに骨を折る者が沢山いる。もし子供がその欠陥の故に屈することがあったら、両親はその不誠実の罰を受けるだろう。未来における子供の災いは両親に返って来る、両親は幸福の道へと子供を進める自分の役割を果たさなかったのだから」

○両親の注意にも拘わらず、子供が道を誤れば、両親に責任がありますか。
「いやない。しかしながら、子供の性向が悪いほど、両親の仕事が辛ければ辛いほど、子供を悪の道から正すことに成功した親達の場合は、その報いられるところは大きい」
-両親が怠慢、ないし悪い手本であるにも拘わらず、子供が立派になる時、両親はそれによって得るところがありますか。
「神は正義であり給う」

○自己の野望の満足を目的とした征服者、その目的の為なら災害をも辞さない、そういう征服者の使命とは何ですか。
「そのような人物は、概して、神の計画達成の為、神に使われる道具に過ぎない。これら災害は、時には人々を更に急速に進歩させる手段であることがある」
-彼は自分一人の目的の為これをしたのですから、災害が過ぎた後の良い結果は、それを生む道具であった彼には関係ないことです。それでも、彼はその結果によって得るものがあるのですか。
「各人はその業に応じて報いられる。その業とは彼が望んでした善事、当人の意図の正しさである」
       
       
自殺してはならない霊的な理由 自殺志願者は、まず[自殺の霊的知識]を読んで!
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