『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 私がこれまでに得た死後存続の証拠の中で最も強烈で、紛れもない証拠となったものは、直接談話現象によって得られたものであった。
 私は過去百年間に出版された数多くの秀れた心霊書には全部目を通しているが、エステル・ロバーツ女史の交霊会で得た証拠程説得力をもったものを私は知らない。女史は世界有数の霊媒の一人で、殆ど全ての心霊能力をもっておられる。
 ロバーツ女史による交霊会は週二回の割で開かれた。私はよく出席させて頂いて、いわば生者と死者の劇的な交信を目の当たりした。最も調子のよい時-それが決して珍しいことではなかったが-最高に調子よくいった時は、これが死の淵を越えて届く声かと思う程、スピリットの声が生々しく、そして自然に聞こえてくるのであった。
 その声は通例とんがり帽子のような恰好をしたブリキ製のメガホンを通して聞こえてきた。部屋の中は霊媒の指導霊(ガイド)(注4)の要求で真っ暗にされた。
 私は薄明かりの中ではダメなのかと聞いたことがあった。するとその指導霊は「どんな条件でも仰って頂きましょう。その条件下で証拠をお見せします」という返事であったが、その後それを見事に実現してくれた。それは追って述べることにしよう。
 元々心霊現象には暗闇か、せいぜい薄暗い赤色光がつきものである。指導霊に言わせると心霊現象を産み出す過程は生命の誕生と一緒で、暗闇が必要とのことである。
 しかしそれが真昼の太陽の下でも見られることがある。これから述べるのは私がアメリカに滞在した時に偶然体験したことである。
 ニューヨークにリリーデールという小さな町があり、そこは毎年夏になるとスピリチュアリストのキャンプ地になる。キャンプというと無数のテントが並ぶ光景を浮かべられるかも知れないが、実は六、七十人の霊媒を呼んで、延べにして何千、時には何万ものスピリチュアリストがあらゆる種類の心霊現象を堪能する、言ってみればスピリチュアリストのメッカなのである。
 たった二つのホテルしかない小さな町であるが、二千人を収容出来る集会場がある。私はアメリカへ講演旅行した際にここに立ち寄ったのである。
 到着した日に私達夫婦の為にティーパーティーが開かれ、滞在中の霊媒全員が招待された。明るい夏の午後で、会場の窓から夏の陽が照り込んでいた。全部で七、八十人もの人間が集まったのであるから、終始ザワザワと会話の声の途絶えることがなく、その多くがタバコを吸っていた。
 ところがそんな、心霊現象にとっては全く都合の悪い状態の中で、私は不思議な体験をしたのである。まず、バッファローから来たというアン・カイザーという女性霊媒が私の妻の所へ来て挨拶をした。断っておくが二人はこれが初対面である。
 その時、不意に妻の祖母だと名乗る女性の声が二人の会話の中に飛び込んできたのである。その声は自分の名前(シルビア)を名乗ってから、私の妻の名が自分にちなんで名付けられたのだと言う。それは確かにその通りであったが、その事実をそのアメリカ人霊媒が知る由はない筈である。なぜなら妻の祖母は生涯をイギリスで過ごしたからである。更に言えば、実は私自身も妻が祖母の名にちなんで名付けられたことはその時まで知らなかったのである。祖母は妻が三つの時に他界している。
 そうしている内に今度は第一次大戦で戦死した妻の弟の声がして、名を名乗ってから「この機会をずっと前から待っていたよ」と言った。驚いた妻は私の所へ来た。
 私は早速カイザー夫人を人声の少ない隣の部屋へ連れて入った。今の現象を確かめたかったからである。すると、初めの内は歯の隙間を通して出て来るような小さな声だったのが次第に大きくなって、遂に従弟のはっきりとした男性の声となった。その時、従弟は私がイギリスを発ってから起きた事に言及し、私の質問にもあれこれと答えてくれたが、その内容はカイザー夫人の知る由もないことばかりで、極めて立証性の高いものであった。
 どうやらその声は、私の判断では夫人の太陽神経叢(注5)の辺りから出て来ているようであった。その間、夫人は口をつぐんだままである。従って腹話術の可能性は有り得ない。断じて夫人の声ではないのである。
