これは、バーチが霊界通信を開始するまでの永い苦闘について、自ら語ったものである。

 遙か遠い昔のことだが、私はこう尋ねられた、お前は物質界に戻って、霊界通信を送る団体を地上に作る意思があるかどうかと。私は、他の霊魂も行ったことがあるように、その意思のあることを告げた。こうして私にこの仕事が与えられた。
 私はこう教えられた、まず霊媒となる者を探し出すこと、そしてこの者と常に接触を保ちつつ、これから伝えようとする霊界通信が上手く通信出来るよう、その者を育てていくようにと。そこで、私は我々の記録を調査して、この霊媒を発見した。
 私は、この霊媒の受胎の時から、これを見守っていた。本人の霊魂が生命活動を始めるや-まだほんの微々たるものにすぎなかったが-私の感化を与えるようにし、以来ずっと今日までその接触は続いている。
 私はこの霊魂と精神の養成に手を加えた。又その生活の全てにわたり、一つ一つ経験を観察しては、密接な接触はどうしたら得られるかを学び、少年時代を通じて、その精神過程と肉体的習慣に私自身を順応させていった。私は、この霊媒の精神・霊魂・肉体のあらゆる点について学習した。
 次に、本人の人生航路を、霊的真理を理解する方向に導いていかねばならなかった。まず沢山の宗教を勉強するように仕向けた。その結果、彼の精神はこれらに抵抗を示すようになり、ついにいわゆる無神論者となり始めた。さて、この無神論が本人の精神的開花に作用を及ぼすに至るや、いよいよ私が彼の口を通じて、霊界通信を伝える準備が整ったのである。
 私はこの青年が交霊会に行くように仕向けた。こうして彼は第一回の交霊会に出席したのである。その席上で、私はこの青年を通じて最初の憑霊を行なったのだった。それは雑で平凡な交霊だったか、私の立場からは極めて重要なものだった。こうして私は、物質界での最初の通信を、霊媒の発声器官を使って行ったのである。以来、私は霊媒による通信法を学び、遂に今日の状況に達したのである。こうして大いに進歩した結果、今私は霊媒の個性的なものを除去しながら、私の言いたいことは何でも通信出来るようになっている。
 次に、私の使命についてお話したい。霊界で私は次のように告げられた「そなたは物質界に行き、まず霊媒を発見したら、次に通信伝達の仕事に共感をもって助力してくれる人達を、霊媒の周囲に集めなさい」と。私はこれを求め、遂に皆さんを発見し、皆さんを糾合させたのである。
 だが、私の直面した最大の問題は、二つの道の内どちらを選ぶか、ということだった。即ち、一つは物質界を納得させられる霊魂不滅の証拠資料を提供する道-証拠資料といっても物的証拠であって、霊的証拠ではない、つまり地上界は霊的証拠はまだ理解出来ないから。もう一つの道は、教師として真理の教えを伝える道。私は難しい方、後者の道を選んだ。
 私はこう言った、長年月にわたるこの霊界で得た多様な経験をもって、地上に戻り、人々に愛をもって訴えようと。私は理性に向かって訴えたい、思慮ある進歩した教養ある人達の判断に向かって訴えたい。私は霊的教示を素朴な形で訴えたい。
 私は理性に反するような事は何も言わないつもりだ。私は愛を表白したい、即ち怒りの感情をもって他を批判することをせず、いつも愛をもって訴えたい。又金言と実例と私の行為とをもって、私が神の使徒であることを証ししたいと思っている。
 私は、匿名を用いるという重荷を自らに課した。それは、私が有名人であること、その肩書・階級・名声をもって人に訴えるという道を取らない為に。唯、私の言動を通じてのみ、人々に私を判断してもらう為に。いつか祝祭日に私が霊界へ行った時、諸霊は私を讃え、多大の使命を果たしたと言ってくれた。嬉し涙が滂沱(ぼうだ)と私の頬を伝った。しかしまだ私の使命は終わったわけではない、なお残された使命は大きい。
 他の諸霊の果たした業績のお蔭で-今私達も同じ仕事に携わっているのだが-物質界には昔に比して大きな光明が現れている、人類の幸福は増大し悲しみも涙も減少した。私達も、今部分的には勝利を獲得している。
 私達は、人々が自己の高級自我を日常生活に発揮するようにと勧めてきた。又正義と真理から人々の目を塞いできた過去の因襲や迷信を追放してきた。又、長年月にわたり地上を悩まし、その愚かさの故に理性を曇らしてきた教義や信条の牢獄から、人々を解放することに助力してきた。
 私達はひたすら努力した-それはある程度成功したことだが-神はえこひいきせず、怒らず、懲罰を与えず、病気を与えるものでなく、神とは愛と英知であることを、ひたすら教えようと求めてきた。私達はイエスを、偉大な模範的人物として示そうと努めてきた。こうして、多数の人が私達の教えに潜む理性に目をとめるようになった。
