-かなり前の話ですが、霊界の友人から[人のため]の意味を常識的な解釈とは逆に考えないといけないと言われて、ハッと目が覚めました。人のために役立つことをしている時は、その相手の人からそういうチャンスを与えてもらっているのだ、と考えるようになりました。

「まさにその通りですよ。その人のおかげで自分の霊性を発揮することができているのです。自己達成とは霊性の開発のことです。そしてその開発は人のために役立つことをしてこそ成就されるのです。
 そこに物理法則と霊的法則の違いがあります。霊的な富は、他人に分け与えるほど、ますます豊かになるのです。進化・成長・進歩といったものは、自分を忘れて他人の為に役立つことをすることから得られるのです。もっとも、相手にそれを受け入れる用意がないと無駄になりますが・・・・
 例えば、こんな挑発的な態度を取る人をかまってはいけません-[できるものならこの私を得心させてみなさい]と。得心するのは自分自身です。自分で自分を得心させるのです。大霊は、わが子の一人一人が地上生活において一度は自我に目覚める為の知識と巡り逢うように配慮してくださっております。摂理がそういう具合にでき上がっているのです。例外はありません。
 無限の叡智によって、この宇宙にあって何一つ、誰一人として見落とされることのないようにしてくださっているのです。顕幽にまたがる全大宇宙には、自然の摂理による調和機構というものがあり、それがすべてを統率しているのです。
 地上世界の法律に幾分それに似たところはあります。ただ、地上の法律は色々な思惑や無知が絡んで、法律そのものに問題があります。すべてを完璧に取り仕切る法律を編み出すことは、人間には不可能です。そこへ行くと大霊の摂理には削除も変更もありません。例外というものもありません。常に同じです。永遠の過去からずっと同じであり、これからも未来永劫にわたって変わることはありません。
 あなた方の世界では[一体世の中はどうなっているんだ!]と言いたくなるような事情・困難・挫折が生じます。そして気が滅入り、こう愚痴をこぼしたくなります-[これはあんまりだ!誰がこんな目に遭わせるんだ?]と。
 その[誰]かは、すべてをご存知なのです。すべてが計画の中に組み込まれているのです。私たちは宇宙の全機構の経綸をあずかる[無限にして完全なる存在]にすべてを委ねます。人間はしくじることがありますが、大霊がしくじることは絶対にありません。
 もしあなたが疲れ果て、うんざりし、やる気を失っているのに、人がそういうあなたに何の理解も示さず勝手な要求をする時は-そういう人間がよくいるものです-表面はどうであれ、神の摂理はきちんと働き、計画は必ずや成就されるとの信念を忘れないことです。
 人間の集まるところには必ずトラブルが生じます。一人一人が霊的に異なった発達段階にありますから、同じ問題を必ずしも同じようには見ていません。それは致し方のないことです。幸いにして自分の方が進化の階梯の高い位置にいる人は、自分より低い位置にいる人に対して同情と、寛容と、理解のある態度で臨むべきです。いかに高い位置に到達したとしても、それよりさらに高い位置にいる人がいることを忘れてはいけません。
 霊の道具として働いておられる皆さん方に私から申し上げたいのは、人間としての最善を尽くしていただきたい-それ以下は困りますが、それ以上の要求はしないということです。体力も気力も限界と思われるところまで来たら、そこで手を引いてください。それから先のことは私たちが引き受けます。
 独裁者のような態度は取りません。強制もしません。あなた方が他人の為に一生懸命に努力なさるように、私たちも、能力の許すかぎりの努力をいたします。そうすることによって霊の力をより大きく、より広く、地上に届けることができるのです」