ある時メソジスト教派(注)の年次総会が二週間に亘ってウェストミンスターのセントラルホールで開かれ、活発な報告や討論がなされた。が、その合間での牧師達の会話の中でスピリチュアリズムのことがしきりに囁かれた。(注-メソジストというのはジョン・ウェスレーという牧師が主唱し弟のチャールズと共に1795年に国教会から独立して一派を創立したキリスト教の一派で、ニューメソッド、つまり新しい方式を提唱していることからその名があるが、基本的理念においては国教会と大同小異とみてよい-訳者)
 そのことで関心を抱いた一人の青年牧師がハンネン・スワッハーを訪ね、一度交霊会というものに出席させてもらえないかと頼んだ。予備知識としてはコナン・ドイルの The New Revelation (新しい啓示)という本を読んだだけという。が、スワッハーは快く招待することにし、
 「明日の晩の交霊会にご出席ください。その会にはシルバーバーチと名乗る霊が入神した霊媒の口を借りて喋ります。その霊と存分に議論なさるがよろしい。納得のいかない所は反論し、分からない所は遠慮なく質問なさることです。その代わり、後でよそへ行って、十分な議論がさせてもらえなかったといった不平を言わないで頂きたい。質問したいことは何でも質問なさって結構です。その会の記録はいずれ活字になって出版されるでしょうが、お名前は出さないことにしましょう。そうすればケンカになる気遣いもいらないでしょう。もっともあなたの方からケンカを売られれば別ですが」
という案内の言葉を述べた。
 さて交霊会が始まると、まずシルバーバーチがいつものように神への祈りの言葉を述べ、やおらその青年牧師に語りかけた。

 「この霊媒にはあなた方の仰る〝聖霊〟の力が漲っております。それがこうして言葉を喋らせるのです。私はあなた方のいう〝復活せる霊〟の一人です」(訳者注-聖霊というのはキリスト教の大根幹である三位一体説すなわち父なる神キリスト、子なる神イエス、そして聖霊が一体であるという説の第三位にあるが、スピリチュアリズム的に見ればその三者を結び付ける根拠はない。キリスト教とスピリチュアリズムの違いは実にそこから発している。シルバーバーチもその点を指摘しようとしている)

牧師「死後の世界とはどういう世界ですか」

 「あなた方の世界と実によく似ております。但し、こちらは結果の世界であり、そちらは原因の世界です」(訳者注-スピリチュアリズムでは霊界が原因の世界で地上は結果の世界であると言っているが、それは宇宙の創造過程から述べた場合のことで、ここではシルバーバーチは因果律の観点から述べ、地上で蒔いた種を霊界で刈り取るという意味で述べている)

牧師「死んだ時は恐怖感はありませんでしたか」

 「ありません。私達インディアンは霊覚が発達しており、死が恐ろしいものでないことを死っておりましたから。あなたが属しておられる宗派の創立者ウェスレーも同じです。あの方も霊の力に動かされておりました。そのことはご存知ですね?」

牧師「仰る通りです」

 「ところが現在の聖職者達は〝霊の力〟に動かされておりません。宇宙は究極的には神と繋がった一大連動装置によって動かされており、一番低い地上の世界も、あなた方の仰る天使の世界と繋がっております。どんなに悪い人間も駄目な人間も、あなた方のいう神、私のいう大霊と結ばれているのです」

牧師「死後の世界でも互いに認識し合えるのでしょうか」

 「地上ではどうやって認識し合いますか」

牧師「目です。目で見ます」

 「目玉さえあれば見えますか。結局は霊で見ていることになるでしょう」

牧師「その通りです。私の精神で見ています。それは霊の一部だと思います」

 「私も霊の力で見ています。私にはあなたの霊が見えるし肉体も見えます。しかし肉体は影に過ぎません。光源は霊です」

牧師「地上での最大の罪は何でしょうか」

 「罪にも色々あります。が、最大の罪は神への反逆でしょう」
 ここでメンバーの一人が「その点を具体的に述べてあげてください」と言うと、
 「神の存在を知りつつも尚それを無視した生き方をしている人々、そういう人々が犯す罪が一番大きいでしょう」
 別のメンバーが「キリスト教ではそれを〝聖霊の罪〟と呼んでおります」と言うと、
 「あの本(聖書)ではそう呼んでいますが、要するに霊に対する罪です」