 今日に至るまで大事業が進展している、しかしなお未完の大事業が残っている。物質界には不要な戦争がある、もし人々が真理を知り、真理に従って生きるなら、もはや殺戮などは無くなるのである。神の恵みは無限であるのに、地上には飢餓がある。新鮮な空気を奪われ陽光に当たることもなく、生命線以下に圧迫された牢屋が立ち並んでいる。欠乏と不幸と悲惨がある。
 世には、切り捨てるべき迷信がある、なお心を痛める問題がある、なお絶滅すべき病気がある。私達の仕事はまだ完成していない。私達はこれまでに果たした業績を見て奮い立ち、そして祈る、私達に力を与え給えと。皆さんの協力を得ていっそう大きな奉仕が果たせますようにと。
 私は、単に私を派遣した諸霊の代弁者にすぎない。私は自分の為に栄光も報酬も求めはしない。私は自己を誇張して皆さんに示そうなどとは夢にも思わない。私は真理伝達の中継係であることに、喜びを感じている。もはや永い時代失われ、今や神の真理の極印を押されて地上に再登場した、この真理の伝達係であることに至極満足している。
 私の役割は、通信を喋るメッセンジャーである。私は今日までこの霊媒と私の力に応じて、私に課せられた通信の仕事を忠実に果たすよう渾身の努力を払ってきた。私は唯奉仕したい、その一念だけである。もし私の通信を聞いて一人の人が平安を得るなら、永い懐疑の苦闘の後、真理の隠れ家を発見するなら、もしこの素朴な霊的真理の聖所の中に、人が心の安らぎを発見し奉仕の心を起こしてくれるなら、私はおそらく神の御業のいくばくかを果たし得たということが出来よう。


 なぜ高級霊達は地上に戻って来るのか-再びバーチは語る

 多くの霊師達と同じように私もかつてこう尋ねられた、もう一度地上に戻りて、今滅亡に瀕している人類と世界を救うつもりがあるかと。
 以来、私は皆さんの中に入って活動を続け、今なお地上にあって活動を続けている。それは、地上を去る死者等が、輝く霊界に入って生き続けることを証明する為、又それと共に、皆さん達も彼等、死者達と等しく神の分身であることを、皆さんにはっきり知って頂く為である。
 私達の努力にもかかわらず、地上には、霊界通信よりも地上の些事に重きを置く人々があまりにも多い。この霊界通信が、白人の霊から伝えられるのか、それとも黒人か黄色人か赤色人かと、そんな事がどうして重大なのか。神の法が、文明人の霊から伝えられるのか、非文明人の霊から伝えられるのか、どうしてそんな事が重大なのか、これが神の法であり真理である限り。
 かつて皆さんもこう教えられたではないか「幼児が、貴方方を導くことになろう」と。人類が賢者等の愚かな知恵を振り捨てて、幼児の単純素朴さに帰ることを悟るようにならねば、この世でもあの世でも、人は決して大きな進歩を遂げるには至らぬであろう。地上界は、神なる太陽によって皮膚の色を染め分けられた人々の間に差異を立てる。人は皮膚の色を見て、お互いの魂が全て一つであることを忘れてしまっている。
 地上には戦争は付きものだと、なぜ人は思うのか。地上では不幸は避けられぬと、なぜ人は思うのか。地上には大きな悲劇はなくならぬと、どうして人は考えるのか。物質によって目が塞がれ、物質の窓を通さねばものを見ることの出来ない人々、彼等の目には、物質の背後に万物を統一する神霊がいますことが見えないのだ。彼等は何事にも差異区別を設ける。そのことが混乱を生み、不幸を作り、破壊を生むのである。
 現代文明が忘却した神法を人類に教える為に、今地上へ戻って来ている私達は、皆さんが野蛮人と呼ぶかのインディアンである。人類は物質の基礎の上にその生活を築こうと努めてきた。人類はその教養と文化を進めようと努力してきたのに、神法とは無縁の方向に文明を築いてきたのだった。
 この故に地上世界は滅びる、古い文明が滅びたように、今この世界も崩壊に瀕している。私達は人類を愛するが故に、神から出る愛が私達を通じてほとばしるが故に、私達は地上に戻り、今人類に助力して、この破壊から立ち上らせ、不滅の基礎の上に、即ち神法の上に、新しい文明を再建させようとするのである。
 私共は前生において有色人種だった。だから人々はこう言う「君達は有色人だから、その世話で世界を作り直すなんて嫌だ。白人が助けてくれるのでなければ、むしろ悲惨のままでいた方が良い」と。
 しかし同時に、皆さんも我々を助けていることを知って頂きたい。皆さんの創出した文明の中にも、私共の助力となるものは沢山ある。これが調和ある法の働きである。私達は、私達が霊界で学んだものを皆さんに教えると共に、皆さんからも役に立つ知識は何でも吸収したいと努力している。新しい天国が地上に出現するには、この協力の法の働きが必要なのである。
