『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 エステル・ロバーツ女史の交霊会は二週間に一回の割で開かれ、そのパターンはいつも同じであった。うるさ型のレギュラーメンバー(常連)の他に毎回何人かの新参者がいたが、その名前も性別も霊媒には知らされなかった。それは出来る限り証拠性を高めようという配慮の一つであった。出席者は全部でおよそ二十名であった。
 交霊に使用される二本のメガホンには会に先立つこと二、三分前に必ず水がかけられる。それには前もって蛍光塗料を塗って光を当て、会が終わるまでもつようにする。そうしておくと暗闇の中でもその動きが分かるわけである。メガホンの動きは実に巧みで、それ一つを取り上げても一種の超常現象と言える程であった。
 メガホンが部屋中を動き回る速度はまさに電光石火で、時に天井に当たったり床を叩いたりする。メガホンは二つの部分から出来ていて、床を叩いた時などにバラバラになったりする。が見えない力で直ぐに組み立てられ、さも楽しそうに部屋中を飛び交う。その動きの正確さは一分の狂いもなく、又握り損ねて落としたり列席者に当たったりすることは一度もなかった。
 その内、その一本が通信を受けるべき人の真ん前にやって来る。そして通信霊が喋っている間中ずっとその位置に留まっているが、通信霊のバッテリーが切れたり通信が終わった時にポトリと落ちることがある。時には支配霊のレッドクラウドや他の背後霊の一人が列席者を〝可愛がる〟ようにメガホンで頭から足先まで触って行くことがある。可愛がるという言い方は変だが、その時の感じはそう表現するしかないのである。
 さて、そうした現象が始まるに先立ってまずロバーツ女史の高いびきを伴った呼吸の音が聞こえる。これは女史が入神しつつあることを示しており、会が終わるまで女史はその状態下におかれる。その間のドラマチックな現象が女史自身見られないというのは実に気の毒である。
 普通は列席者は隣の人と手を繋ぐことになっている。レッドクラウドに言わせると、そうすることが現象に必要な霊的エネルギーを確保する上で助けになるそうである。が時たま手を離すように言われることもある。但し、自由になった手で勝手にメガホンに触れないようにと、きつく言われる。レッドクラウドによると、メガホンはエクトプラズムによって霊媒と繋がっているので、エクトプラズムへの衝撃はそのまま霊媒の健康に危害を及ぼすという。
 このことで思い出すのは、私が数年間レギュラーメンバーとして出席していた別の直接談話の交霊会で、その日の新参者にその注意を言うのを忘れたことがあった。その人は何も知らないで、自分が話しかけられている最中にメガホンに触ってしまった。すると、途端に霊媒が唸り出した。支配霊が即刻中止を宣言し、霊媒が出血していると言う。確かめてみるとその通りだった。
 ロバーツ女史の交霊会ではごく普通に(スピリットと)会話をするように言われる。すると床に置いてある二本のメガホンの内の一本が上昇し、その中からスピリットの声が聞こえてくる。やがてレッドクラウドの「そのまま!」という声が聞こえる。これは一人が終わって別のスピリットの喋る用意が出来たことを意味する。終わってメガホンが床に降りて行く時のスピードはゆっくりとしている。それが再び上昇してくる時のスピードで新米霊かベテラン霊かの違いが分かる。新米の場合はいかにもぎこちなくゆっくりと上昇するが、経験あるスピリットの場合は速いし位置のとり方が正確である。
 こうしてメガホンで談話が行われている間中ずっとレコード音楽がかけられるのが通例である。音楽はいつも同じで、〝ローズメリー〟という音楽喜劇の中の一曲である。そうしたポピュラーな曲の繰り返しを、死を隔てた愛する者同士の感激的な再会シーンを前にして聞くのも妙な気分である。私がレッドクラウドになぜその曲を選んだのかと聞いたところ、単にバイブレーションの問題に過ぎないという返事であった。その曲のもつキビキビしたバイブレーションが直接談話には有効だということであった。
 ロバーツ女史の交霊会で混乱が生じたことは一度もない。これはレッドクラウドが会の進行に天才的才能が有り、一つの通信と次の通信との間に入って細かい指示を与えるからである。カーテンで仕切られた奥の片隅では速記係がノートの所だけ照明を当てて一語一語談話を記録している。普通私がやりとりを一語一語繰り返して言ってあげた。