牧師「〝改訳聖書〟をどう思われますか。〝欽定訳聖書〟と比べてどちらがいいと思われますか」

 「文字はどうでもよろしい。いいですか、大切なのはあなたの行いです。神の真理は聖書だけでなく他の色んな本に書かれています。それから、人の為に尽くそうとする人々の心には、どんな地位の人であろうと、誰であろうと、どこの国の人であろうと、立派に神が宿っているのです。それこそが一番立派な聖書です」

牧師「改心しないまま死んだ人はどうなりますか」

 「〝改心〟とはどういう意味ですか。もっと分かり易い言葉でお願いします」

牧師「例えば、ある人間は生涯を良くないことばかりしてそのまま他界し、ある人は死ぬ前に反省します。両者には死後の世界でどんな違いがありますか」

 「あなた方の本(聖書)から引用しましょう。〝蒔いた種は自分で刈り取る〟のです。これだけは変えることが出来ません。今のあなたのそのままを携えてこちらへ参ります。自分はこうだと信じているもの、人からこう見てもらいたいと願っていたものではなく、内部のあなた、真実のあなただけがこちらへ参ります。あなたもこちらへお出でになれば分かります」
 そう言ってからシルバーバーチはスワッハーの方を向いて、この人には霊能があるようだと述べ、「なぜ招待したのですか」と尋ねると、スワッハーは「いや、この人の方から訪ねて来たものですから」と答えた。するとシルバーバーチは再びその牧師に向かって、
 「インディアンが聖書のことをよく知っていて驚いたでしょう」と言うと牧師が「よくご存知のようです」と答えた。すると別のメンバーが「三千年前に地上を去った方ですよ」と口添えした。牧師は直ぐに年代を計算して「ダビデをご存知でしたか」と尋ねた。ダビデは紀元前1000年頃のイスラエルの王である。

 「私は白人ではありません。レッドインディアンです。米国北西部の山脈の中で暮らしていました。あなた方の仰る野蛮人というわけです。しかし私はこれまで、西洋人の世界に三千年前の我々インディアンより遙かに多くの野蛮的行為と残忍さと無知とを見てきております。今尚物質的豊かさにおいて自分達より劣る民族に対して行う残虐行為は、神に対する最大級の罪の一つと言えます」

牧師「そちらへ行った人はどんな風に感じるのでしょう。やはり後悔の念というものを強く感じるのでしょうか」

 「一番残念に思うことは、やるべきことをやらずに終わったことです。あなたもこちらへお出でになれば分かります。きちんと為し遂げたこと、やるべきだったのにやらなかったこと、そうしたことが逐一分かります。逃がしてしまった好機が幾つもあったことを知って後悔するわけです」

牧師「キリストへの信仰をどう思われますか。神はそれを嘉納されるでしょうか。キリストへの信仰はキリストの行いに倣うことになると思うのですが」

 「主よ、主よ、と何かというと主を口にすることが信仰ではありません。大切なのは主の心に叶った行いです。それが全てです。口にする言葉や心に信じることではありません。頭で考えることでもありません。実際の行為です。何一つ信仰というものを持っていなくても、落ち込んでいる人の心を元気付け、飢える人にパンを与え、暗闇にいる人の心に光を灯してあげる行為をすれば、その人こそ神の心に叶った人です」
 ここで列席者の一人がイエスは神の分霊なのかと問うと-
 「イエスは地上に降りた偉大なる霊覚者だったということです。当時の民衆はイエスを理解せず、遂に十字架にかけました。いや、今尚十字架にかけ続けております。イエスだけでなく、全ての人間に神の分霊が宿っております。ただその分量が多いか少ないかの違いがあるだけです」

牧師「キリストが地上最高の人物であったことは全世界が認めるところです。それ程の人物が嘘を付く筈がありません。キリストは言いました-〝私と父とは一つである。私を見た者は父を見たのである〟と。これはキリストが即ち神であることを述べたのではないでしょうか」

