○あなたに宿る大霊の力は、それを正しく認識することによってあらゆる邪悪、あらゆる病気、あらゆる障害に打ち勝ちます。そのことは既に二千年前にイエスが説いております。曰く-[神の御国はあなたの心の中にある]と。

○自分の内部に宿る威力を認識し、それを活用しさえすれば、克服できない困難というものはありません。それをいかにすれば活用できるかとなると、まずその能力を開発しなければなりませんが、ただ開発しただけでは駄目です。高い波長に感応できるものでなければなりません。ではどうすればよいのか。それは日常生活の中身を人の為に役立つもので満たしていくことです。そう努力することで霊性を高めるのです。自己中心的で俗世的すぎると、波長は低いものにしか感応しません。自我を滅却して利他的なことに無心に精励するほど、高い波長のものに感応するようになります。そのとき内部の神性が発揮されるのです。


○一つの仕事を始めると、遅かれ早かれ難問が生じるものです。しかし克服できないほど大きな問題は生じません。先のことを心配してはいけません。私も大きな歯車の歯の一つにすぎません。歯車は確実に回転します。それを動かしている力は物質界と霊界とを包含する大宇宙を経綸している力なのです。その力が森羅万象を生み出したのです。星雲を、太陽を、惑星を、大洋を、大海を、山を、花を、小鳥を、動物を、そしてあなた方人間を生み出したのです。それほどの大きな力が、あなた一人の人生に手こずるわけがありません。私達は人間の挫折を見たくて戻って来た野次馬ではありません。私達がお持ちした霊力は既に地上に根付いております。その力を阻止できるものは地上には存在しません。背後霊に全幅の信頼を置きなさい。

○肚(はら)をすえなさい。私がこの仕事を仰せつかった時、これが大変な仕事であること、多分それまでに体験したことのない大きな挑戦課題であることを聞かされました。そして用意された計画の説明を聞かされて私は、[精一杯頑張ってみましょう]とお引き受けしました。今はどうでしょう。活字のお陰で霊力が地球の隅々まで行き渡っております。


○気を引き締めないといけません。あなたは今、利己主義と貪欲と愚行、その他、混乱と悲劇と争いと憎しみの元凶である物質中心思想の恐ろしい産物との烈(はげ)しい戦いに参加しているのです。しなければならないことが山ほどあります。背後に控える力は物質界の全勢力を結集したものより更に強力であるとの認識をもって事に当たってください。あなたには何一つ恐れるものはありません。

○右を向いたり左を向いたり後ろを向いたりしてはなりません。やってしまったことを悔やむのは間違いです。過去のページは既に閉じられたのです。もう二度と開くことは出来ないのです。大切なのは今日です。明日の運命は今この時点で取る態度によって決まるのです。

○あなたが一人ぼっちでいることは決してありません。困難の中で一人で悪戦苦闘させられることはありません。たとえ目に見えず、耳に聞こえず肌に感じられなくても、背後霊の影響が常にあなたを包んでおります。霊についての実相を理解しさえすれば地上世界は改革できるのです。

○霊を完全に抑え込む力をもったものは物質の世界には何一つ存在しません。霊は物的身体が生み出すいかなる力よりも威力があります。物事がうまく運ばないで人間関係が思うにまかせぬ時、一旦喧騒の現実界から静寂の世界へ引っ込むことです。すると霊界から発せられる強力な愛があなたを包み、霊力を補給してくれます。これであなたはすっかり落ち着きを取り戻して現実の世界へ臨むことができます。

○物の見方・考え方には常に柔軟性がなくてはなりません。柔軟性こそ霊的問題に処していく上での絶対的条件です。独断主義は不毛・沈滞に堕していきます。常に自由な精神を維持していなければなりません。霊力は無限です。これでお終いという限界がないのです。あなた方が地上で手にする知識は死後に待ち受けている膨大な知識の宝に較べれば、そのホンの上っ面を引っかいた程度にすぎません。