 それから二、三日後のことであるが、私はジョン・ケリーという霊媒と壇上に上がった時、又同じような現象を体験した。ケリー氏は英国生まれであるが、大半をバッファローで過ごした人である。調べてみて不思議に思ったことであるが、この太陽神経叢を使った心霊能力をもった人は、大半がバッファロー出身か、バッファローに近いナイアガラ瀑布近辺の出身か、又はその地方で修業した人が圧倒的に多いということである。もしかしたらナイアガラ瀑布から発散される特殊なエネルギーとこの種の心霊能力とに何等かの因果関係があるのかも知れない。
 さて、リリーデールで私が初めて講演をしたその直ぐ後を受けて、ケリー氏が公開実演をした。やり方は目隠しをした状態で会場の出席者が提出する封筒入りの質問に答えるというものであった。
 ケリー氏は私の隣に腰掛けた。すると白昼なのに例によって太陽神経叢の辺りから声がして私のニックネーム(バービー)を呼んだ。初めは囁くような小さな声であったが、次第に大きくなって、はっきりと聞こえるまでになった。
 ケリー氏が得意とするのは所謂リーディングで、封筒の中の質問に対して(時には開封もしないで)解答するのであるが、その声の主はケリー氏の父親で、入神(しているかどうかは確かではないが)の状態でケリー氏の口から発せられる。私はケリー氏の父親を知らないので、その声が間違いなく父親の声だとは断言出来ないが、少なくともケリー氏自身のものではない。
 一時間ばかり続いたこの実演を一層素晴らしいものにしたのは、列席者の他界した肉親縁者の声がして、それが列席者からの質問に答え、ケリー氏の父親がそれを反復して聞かせたことであった。リリーデールでの一週間の滞在中に私はこうした現象を数回見た。又ケリー氏が入神していない普段の状態の時に私が話しかけても、必ず父親の声が割って入った。その声がいつも太陽神経叢の辺りから聞こえるのであった。
 多分この地方特有の気候条件がこの種の霊能に適しているのであろう。というのは、その土地から遠ざかるにつれてケリー氏の霊能が鈍って行くことが分かったのである。船での英国への帰途、私はケリーを始めとする何人かの米国人スピリチュアリストと一緒だった。そして大西洋上で二百人近い観客を前に公開交霊会(デモンストレーション)を開いたのである。
 ケリー氏は例によって、入神状態での封書読み(リーディング)の実演をやり、やはり父親がケリーの口を借りて封書の中の質問に答えていった。その質問に関連のある他界した親戚や友人が伝える回答を氏の父親が繰り返すというやり方であった。が、既にその時から声が小さくなっていた。
 その後イギリスに着いてからもケリー氏の父親の声を何度か聞いたが、その時は既に囁き程度にしか聞こえなかった。尚、私の事務所でケリー氏にホテルへの道を教えてあげたところ、よく分からなくて困惑していると、又父親の声がして細かい指示を与えていた。が声は小さかった。リリーデールの時に比べて音声が小さくなっていったのは、やはり気候のせいだと私は思っている。
 さてケリー氏に父親が付いていたように、どの霊媒にも指導霊がついている。しかし普通は血縁関係のない場合が多い。一番多いのはインディアンで、初心者は異様な感じを受けるようであるが、これにはちゃんとしたわけがある。アメリカインディアンが栄えた頃、彼等は超自然力についての知識が豊富で、心霊法則にも通じていたのである。死後、地上の霊能者の指導に当たることが多いわけである。
 その後、インディアンは幸か不幸か〝文明化〟され、西洋化してしまって、民族本来の心霊能力がすっかり退化してしまった。インディアンの研究家アーネスト・シートン氏はその著(真実の北米インディアン)の中でインディアン民族のもつ心霊能力を詳しく紹介しているが、これを見ると、かつてのインディアンが実に多くの種類の霊能をもっていたことが分かる。
 私自身も長年、インディアンの霊能には関心をもってきたが、色々知ってみると、インディアンという民族に対して深い敬意と愛情を抱かずにはいられない。第一級の霊媒を通じて働いているインディアン霊にはどこかしら〝愛すべきもの〟が感じられる。そして又、非常に奉仕の精神に溢れている。