 「もう一度聖書を読み返してごらんなさい。〝父は私よりも偉大である〟とも言っておりませんか」

牧師「言っております」

 「又〝天に在(ま)します我等が父に祈れ〟とも言っております。〝私に祈れ〟とは言っておりません。父に祈れと言ったキリスト自身が〝天に在します我等が父〟であるわけがないでしょう。〝私に祈れ〟とは言っておりません。〝父に祈れ〟と言ったのです」

牧師「キリストは〝あなた達の神〟と〝私の神〟という言い方をしております。〝私達の神〟とは決して言っておりません。ご自身を他の人間と同列に置いていません」

 「〝あなた達の神と私〟とは言っておりません。〝あなた達は私より大きい仕事をするでしょう〟とも言っております。あなた方キリスト者にお願いしたいのは、聖書を読まれる際に何もかも神学的教義に合わせるような解釈をなさらぬことです。霊的実相に照らして解釈しなくてはなりません。存在の実相が霊であるということが宇宙の全ての謎を解く鍵なのです。イエスが譬え話を多用したのはその為です」

牧師「神は地球人類を愛するが故に唯一の息子を授けられたのです」と述べて、イエスが神の子であるとのキリスト教の教義を弁護しようとする。

 「イエスはそんなことは言っておりません。イエスの死後何年も経ってから例のニケーア会議でそんなことが聖書に書き加えられたのです」

牧師「ニケーア会議?」

 「西暦325年に開かれております」

牧師「でも私が今引用した言葉はそれ以前からあるヨハネ福音書に出ていました」

 「どうしてそれが分かります?」

牧師「いや、歴史にそう書いてあります」

 「どの歴史ですか」

牧師「どれだかは知りません」

 「ご存知の筈がありません。一体聖書に書かれる、その元になった書物はどこにあるとお考えですか」

牧師「ヨハネ福音書はそれ自体が原典です」

 「いいえ、それよりもっと前の話です」

牧師「聖書は西暦90年に完成しました」

 「その原典になったものは今どこにあると思いますか」

牧師「色んな文書があります。例えば・・・・」と言って一つだけ挙げた。

 「それは原典の写しです。原典はどこにありますか」
 牧師がこれに答え切れずにいると-

 「聖書の原典はご存知のあのバチカン宮殿に仕舞い込まれて以来一度も外に出されたことがないのです。あなた方がバイブルと呼んでいるものは、その原典の写しの写しの、その又写しなのです。おまけに原典にないものまで色々と書き加えられております。初期のキリスト教徒はイエスが遠からず再臨するものと信じて、イエスの地上生活のことは細かく記録しなかったのです。ところが、いつになっても再臨しないので、遂に諦めて記憶を辿りながら書きました。イエス曰く-と書いてあっても、実際にそう言ったかどうかは書いた本人も確かでなかったのです」

牧師「でも、四つの福音書にはその基本となった所謂Q資料(イエス語録)の証拠が見られることは事実ではないでしょうか。中心的な事象はその四つの福音書に出ていると思うのですが・・・・」

 「私は別にそうしたことが全然起きなかったと言っているのではありません。ただ、聖書に書いてあることの一言一句までイエスが本当に言ったとは限らないと言っているのです。聖書に出て来る事象には、イエスが生まれる前から存在した書物からの引用が随分入っていることを忘れてはいけません」

牧師「記録に残っていない口伝のイエスの教えが書物にされようとしていますが、どう思われますか」

 「イエスの関心は自分がどんなことを述べたかといったことではありません。地上の全ての人間が神の摂理を実行してくれることです。人間は教説のことで騒ぎ立て、行いの方を疎かにしています。〝福音書〟なるものを講義する場に集まるのは真理に飢えた人達ばかりです。イエスが何と言ったかはどうでもよいことです。大切なのは自分自身の人生で何を実践するかです。
 地上世界は教説では救えません。いくら長い説教をしても、それだけでは救えません。神の子が神の御心を鎧として暗黒と弾圧の勢力、魂を束縛するもの全てに立ち向かうことによって初めて救われるのです。その方が記録に残っていないイエスの言葉より大切です」

