まあね、人生、色々あるよ。自殺したくなる時もあるよ。俺もそういう時はあったよ。時給千円の派遣社員で、毎日毎日工場からアパートに帰宅して、「あ~、死にてぇなぁ・・・・」なんて言うのが口癖だった時もある。それから今は、もう六年位経過しましたが(この文章入力は2013年)、別に、社会的身分が好転しているわけではない。だって、今は無職だしな。この六年間、否、それ以前に関しても、俺の人生はロクでもないよ。まあ、でも、今もこうして生きているわけだ。
 だからね、結論としては、自殺しなくても、今もこうして生きている、ということが言える。だったら、あの時の死にたく思っていた気持は一体何だったんだ?ということになる。まあ、この結論は、整合性も何もない。私は学者ではないので、そんなことはどうでもいい。つまりだよ、私は過去に、何度も自殺を考えたが、結論としては、31歳になった今もこうして生きている、ということだ。これは、単純にすごいことではないかな。
 つまり、自殺したいと思う時があっても、その時を上手く乗り切れば、その次は最悪の時程死にたくは思っておらず、又更に時が進めば、心境や状況が変化して、死にたくなくなるかもしれない、ということだ。勿論、引きこもってばかりで、外界と一切接触せず、自分から何かアクションを起こさないという暮らしを続けていれば、何等状況は好転する要素がないので、最悪な事態になるかもしれない。つまり、自分が絶望して自殺するか、或いはその引きこもり生活を支えていた支援者が死に絶えて、苦境に陥るとか。それでも、たとえあなたがそのような状況であっても、今こうして、この[自殺ダメ]というサイトを訪れて、この画面を閲覧しているということは、このサイトに掲載してある情報を通して、あなたの気持が前向きに生きる可能性がある。だって、この[自殺ダメ]は、自殺を推奨するサイトではなく、自殺を止めるサイトだからな。

 [自殺ダメ]の管理人である私は、勿論エリートではない。早稲田とか東大とかの一流の大学生でも入るのが難しい一流商社の社員の経歴なんてない。つーか、大学にも行ったことない。そもそも、エリートならば、こんなサイトを開設しない。もしも俺にエリート並の知能があれば、このような自殺防止サイトの制作に丸々一年、朝から晩まで貴重な時間を費やさない。とっとと金儲けの方面に精を出していただろうし、それ以前に、エリートならば今頃高級マンション住まいでBMWとか乗って奥さんと子供とかいたのではないかな。きっと優雅な暮らしをしていたであろう。
 私は普通一般人の人生でもない。まあ、詳しくはカテゴリーより、『管理人の人生』を閲覧してもらえば分かるが、俺の人生なんて、世間的には、本当にロクでもない人生だ。世間的には、私は下の下、社会のカスと評されるであろう。まあ、でも、世の中にはずっと引きこもりで一度も働いたことのない人もいるし、その人に比べたら、俺は一応、様々なことには果敢に挑戦しているけどな。まあ、結局、何一つモノにならずに全敗しているけどさ。
 とにかく、俺は基本的な社会人としての能力が低い。コミュニケーション能力も、今迄は低かった(まあ、これからの人生は今までの反省を踏まえて、積極的になるつもりだ)。あと、知能指数も低いので、難しい事、複雑な事には対処出来ない。又、複数の事を同時進行させることは苦手だ。その物事にもよるが、大体一つのことにしか対応出来ない感じだ。記憶力も悪いので、とにかく覚えられない。なので、いくら努力しても知識の蓄積が不可能だ。
 でも、そんな俺だが、今もこうして生きている。まあ、そんな感じの俺だが、「なぜ人は自殺を考えるのか?」ということを俺なりに考えてみた。勿論、今までの俺の人生から考え出した結論だ。その結論とは、つまり、自殺したくなる心境というのは、[理想は高いのに、現状は惨め]ということだ。そんな心境の時に、人は絶望して、自殺を選択してしまうのだと思う。
 例えば、大学四年生が、就職が出来ずに、絶望して自殺をするケースが毎年よくある。まあ、不況というのが大きな要因ではあろう。勿論、バブルの頃のように、好条件の求人が沢山あったなら、そんなアホな死に方をする学生もきっと少なくなるであろう。しかし、時代は選べない。バブルはもうとっくの昔のことだ。今、大学四年生の諸君は、タイムスリップしてバブルの頃の求人に応募することは不可能だ。今の学生は、今の求人の中から探さねばならない。それで、現代の求人は勿論厳しい。俺はあんな、黒スーツ着て、何千人もが必死になって企業の説明を聞くような会場には行ったことはない。勿論、そんな過酷な状況の中で、内定をもらうことは大変だろう。心身共に憔悴してしまうだろう。
 でも、その時に理想の企業に就職出来なかったからって、なにも自殺することはないよ。それは、思い詰め過ぎている。人生を必要以上に生存競争の厳しい地獄の道のように考えるな。一流企業に就職出来なかった人間の人生は奴隷か、或いは人間未満のゴミのように深刻に考え過ぎだ。それは、マスコミに踊らされ過ぎだ。マスコミなんて奴等自体、新聞社にしろ、テレビ局社員にしろ、広告代理店にしろ、年収一千万円超えの奴等がゴロゴロいる業界だよ。そいつらが、自分達の利益を確保する為に、必要以上に危機を煽っているだけだ。別に、全然エリートでも何でもない俺も、そこら辺の平均未満の人生の人達も、普通に生きているよ。なのに、なんで理想の会社に就職出来なかった程度のことで、自殺するんだ?そりゃ、とってもバカげた行動だよ。
 勿論、人間、ベストを尽くすとか、努力するとかは肝心だろう。でもさ、日本人は人生を深刻に考え過ぎなんだよ。それは勿論、過去の俺自身が深刻に考え過ぎたが為に、何度も自殺したくなったという過去もあるし、毎日自殺や自殺未遂をしている日本中の赤の他人達のことでもある。
 もっと、心が焦燥感で一杯の時こそ、とりあえず喫茶店でアイスコーヒーでも飲んで、小一時間何もせずに休憩しなよ。俺は今までの人生で、全くと言っていい程、喫茶店には行かなかった。それは、なんでたかがアイスティーとかアイスコーヒー(俺はホットは苦手だから)みたいな、ただの何の栄養もない水分摂取の為に、自動販売機のアイスコーヒーの値段の四倍位の金を払わねばならんのだ?なんて思って、常に損得勘定で考えていたんだ。だから、喫茶店に入って、特に何もせずにマッタリするなんて考え方は微塵もせずに、何か飲みたい時はコンビニとか自動販売機で一番安い値段の飲み物を買って、そそくさと飲んで、空き缶はコンビニや自動販売機に併設のゴミ箱に捨てていた。ああ、これで、一番安い値段で水分補給出来たから、節約出来たぞ!なんて思っていたんだ。しかし、結局、そんな気持で暮らして来た今までの人生の結果、貯金なんて一切ない。喫茶店のアイスティーの値段の何十倍もする無駄なモノに、欲望のままに浪費してしまったからだ。結局、俺に足りなかったのは、心の余裕だった、という結論です。
 だから、今までは休憩を兼ねて店で何か飲むにしても、マクドナルドの100円のドリンクで済ませていたのだが、今は、よく喫茶店に入る。そこで、500円程度のアイスコーヒーを飲む。それは、ただの水分摂取ではない。心の余裕を補給している時間なんだ。人生には、余裕が必要なんだよ。