○地上人類は自らの力による救済を工夫していかないといけません。出来合いの方法はありません。型にはまった定石的手段というものはありません。その為にはまず無限に展開する生命現象の背後には霊という永遠の実在があること、地上の人間は物的次元で営まれる俗世の存在であると同時に、物的身体を通して自我を表現している霊的存在であることを認識しないといけません。

○物的身体も、神が意図されている通りに、地上生活を営む上での必需品を必要なだけ補給してやらないといけません。次に、それに宿る霊があらゆる独断的教理の束縛から解放されて、真実味も霊的価値もないものに忠誠を尽くすようなことにならないようにしないといけません。ひたすら真理の為にのみ精励すべきです。幾千年もの間束縛してきたドグマや教理のことで戦争したり、口論したり、しのぎを削ったりするような愚かしいことは止めないといけません。

○たった一つの魂を高揚してあげることができたら、喪の悲しみに沈む一つの魂に慰めを与えることができたら、意気地のない一つの魂に生きる勇気を与えてあげることができたら、人生に疲れ切った一つの魂に生きる力を与えてあげることができたら、それだけで十分にやり甲斐のある仕事といえるのではないでしょうか。

○人間の一人ひとりに、いかなる病気でも治し、いかなる困難をも克服する力が宿されていることが、まだ理解されていないようです。窮地において引き出すことのできるエネルギーの貯蔵庫をそなえているのです。神の王国は各自の魂の中にあるのです。この事実がなんと理解されていないことでしょう。その深い自我に触れる方法は神の摂理に則った生き方に徹することです。しかし、どれほどの人がそういう生き方を心掛けていることでしょう。

○生活は[行い]だけで成り立っているのではありません。[言うこと]も[思うこと]も生活の一部です。行為だけが大事と思ってはいけません。勿論行為が一番大事です。が、口にする言葉も心に思うことも、あなたの一部です。その思念がコントロールできずに、それに振り回されている人間が多いのは悲しいことです。

○霊的真理に比べたら物質界のいかなる貴重品も安ピカものです。これから何千年も先まで生きられてから地上生活を振り返って御覧になると、地上で欲しくて仕方がなかったものよりも、地上で得た知識、地上で身に付けた叡智の方がはるかに大切であることがお分かりになります。

○目先の結果だけで判断してはいけません。あなた方は物質の目だけでご覧になっておられます。もし霊の目で見ることが出来れば、一人一人に完全な構成が行きわたっていることがお分かりになるはずです。私は時折皆さんの祈りに耳を傾けてみることがありますが、もしも神がその願い通りになさったら却って皆さんにとって好ましくない事態になるのだが、と思うことばかりです。

○同じこの地球上に身を横たえる場所も無く、星空の下で寝なければならない人が大勢いるのです。風雨にさらされている人が大勢いるのです。その日の食べ物にすら事欠いている人がいるのです。そういう現実のもとで、あなたは今の自分の身の上について神に向かって不平を言う資格があると思われますか。

○物質の世界において誰かが奇特な行いをしようとする時、霊界においてそれを支援しようとする霊がすぐさま馳せ参じます。善行が無駄に終ることは決してありません。なぜなら霊界側では人類の向上の為に役立つことをする人にいつでも援助の手を差し伸べる用意がなされているからです。

○あなたにとって全く見知らぬ霊、名前すら聞いたことのない霊でありながら、あなたの為に力になってあげたい一心で来てくれる霊が大勢いるものです。そういう霊は名乗りたがりませんし、見返りというものを一切期待しないものです。

○人間は地上生活の間に何度か暗い陰の時代を送らねばならないようになっているのです。その陰の中に入ったら、それは人生の一部であって全部ではないことを自分に言い聞かせなさい。陰は太陽の光があるからこそ出来るのです。あなたの目には見えなくても太陽は輝いているのです。

○陰は束の間の存在です。永久に続くものではありません。そのうち消えて、また光があなたの存在を照らします。手にした霊的知識、不変の基本的真理にしがみつき、地上生活で絶対に避けられない様々な問題に真正面から対処しなさい。