牧師「この世になぜ多くの苦しみがあるのでしょうか」

 「神の摂理を悟るには苦を体験するしかないからです。苦しい体験の試練を経て初めて人間世界を支配している摂理が理解出来るのです」

牧師「苦しみを知らずにいる人が大勢いるようですが・・・・」

 「あなたは神に仕える身です。大切なのは〝霊〟に関わることであり〝肉体〟に関わることでないこと位は理解出来なくてはいけません。霊の苦しみの方が肉体の苦しみより大きいものです」

 メンバーの一人が「現行制度は不公平であるように思います」と言うと、
 「地上での出来事はいつの日か必ず埋め合わせがあります。いつかはご自分の天秤を手にされてバランスを調節する日がまいります。自分で蒔いたものを刈り取るという自然法則から免れることは出来ません。罪が軽くて済んでる者がいるようにお考えのようですが、そういうことはありません。あなたには魂の豊かさを見抜く力がないからそう思えるのです。
 私がいつも念頭に置いているのは神の法則だけです。人間の法律は念頭に置いていません。人間の拵えた法律は改めなければならなくなります。変えなければならなくなります。が、神の法則はけっしてその必要がありません。地上に苦難がなければ人間は正しく行くべきものへ注意を向けることが出来ません。痛みや苦しみや邪悪が存在するのは、神の分霊であるところのあなた方人間がそれを克服していく方法を学ぶ為です。
 もしもあなたがそれを怠っているとしたら、あなたをこの世に遣わした神の意図を実践していないことになります。宇宙の始まりから終わりまでを法則によって支配し続けている神を、一体あなたは何の資格をもって裁かれるのでしょう」

牧師「霊の世界ではどんなことをなさっているのですか」

 「あなたはこの世でどんなことをなさっておられますか」

牧師「それは、その、あれこれや読んだり・・・・、それに説教もよくします」

 「私もよく本を読みます。それに、今こうして大変な説教をしております」

牧師「私は英国中を回らなくてはなりません」

 「私の方は霊の世界中を回らなくてはなりません。それに私は、天命を全うせずにこちらへ送り込まれて来た人間がうろついている暗黒界へも下りて行かねばなりません。それには随分手間がかかります。あなたに自覚して頂きたいのは、あなた方はとても大切な立場にいらっしゃるということです。神に仕える身であることを自認しながら、その本来の責務を果してしない方がいらっしゃいます。ただ壇上に上がって意味もない話を喋りまくっているだけです。
 しかし、あなたが自らを神の手に委ね、神の貯蔵庫からインスピレーションを頂戴すべき魂の扉を開かれれば、古の預言者達を鼓舞したのと同じ霊力によってあなたの魂が満たされるのです。そうなることによって、あなたの働かれる地上の片隅に、人生に疲れ果てた人々の心を明るく照らす光をもたらすことが出来るのです」

牧師「そうあってくれれば嬉しく思います」

 「いえ、そうあってくれればではなくて、真実そうなのです。私はこちらの世界で後悔している牧師に沢山会っております。皆さん地上での人生を振り返って自分が本当の霊のメッセージを説かなかったこと、聖書や用語や教説にばかり拘って実践を疎かにしたことを自覚するのです。そうして、出来ればもう一度地上へ戻りたいと望みます。そこで私はあなたのような(目覚めかけている)牧師に働きかけて、新しい時代の真理を地上にもたらす方法をお教えするのです。
 あなたは今まさに崩壊の一途を辿っている世界にいらっしゃることを理解しなくてはいけません。新しい秩序の誕生-真の意味の天国が到来する時代の幕開けを見ていらっしゃるのです。生みの痛みと苦しみと涙が少なからず伴うことでしょう。しかし最後は神の摂理が支配します。あなた方一人ひとりがその新しい世界を招来する手助けが出来るのです。なぜなら、人間の全てが神の分霊であり、その意味で神の仕事の一翼を担うことが出来るのです」

 その牧師にとっての一回目の交霊会も終わりに近付き、いよいよシルバーバーチが霊媒から去るに当たって最後にこう述べた。
 「この後もあなたが説教をなさる教会へ一緒に参ります。あなたが本当に良い説教をなさった時、これが霊の力だと自覚なさるでしょう」

牧師「これまでも大いなる霊力を授かるよう祈ってまいりました」

 「祈りはきっと叶えられるでしょう」

 以上で第一回の論争が終わり、続いて第二回の論争の機会がもたれた。引き続いてそれを紹介する。