 私はその二階の小さな部屋で行われた交霊会で数え切れない程の、もうこの世にいない人々の声を聞いてきた。男の声、女の声、子供の声。殆どといってもいい程最初は細かく詰まりがちである。が少し慣れてくるとリンリンとした声となり、部屋の外にいても、時には下の庭にいても聞き取れることがあった。
 さてこれから紹介するのは、かつてのスピードの世界記録保持者だったヘンリー・セグレーブが出た時のドラマチックな話である。夫が事故死して以来悲しみに暮れていたセグレーブ夫人を私がロバーツ女史の交霊会に案内した。ドラマの始まりはそれより何年も前、セグレーブがフロリダのデイトナービーチで陸上スピード世界記録を達成して世界中の新聞のトップ記事となった時に遡る。
 記録に挑戦する前、イギリスのあるグループに送られて来た見知らぬ霊からのメッセージがセグレーブに届けられた。その霊はかつてのスピード王ということで、メッセージといっても一つの警告であった。すなわちセグレーブの車は一定のスピードに達するとある個所がプツンと切れるというのである。セグレーブは言われた通りのスピードで試したところ確かに切れた。
 この警告のお蔭で致命的な事故になるところを救われた、とセグレーブは自ら認めた。このことで興味を覚えたセグレーブはイギリスに戻ってからスピリチュアリズムを研究し始めた。彼は知り合いだった有名なジャーナリストのハンネン・スワッファー(注6)がスピリチュアリストであることを知っていたので訪ねて行った。
 そのスワッファーの家で彼は生来の工学的気質を虜にしてしまうような驚異的現象を目撃した。たまたまその日は素人の霊媒が来ていた。アーチー・アダムズと言い、本職はポピュラーソングの作曲家であった。が稀にみる偏屈でもあった。
 スピリチュアリズムよりもセオソフィー(注7)の方に興味をもっていたアダムズは、強力な霊能をもっているのに自分自身はそれを不愉快に思っていた。そのアダムズがピアノを弾いていると白色の照明の下でも、或いは白昼でも、そのピアノが浮揚するのを何人もの人が見ているのであるが、その日もセグレーブがいる前でホノルルで聞いたというハワイの曲を弾いていると、そのピアノが浮揚したのである。そして大きな音を立てて床に降りた。セグレーブはその後よくその時の話を持ち出して「オレが肝を潰したことと言えば、後にも先にも、スワッファーの家でピアノがジャンプするのを見た時だけだよ」と笑って言ったものである。
 イギリス本土中部にあるウィンダーミア湖で悲劇が起きたのはそれから間もなくのことであった。水上でのスピード記録に挑戦していたこの稀代のレーサー、全ての友人に愛された魅力溢れる好漢セグレーブも、遂に不帰の客となった。
 悲劇のニュースに多くの人々がショックを受けた。中でも夫人にとっては人生最大の打撃であった。ところが死亡した日の日曜日にスワッファー家で奇妙な現象が起きた。一枚の新聞が部屋から部屋へと移動し、その他にも普通では説明のつかない現象が幾つか起きた。意味深長だったのは、その新聞にセグレーブの書いた最後の記事が載っており、それは例のスワッファー家でのピアノの浮揚現象について述べてあった。
 スワッファーはこれはセグレーブが注意を引こうとしているのかも知れないと思い、セグレーブ夫人にその異常現象を詳しく書いて知らせた。普通ならお悔やみの一つでも書き添えるべきところを、死後の存続を確信しているスワッファーは、奥さんが困っておられる時にはきっとご主人が側にいらっしゃることを確信しておりますと書き添えた。
 こうした態度は中々難しいものである。なぜかと言えば、こちらとしては真の慰めのつもりで言ってあげたことでも、実際には傷口に塩を塗り込むようなことをしていることになりかねないからである。幸いセグレーブ夫人は返事の中でスワッファーの好意に感謝し、お蔭で何とか苦しみに耐え、真に孤独を感じるのはほんの時たまになりましたと述べた。
 それから一年が過ぎセグレーブ夫人は再びスワッファーに手紙を書いた。今度は何か主人からの通信を受け取っていないかどうかを尋ねる手紙だった。又、その時までに夫人はスピリチュアリズムに関するジャーナリストの本を読んでいて、とても心を引かれましたと述べてあった。更に付け加えて、自分の人生は無意味で無駄に終るように思えるけど、もしかしたら主人との再会が叶えられるかも知れないという一縷の望みを繋いでおりますと書いた。