○問題も困難も厄介なことも生じないような人生はありえません。地上がそういうところだからこそ、あなたもこうして生まれて来ているのです。大切なのはそれへの対処の仕方です。内在する神性を呼び覚まして解決策を見出し正しい方向を選択する、そういう対処の仕方が大切です。そのことはよくご存知のはずです。なのにそれが実行できずにいます。難問や心配事に足を取られて身動きができなくなり、実在ではないただの影をやたらに大げさなものに考えてしまっています。物的なものはことごとく霊的実在のおぼろげな反影であり、幻に過ぎません。

○物質それ自体に存在はありません。霊によって活力を与えられて初めて存在を得ているのです。霊こそ生命であり、あなたが受けておられるエネルギーも宇宙の生命力と全く同じものです。その意味であなたも創造活動に参加しているのです。正しい生き方、正しい考え方が身に付けば、霊力がもたらしてくれる無限の恩恵に浴することが出来るのです。

○正しい生き方、すなわち霊的知識に順応した日常生活を送れば、自動的にあなたは霊的に、精神的に、物質的に必須のものを思い通りに手にすることが出来るようになります。物的なものを最優先させようとする考え方がそもそも間違いなのです。物的世界に置かれている人間としての義務、或いは自我の表現器官としてのその身体にとって大事なものも無視しなさいと言っているのではありません。心に宿す思念が霊的摂理に順応したものであれば、霊と精神と身体とが調和し一体となって働くので、必要なものは必ず手に入るようになると言っているのです。

○そもそもあなたがこの地上に生まれて来たのは、陰性のもの、邪悪なものを克服して霊的に一段と強くなるためです。それが容易に達成されるとは申しておりません。大変難しいことです。しかし霊的価値の高いものがそう簡単に達成されるはずがありません。なぜなら、それには霊的視野と焦点を常に誤らないようにするための強烈な精神的鍛錬を要するからです。

○純粋に物的な弱みがバランスの取れた生き方を困難にさせる時期があることは確かです。が、それも内部の霊力を駆使することによって必ずや克服できます。その内部の兵器庫にはマイナスに作用するものとの葛藤に必要な武器の全てが揃っており、これに勝るものはありません。

○気楽な道は前途に霊的な目標をもたない人に任せればよろしい。霊的な鍛練とそれに伴ってもたらされる霊的な豊かさを求める者には、厳しい道が用意されます。霊的褒賞は気楽な道を求める者にはもたらされません。もしそうでなかったら、その褒賞は敢えて求めるほどの価値はないことになります。闘いを挑み苦しみ抜いた末に勝利を得る方が、何の挑戦課題もなく呑気に生きているよりはるかに上です。魂が自我に目覚め内在する神性が表現の機会を得るのは、必死に努力するその最中においてです。

○いかなる事態に立ち至ろうと、それはあなたにとっての挑戦課題として受け止めなさい。魂はその根源において神性を帯びているが故に、その挑戦を真正面から受け止め克服し一段と強力になって行くだけの力を秘めております。いかなる事態も歓迎し、決して悲観的になったり愚痴をこぼしたりしてはいけません。あなたほどの霊的知識をそなえた方ならば、毎朝の訪れを内的な喜びをもって迎えることが出来てしかるべきです。永遠の魂を傷つけるほどの事態は決して起こり得ないからです。

○偉大な霊ほど困難な地上生活を耐え忍ばねばなりません。魂の偉大さは試練と洗練の過程を経ずしては達成されません。つまり霊性の強度が見せかけのものでないことを、その美と光輝と雄大さの中で示せるようでないといけないのです。困難は魂にとって薬です。身体にとっても薬になることがあります。内部の潜在力を表面に呼び出す為の挑戦課題です。かくしてその人は成長し発達し開眼して神性が発揮されるようになります。

