-愛する人を失った人に対して、その悲しみの最中に死後の話を持ち出すのは賢明ではないと思うのです。そんな時、密かにその人に同情の念を送る方がよいと思うのですが、いかがでしょうか。

「霊性の発達した人は、その時々に応じた知恵を働かせることが出来るものです。適応の方法ならいくらでも思いつくでしょう。その時の当人の置かれた情況に応じて、知識と体験を有効に役立てるべきです。死別の悲しみの中にいる人にただの同情の言葉を掛けるだけでは、当人の救いには役立ちません」

 メンバーの一人が[死]そのものに対する牢固とした恐怖心の問題を持ち出すとシルバーバーチが-

「こちらの世界での困った問題の一つに、二度と地上へ生まれたがらない霊がいることです。前回の地上生活で死後のことに何の予備知識もなかった為に、霊的に辛い目に遭ったその体験から、地上という世界を嫌うのです。例えて言えば、地上で80歳まで生きた者が、自分が学問というものがないことを悔いて、もう一度小学校からやり直したいと思うようなものです。精神的には大人ですから、それは無理なのです。
 こうしている間でも地上から何百万、何千万という人間がこちらへ送られてきますが、その殆どが死後への準備が何も出来ていないのです。みんな当惑し、混乱し、茫然自失の状態です。それで我々が、色々と手を焼くことになります。本当はそちらで霊的教育を始める方が遙かに面倒が少なくて済むのです。
 もしもあなたが死の恐怖に怯えそうになった時は、自分の存在の始源、すなわち大霊の分霊であることを思い起こし、この全大宇宙を創造したエネルギーと同じものが自分にも宿っていることの意味を熟考するのです。そこから勇気を得て、壮大の気宇を抱くことです。下を向いてはいけません。上を見るのです。そして、援助は自分の内部と外部の双方から得られることを知ってください。
 あなたを愛する人々、そしてあなたの心臓の鼓動や呼吸と同じくらい身近にいて世話を焼いてくれている人々が、あなたを見放す筈がないとの信念に燃えてください。内的な平安と静寂、自信と決意、そして、全ては大霊が良きに計らってくださるとの悟りは、そうした認識の中においてこそ得られるのです。
 もとより、私の申し上げていることがそう簡単に実行できるものでないことは、私自身も先刻承知しております。が、霊的なことの成就が容易であろう筈がないのです。何度も申し上げておりますように、霊的意識が目覚めるのは、安楽な条件の中ではなく、難題と辛苦の中においてです。だからこそ一段と強化され、内部の霊性がますます発揮されることになるのです。
 それが人生の目的そのものなのです。楽なことばかりで何の苦労もなく、トゲのないハラの花に囲まれての生活では、成長は得られません。発達はしません。霊性は開発されません。これは大霊が定めた埋め合わせの原理の一環なのです。いつの日かあなたは、その時は嫌で仕方がなかった体験を振り返り、それらが実際はあなたの霊的進化を促す貴重な手段であったことを知って、感謝なさる日が来ることでしょう」