 スワッファーはその手紙を私に見せて、何とか夫人のスピリチュアリズムについての勉強を援助してやって欲しいと頼んだ。私は一番の方法はロバーツ女史の交霊会に出席することだと考えた。ただ問題は出席の許可が得られるか否かである。
 許可はレッドクラウドから出る。レッドクラウドが自分が出席して欲しいと思う人を指名するか、さもなければこちらが名前も性別も明かさずにただ知り合いの人を連れて来てもいいかと聞くかのどちらかである。するとレッドクラウドは単的にイエスとかノーと言うだけで、それは誰かといったことは決して聞かない。
 次の金曜日(会はいつも金曜日と決まっていた)のことである。私は二人の知人(夫婦)を招待することを許されていた。ところが当日の朝になって一人が病気になり、(夫婦なので)結局二人とも来れないことが分かった。私はセグレーブ夫人を連れていく絶好のチャンスだと思った。が問題はどうやってレッドクラウドの許可を得るかである。私は万一夫人にメッセージがある場合を考慮し、夫人の名前を予め言わずに申し込んでみようと思った。その方が証拠的価値があるからである。
 早速私はロバーツ女史に電話を入れ、連れて行く予定にしていた二人が行けなくなったので、代わりに他の人を連れて行ってもよろしいかと尋ねた。すると「レッドクラウドに聞かれましたか」という返事である。
 「いいえ」私は正直に言わざるを得なかった。そして長々と話し合いが続いた挙句に女史は遂に折れて、私を信頼することにすると仰ってくれた。名前を聞かれなかったし、私の方から何の手掛かりも与えなかった。私は早速セグレーブ夫人に電話を入れて交霊会に招待致しましょうと言うと、困ったことに、その日は大切な予定があって、今となっては断るわけにはいかないという返事である。私がガッカリした。
 その交霊会を前にロバーツ女史が「あなたが今朝仰っていたお知り合いの方はどこにいらっしゃいますか」と私に尋ねた。私は〝その人〟が来られなくなった経緯をありのまま説明した。が名前も言わず、男性か女性かも口にしなかった。セグレーブ夫人に関する手掛かりは一切与えなかった。
 例によって二階に集合した。照明が消された。間もなく蛍光塗料で輝いて見えるメガホンが動いて、レッドクラウドが低い朗々とした声で、ようこそ、と挨拶した。私は好奇心から「今夜私が連れて来る筈だった人物について何かご存知ですか」と尋ねると、謎めいた返事が返って来た。「その話はやめて、まあお待ちなさい」
 会が進んでからのことである。レッドクラウドが次の通信者は私に話すという。見ているとメガホンがゆっくりと私の方へ近付いて来て「バーバネルさん」と話しかけてきた。
 「はい、どなたでしょうか」
 「セグレーブです。妻をお連れ下さろうと骨を折ってくださってありがとう」
 これは予想もしなかったことであった。その日の出席者の誰一人として、私がセグレーブ夫人を連れて来ようとした事実を知る人はいない。それなのに紛う方ない形で、霊界の夫が地上の妻のことを知っていることを証明した。
 「いや、それはいいんです。ただ奥さんが来れなかったのが残念です」と私が言うと
 「気持だけでも有り難い」と気持よく言ってくれた。何か奥さんに伝えることはありませんかと聞くと、彼は或る用件を話してくれた。私には何の係わりもない内容で、それを後で奥さんに電話で伝えると、それは奥さんにとっては重大な意味のある話で、夫妻にだけ分かる用件であることを付け加えられた。
 それから二週間後に私は遂に奥さんを交霊会に案内した。奥さんのことは霊媒のロバーツ女史にも列席者にも紹介しなかった。会が始まるとすぐレッドクラウドが挨拶に出た。挨拶をしながらそのメガホンは(見た目には)ひとりでに動いて部屋中を巡った。やがてセグレーブ夫人の前に止まり「私をご存知ないでしょう」と語りかけた。
 「存じません。私は今日が始めてでございますので」と夫人が答える。すると
 「とんでもない。ようこそセグレーブさん。もうすぐあなたのボクちゃんをお連れしましょう」という。このボクちゃんという言い方を私は何度も聞いているが、レッドクラウドにかかると、出る人は皆ボクちゃん Little man であり嬢ちゃん little lady なのである。
 メガホンが去った。そしていつもの通りの交霊が始まった。スピリットが入れ代り立ち代り列席者に話しかける。ある人には挨拶をするだけというのもあり、慰めの言葉や忠告を受ける人もいる。実に長々と話を交わす人もいた。
