『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 ロバーツ女史の交霊会で私が一番感動したのは、名前も知らない霊界の若い女性から話し掛けられた時であった。直接談話が中盤にさしかかった頃、レッドクラウドが不意に
 「若い娘さんが地上の母親と連絡する為にここに来ております」と言う。
 「私の知ってる娘ですか」と私が聞くと、
 「いや、ご存じではないが、あなたに一役買ってもらいたいのです」と言う。
 そう言い終わるとメガホンがゆっくりと私の方へ向きを変えて、明らかに娘らしい声で
 「はい、わかりました。はい・・・・」という囁きが聞こえてきた。(メガホンで話す要領をレッドクラウドから教わっている)
 それまでの体験から私は、こういう場合に大切なのはしつこく質問せず、まず好きなように話させることだということを知っていたので
 「さあ話してごらん。私に頼みたいことがあるのでしょ。何でもいいから言ってごらん」と言ってあげた。すると「お許しが出ればお話します。とても親切な方が私をここへ連れてきて下さいました」と前置きしてから、ゆっくりではあったが、はっきりとした口調でこう語り始めた。
 「私はベッシー・マニングと申します。この前の復活祭の日に結核で死にました。弟のトミーもここにいます。弟は交通事故で死にました。母が心霊誌であなたの記事を読んで、レッドクラウドがいつか私をここへ連れてきて下さるよう祈っておりました」
 そう言えば私は当時編集していた心霊誌でこうした直接談話による交霊会のことを書いたことがある。ベッシーの母親が読んだというのはそのことであろう。私は「明日にでもお母さんに連絡してみましょう」と答えた。するとベッシーはとても喜んでこう言った。
 「母に私が今でも二枚の長い肩掛けをしていると伝えて下さい。私は二十二才です。青い目をしています。母にぜひこの会に出席してほしいと伝えて下さい。招待していただけますか」
 そう言ってから、とても言いにくそうに「母はお金がありません・・・・とても貧しいのです」と付け加えた。
 「そのように取り計らってみましょう」と私が答えると
 「母が可哀相です。私達二人の子供に先立たれて・・・ぜひ力になってやって下さいね。お願いします。ありがとう・・・ありがとう・・・・ありがとう・・・・」と切々と訴える。
 「でも、お母さんに連絡するには、今どこに住んでおられるのか教えてくれなきゃ。私はお母さんを全く知らないんだから・・・」と私が言うと、間髪を入れず
 「お教えします。カンタベリ通り十四番、ブラックバーン」と、ゆっくり、そしてはっきりと言った。
 そこで私はレッドクラウドに呼びかけて
 「この娘の母親のように慰めを求めている人が大勢おられるのでしょうな」と言うと、
いかにも気の毒といった調子で
 「私にはたった一つの道具(霊媒)しかないのでねえ」と答えた。更に私が
 「次の交霊会に今の娘さんの母親を招待して下さいますか」と聞くと
 「私がですか。あなたにお願いできませんか」と言う。
 私はベッシー・マニングという名前を聞いたことがなかった。またマニング夫人という女性がいるかどうかも知らないし、ブラックバーンという町にカンタベリ通りというのがあるかどうかも知らない。が長年の経験でレッドクラウドに百パーセントの信頼を置いていたので、その情報に誤りはなかろうと確信した。
 翌朝私は一片の疑念もなくその宛名で次のような電報を打った。
 「昨夜レッドクラウドの交霊会にあなたのお嬢さんのベッシーさんが出られました」
 しかしこの電報には何の返事もないので、もう一度打った。すると二日後の月曜日になってマニング夫人から二通の手紙が届いた。その最初の手紙にはこうあった。
 「この大きな喜びをどなたに感謝したらよろしいのでしょう。土曜日に頂いた電報に心からお礼申し上げます。町中に大声で触れ歩きたいような心境です。私は笑いと涙が同時に出ました。レッドクラウドは何と素晴らしい霊魂なのでしょう。そして又、あなた方は何と親切な方達なのでしょう。どうかベッシーがどんなことを言ったか、お教え願えませんでしょうか。
 私にこんな素晴らしい幸せが訪れるとは。失礼ながら電報料金を次に差し上げるお手紙の中に同封させて頂きます。お気を悪くなさらないで下さい。そうすることが当然だと思うのです。ほんとに、何とお礼申し上げたらよいのでしょう。私にとってあの一枚の紙切れは山ほどの金よりも有難いほどです。皆さんの為に、そして特にロバーツ女史の為に、心からお祈りを神に捧げます。何とぞ娘が何か私への言伝をしなかったか、お教え下さい。ほんとに素晴らしいことです。重ねて心からお礼申し上げます。夫も二人の娘も感謝しております」
 もう一通の手紙ではこう述べている。
 「二通目の電報拝受いたしました。二度もお手数を掛けて申し訳ありません。そのご親切に心から感謝いたしております。日曜日にお出しした私の手紙、お受け取り頂けましたでしょうか。このところ手元も不如意の為、電報でご返事申し上げることができず恐縮です。何とぞ私共の感謝の気持をお察し下さい。ご好意に対しましては何としてでも報いたい気持です。今回のことが私共にとってどんなに意義深いことか、私共にしか分からないことでしょう。