 やがて、地上の人類は全て融合することになろう。各人種は各々果たすべき役割をもっているのだから。民族も全て融合するだろう、各民族は世界にそれぞれ寄与すべき何かをもっているのだから。人が、もし霊的な目をもって世を見るなら、やがて到来しつつある時代を見ることが出来よう。その時こそ、各人種、各民族はそれぞれに、自己の文化と学問と特質を人類全体にもたらしつつ、世は一つとなり、融合調和の生を達成するに至るであろう。
 私達は全て-私も皆さんも、私達と協同する人達も-神の意志を遂行する下僕であるのに、誤解を受け、本来友である人達から敵視されている。しかし私達は己が道を進む。私達は神の目から見て正しいことをやっているのだから、物質界の何ものにも勝る至上の一切の霊力を、己が味方として招き寄せる。やがて徐々にではあるが、善が悪を圧倒する、正義が不正に勝つ、正しいものが間違ったものを征服するのである。
 私達は必ず成功する、私達は人類に高くより良い道を指示し、人類を救おうとしているのであるから。この道こそ、人類を奉仕の生活へ向かわせる道。これによって、人類は魂と霊と精神の豊饒を勝ち取り、物質界を超えて霊的世界の平安と幸福とを享受するようになるのである。
 私共が携わっているこの仕事は、偉大な事業である。私共を結び付け、霊的にも、目的においても、希求においても、一体たらしめているものは霊的な絆である。私達は、真理の前に立ち塞がる一切のものに、断固立ち向かうよう誓いを新たにしよう。この団結の努力あればこそ、神の御力は、人類の中に浸透していくのである。
 もし私の言葉によって、少しでも皆さんの心が奉仕の念を抱いてくれるなら、皆さんはきっと俗世に入って人類への奉仕に尽くしてくれるだろう。丁度私が皆さんに奉仕しようとしているように。皆さんのもつ知識を使うこと、それは皆さんの義務であり法であると、私は心得ている。
 私は、唯々、神法を地上の言葉に翻訳したいと思っているだけである。私の言葉を読む者、必ずしも同感を示すとは限らない。しかし私は地上とは違う他界の住人である、だから、地上の言葉や霊媒によって時として制約を受けることがある。もし同感が得られないとしたら、それは一つには、地上の人々の魂がまだ大きな真理を理解出来る程進歩していないからであり、又一つには、私の内部にあるものが地上の言葉で写し取れない程大きい為、私が上手く表現し得ていない、その為である。
 しかしながら、私は常に身を捧げて神法を教授したいと思い続けている。もし神法の会得がなければ、人類は神の望み給うようにはとても生きることが出来ないから。盲目であるより見えることの方がずっとよろしい、聾者であるより聞こえることの方がもっとよろしい、眠っているより目覚めている方がどんなによろしいか。人類の魂を神に向かって開かしめよ。人類自ら、神法に対して感応道交の努力を得せしめよ。
 この道を通じて、人類は神と一体であり、神は人類と一つである。その時、人々は心も魂も安心立命を得、宇宙の偉大なリズムと調和融合する。その時、人類の生活からは不調和が消えていき、人類はかつてない新しい生活に入っていくのである。
 知ることは全て大切である。だが知るだけで、そこから一歩を踏み出そうとしなければ、それは賢明ではない。
 私は、皆さんが私の与える全てを吸収してくれるようにと、私の知る限りのものを皆さんに捧げようとしている。私がそうするのは、決して私が皆さんより偉大であるからではない、私が自分の知を皆さんに誇ろうとする為でもない、唯それによって私が他に奉仕することが出来るからである。
 私が語るのは、単に物質生活に局限したことではない、霊的生活にも関連して語っているのである。というのは、今地上世界は物質生活についての指導を必要としているが、それは同時に、霊的知識の必要をも意味するからである。私達の通信は常に次の立場をとる、即ち人間は現に霊的世界で生活しているので、物的世界とは単に不滅の生の一反映にすぎないということである。
 もし、これを知る者だけでもその知識に忠実であるなら、我等の成果はどんなに大きいことだろう。もし霊の声に耳を傾ける者だけでも、又顕幽両界を結ぶ現象に霊的法則の働きを見た者だけでも、自己を捨ててより高く向上してくれるなら、私共は莫大な成果を上げ得たというべきである。
 知と奉仕の道は無際限である。我々が達成し得たものは、今後達成出来るものに比べれば、微々たるものにすぎない。無限なる神に限界はない、地上が今後手にすることの出来るその知においても、その啓示においても、その真理においても。もし、霊交の道さえきちんと正しく使えるようになっていれば、地上を目指して来る強力な霊力には何の限界も存在しない。