 初めに紹介したロバーツ女史の支配霊のレッドクラウドにはそうした特質が見事に結実しているように思う。レッドクラウドをこの目で見たのはたった一度で、所謂物質化現象で一時的に姿を見せた時だけであるが、交霊会で数え切れない程話をしてきているので、地上の親しい人よりももっと親しい、古い友人といった感じを抱いている。
 レッドクラウドの声は、入神した霊媒の口を使った時(霊言現象)も、或いは霊媒から離れた所から直接に聞こえる時(直接談話現象)も-いずれにせよ声は同じであるが-ロバーツ女史自身の声とは全く違っている。レッドクラウドのは男性的で低く、そしてハスキーである。英語を中々上手く使いこなしているが、母音の発音に魅力的な特徴がある。アクセントの位置がずれるのも却ってご愛嬌である。
 レッドクラウドは地上ではスー族のインディアンであったが、ある時こちらからの求めに応じて地上時代のことを詳しく語ってくれたことがある。又ロバーツ女史を通じての仕事の準備の一環として英語を勉強した時のことも話してくれた。
 ロバーツ女史の交霊会では二週間に一度の割で入神による勉強会を催している。その目的は交霊会で起きた色んな現象についてレッドクラウドがその深い意味を説明することであるが、ある時は列席者の質問に対して一時間以上に亘って講釈したことがある。私は何度出席しても必ず何かを教えられた。その教訓の内容はどう考えてもロバーツ女史自身の知識の範囲を超えていた。ロバーツ女史は若い頃は事情あって勉強らしい勉強が出来ない程忙しく働かざるを得なかったのである。
 時には専門の科学者と随分混み入った問題を対等に渡り合うのを聞いたことがある。医学者を相手に古代と現代の医学について堂々と語り合うのを聞いて感心したこともある。滅亡した帝国、失われた都市、古代の風習等についても正に専門家はだしである。歴史と各時代の宗教についての知識も大変なものである。かてて加えて旧約・新約の聖書から自在に、しかも長々と引用する。
 レッドクラウドは異論の多い問題についての質問も大いに歓迎して議論し合うので、勢い意見の差が浮き彫りにされる結果になることが多いが、レッドクラウドが反論されて不愉快な態度を見せたことは一度もない。臨機応変のユーモアがしばしば救いになった。
 私とロバーツ女史とのお付き合いはもう二十五年以上になる。直接お宅を訪ねたことも数十回を数えるが、その生活ぶりを拝見していると、まさに霊媒としての活動に全てを捧げられている。その能力は心霊能力の殆ど全てに亘っていると言えよう。女史の趣味といえるものはたった一つ-庭園いじりである。
 読むものといえばこれ又スピリチュアリズム関係の定期刊行物ばかりである。他のものには興味がないのである。詩にも興味がない。ところがレッドクラウドが一般に知られていない現代詩人の作品の中からその場に適切なものを引用したことがあるし、自分の考えを表現している一節を即座に引用することは珍しくない。美しい韻文で長々と口述して感歎させられたことも一度や二度のことではない。
 そんなことは平常のロバーツ女史に絶対出来ないことは私が一番よく知っている。疑い深い人は、こっそりと勉強しているのだろうと言うかも知れない。が私のような、長年親しくしてきた連中をもしも本当に騙して来たとしたら、これ程の大女優もちょっといないのではないか。霊媒稼業などしているよりも、舞台や映画、テレビ等に出演した方が余程お金になるのではなかろうか。
 レッドクラウドの最大の魅力は、その深い人間味であろうか。広い寛容心、人間ならではの悩みや困難への温かい理解、深い慈悲心、穏やかな性格。レッドクラウドが人を咎めたことは一度もない。

 (注4)-バーバネル氏は霊媒の背後で働いているスピリットの中の中心的責任者を spirit guide (指導霊)と呼んだり spirit control (支配霊)と呼んだりしている。ここではレッドクラウド Red Cloud (後出)のこと。

 (注5)-胃の後部にある大きな神経叢。太陽光線のように放射状に広がっているのでこの名がある。