 やがてメガホンがセグレーブ夫人の所へ来た。私の直ぐ隣の席である。そのメガホンから「D」という呼びかけの声がした。後で聞いた話だが、それは奥さんのニックネームで、それを使ったのはご主人だけだったそうである。このことは出席者の誰一人知らなかった。私はこの点を特に強調しておきたい。私が知っていたのは奥さんの名がドリス Doris であることだけだった。
 残念だったのは、そう呼びかけられた奥さんがあまりの劇的な体験にすっかり興奮してしまって声が出なかったことである。「ディー」再び声が呼びかける。「話しかけてあげなさい」私が側から囁いた。交霊会では話しかけられたら直ぐ応答してやることが肝心なのである。ところが夫人は私が急かせたことでますます緊張してしまったらしい。遂にメガホンが私の所へ来た。
 「バーバネルさんですね」声がそう言った。
 「そうです。だけどヘンリー、奥さんに話しかけてあげて欲しい」私が言うと、もう一度「ディー」と奥さんに呼びかけた。奥さんは二言三言口篭ったが言葉にならない。その内メガホンがポトリと床に落ちた。エネルギーが切れた証拠である。
 すると直ぐにレッドクラウドの声がして、
 「奥さんの気持は分かります。ご主人も同じように興奮しておられます。が何とかしましょう」と言った。会の後奥さんは「あまり生々しくて信じられなかったのです」と語っていた。
 しかし、さすが世界一のスピード王にまでなったセグレーブである。この程度では諦めなかった。
 次の会に出た時は早くも通信のコツを身に付けていた。そして自分の身元の証として奥さんにこう話しかけた。
 「十四日の日は君と一緒にいたよ、ディー」
 「十四日を覚えていてくれましたか」
 「勿論だよ。君の誕生日じゃないか」
 これでセグレーブにちゃんと記憶が残っていることが証明された。その日も、奥さんのもとに戻れたことによる興奮はあったであろうが、私に対する礼儀だけは忘れずにこう言った。
 「精一杯頑張ってるよ」そう言った後ユーモアたっぷりにこう付け加えた。
 「ボートや車なら運転のコツを心得ているけど、こればっかりはとてもじゃない。でもやって見せる」私は思わず笑ってしまった。
 彼の言った通り、その日は遂に上手くいった。二人が長々と会話を交わすのを側で聞いていると、何だが盗み聞きしているみたいな感じがした。話題は家のこと、友人のこと、親戚のことなど、実に多くのことが飛び出した。中には世界中で奥さんしか知らないトピックも含まれていたことを、後で奥さんから聞かされた。
 私は奥さんの緊張がすっかりほぐれているのを知って嬉しかった。
 「私が車を運転している時も一緒にいてくれてるの」そう奥さんが聞くと
 「そうとも。だけど注意して運転しなきゃダメだよ、ディー」とセグレーブ。すると奥さんが
 「まあ、なぜそんなことを言うの。私ちゃんと上手く運転出来てよ」
 ここでちょっと間があってからセグレーブがこう言った。「確かにな。ボクも上手かったよ」
 こうした夫婦のやりとりがあまりに自然なので、我々列席者は邪魔をしているような気分にさえなった。
 後で私が奥さんとその日の交霊会の話をしていたら、生前セグレーブがよくユーモアたっぷりに奥さんの運転の仕方の悪口を言っていたという話を聞かされた。
 その後セグレーブ夫人は度々交霊会に出席し、セグレーブも必ず出て来て奥さんと会話を交わし、そのテクニックはますます上達し、証拠性のある話が積み重ねられて行った。私が夫人に今のご感想は、と聞いたらこう答えてくれた。
 「これまでの通信で、他界した夫が私のどんなプライベートなことでも、内証のことでも、完全に知り尽くしていることが分かりました。これまで度々その証拠を頭の中で繰り返し思い出しては厳しくそして冷静に吟味してみました。何か他に解釈の方法はないものかとも考えました。テレパシーではないだろうか。潜在意識のせいではないだろうか。騙されてるのではないだろうか、と。でもその度に、いや決して間違ってはいない、という確信に落ち着くのです」

 (注6)-英国新聞界の大物であると同時に熱烈なスピリチュアリストで、その知名度と顔を利用して各界の知名人を交霊会を招き、スピリチュアリズムの普及に尽くした功績は計り知れない。

 (注7)-Theosophy  霊能者ブラバツキーが唱えた仏教とバラモン教を折衷した汎神論的輪廻説。日本語訳は神智学又は霊智学。死後の世界と霊としての存続は認めるが、例との交信は認めない。