○地上生活の究極の目的は失敗から教訓を学び、転んでは立ち上がり、日々の生活の中の冒険的な出来事の一つ一つに対処し、しかも他方においては、自分が本来は霊であり肉体は道具にすぎないこと、したがって大切なのはその霊に及ぼす影響であることを忘れずに、常にそれを優先させて基本的な霊的真理にしがみつくことです。

○霊と精神と身体を支配している自然の摂理と調和した生活を送っていれば、健康が維持されるのみならず、進むべき道をしっかりと踏みしめているとの確信を覚えるようになります。その霊的自覚はますます大きくそして強くなってまいります。それが存在というものの、そもそもの目的なのです。

○挫折もまた人生の一コマです。抑止と照合の作用を抜きにした人生はありえません。思い切り前進できる時期があるかと思えば、進もうにも進めない時期があります。それはそれで意義があるのです。摂理は完璧で、必ず作用し、各自がそれ相当のものを受けるようになっているのです。

○一番厄介なことは、人間が物的なものに入り浸ってしまい、人生のすべての基盤である永遠の霊的原理を忘れてしまうことです。あなたがもし思い通りにならないからといって悩んだり、失望したり、イライラしたりするようであれば、それはあなたがまだ一番大切なことは本当のあなたである『霊』に係わることでありその『身体』ではないということを理解していない証拠です。

○ふさぎ込むのは止めなさい。誰の人生も孤独感を味わう時期があるものです。まわりにどんなに親しい人がいてくれても孤独に思うものです。が、そこから意気消沈の状態へ落ち込んではなりません。あなたほどの霊的知識を手にされた方なら、地上にも霊界にも、恐れるものは何一つありません。

○物的に孤独だからといって霊的に孤独であるわけではありません。霊的意識が芽生え潜在的な能力が発現すれば、物的に孤独であっても、辺りに霊的なものが色々とあることに気づかれるはずです。その多くは愛と情と血縁の絆によって結ばれていることが分かるようになります。

○真理はたった一人の偉大な人物によって広められるものではなく、物的世界の無数の人間を通して浸透していくように計画されております。霊力の働きかけがある限り人類は常に進歩し続けていることを忘れてはなりません。その働きかけに魂を鼓舞された人間の思念・欲求・衝動は実に強烈です。外部からのいかなる力によっても抑え込まれるものではなく、これ以後も抑え込まれることは決してありません。今まさに地球全体を新しい思念が無数の人々の魂を揺さぶりつつあります。霊と精神と身体の解放を切望し、当然の権利として主張し、断固として要求する、その思念です。

○我々は、我々の一人ひとりを使用せんとするより大きくより高い存在の道具であることを忘れないようにしましょう。言わば[導管]のようなものであり、それを通して慰安の芳香が送り込まれ、地上の悲しみを癒します。無限の目的をもった霊力が存在し、それには人類が直面するいかなる問題をも解決する力が秘められていることを忘れないようにいたしましょう。

○地上はいがみ合い、恨み合いといった不和に溢れております。悲哀と悲劇と流血の連続です。それでいながらお互いに[我等に平和を与え給え]と祈ります。私は皆さんに、内部に秘められている神性を自覚しなさいと申し上げたいのです。あなた方のお一人お一人が大霊なのです。大霊の無限の霊力が潜在しているのです。それを開拓し表面に出す努力をすれば、有限であるが故の束縛を克服できるはずです。

○暴風が荒れ狂った後に必ず春の新しい生命が誕生します。見渡すかぎり雪に覆われ荒涼としている時は、春の新鮮さを窺い知ることは出来ません。しかし、春は必ず訪れます。

○勇気をもって進みなさい。落胆や失敗がないというのではありません。これからも数多くの失敗と落胆があることでしょう。しかし、いかなる事態にあってもあなたの背後には、困難に際しては情熱を、疲れた時には元気を、落胆しそうな時には励ましを与えてくれる霊が控えてくれていることを忘れてはなりません。一人ぼっちということは決してないということです。