 娘のベッシーはイースターの日に他界し、息子が事故死してから九年近くになります。もしも私が、あるスピリチュアリストの家族と知り合いにならなかったら、恐らく私は気が変になっていたことでしょう。ベッシーが語ったことをぜひ知りたいものです。私と同じように人様を慰めてあげたいのです。こちらには本当にいい霊媒が見当たりません。ロバーツ女史や他の立派な方々のお話が聞けたらどんなに素晴らしいことでしょう。私にもそういう霊能があったらと思います。改めて心から感謝申し上げます」
 私はこのベッシー嬢にまつわる話は死後存続を立証する完璧な証拠だと考える。テレパシーや潜在意識説では到底説明できない。共謀や詐欺の可能性もまず有り得ない。マニング夫人はロバーツ女史に一度も会ったことも文通したこともないし、女史の家族も同様である。それなのに、その娘さんの姓名と住所が分かり、伝言の内容も逐一正確だった。
 その後私がマニング夫人に会った時、夫人はあの頃毎日毎晩、娘が死後も生きていることの証しを下さいと神に祈っていたと語ってくれた。その祈りが聞き届けられたわけである。イングランド中西部のブラックバーンで発せられた祈りがどうやって250キロも隔てたロンドンまで届いたのか私は知らない。ただ分かっているのは、現実にそういうことが起きたということである。このことは、祈りが叶えられることが現実にあるということ、そして又、霊界に組織があって、条件さえ整えば実現させる用意があることを物語っている。
 私は夫人の為に次の交霊会を用意し、ロンドンへ招待した。ご主人は失職中で、当然経済的に困っておられた。夫人にとっては初めてのロンドン訪問なので、私はセントパンクラス駅で出迎えてあげた。そして交霊会が開かれるテディントンへ行く前にロンドン市内を案内してあげたが、夫人はたいそう興奮しておられた。
 さて、いよいよ交霊会が開かれるとすぐにベッシーの声がメガホンの中から聞こえた。
 「母さん、あたし、ベッシーよ」
 「まあ、ベッシー」とマニング夫人。ベッシーはあまりに興奮していて、話の途中でメガホンを落としてしまった。感情的になりすぎて、エネルギーが持ち堪えられなかったのである。
 「ベッシー。こんなことが出来るなんて、素晴らしいわね。母さんがお前のことをどれほど思っているか、分かってくれてるだろうね」
 「素晴らしいわ。ありがとう、母さん。父さんにも心配しないように言ってね。トミーも来てるのよ。ここに一緒にいるのよ。トミーも母さんと話したがってるわよ。あたし、あんまり嬉しくって、何から話したらいいか分からないわ。興奮しちゃって・・・・」
 「興奮しちゃダメよ。さあ話してちょうだい。家の方には来ることがあるの?」そう訪ねるマニング夫人の言葉にはランカシャー訛りがはっきり窺える。
 「あるわ。母さんに話しかけてみてるのよ。母さんは毎日のように私の写真に語りかけてるわね。私の写真の前に立って、それを手にとってキスしたりして・・・・あたし、その様子を全部見てるのよ」
 後での話だが、マニング夫人はこのことは本当だと語っていた。悲しくなると娘さんの写真を手に取り、キスをして、一人で話しかけることがよくあるという。ベッシーは今の家の様子を知っている証拠としてこんなことを言った。
 「今朝、母さんは父さんにブーツのことで何か言ってたでしょう。ね、母さん」
 「そうね」
 「もう修繕しなくちゃって言ってたでしょう。ね、母さん」
 「ああ、あのことね。分かるわ」
 ベッシーは私に「母のことを私はいつもMa(母さん、又は母ちゃん)と呼んでいました」と言っていたが、私が速記者にベッシーの言葉を口移しに伝えている内に一度Mother(お母さん)と言い、すぐにMaと言い換えたことがあったのを記憶している。
 証拠的価値をもったことがまだある。それはベッシーが、マニング夫人がその時身につけていたビーズのことに言及して、それは自分のもので死ぬ間際まで身につけていたと言っていたことで、後で夫人に確かめたところその通りだった。
 最後にベッシーが「トミーが死んだ時は大変なショックだったわね」と言った。するとレッドクラウドが今日はベッシーがそのトミーを連れて来ていますよ、と言い、ついでに(レッドクラウドがよくやるのだが)もう一つ証拠になる話をもらした。「トミーという名は父親の名にちなんで付けられたんです」
 交霊会が終わった時、マニング夫人は泣いていた。勿論嬉し泣きである。「私は世界一幸せな女です」と言っていた。
 翌朝夫人が帰る前にロバーツ女史がもう一度夫人の為にプライベートな交霊会を開いてあげた。後で聞いたところによると、その交霊会でもベッシーはロバーツ女史が知り得る筈のない話を次々と持ち出したという。
 そして最後に家族全員に対する伝言を託し、更に、かつての婚約者にも次のような伝言を託した。「ビリーに言ってちょうだい。彼から貰った指輪-私が埋葬された時に身につけていたあの指輪を今でも指につけてるって」
 二、三日してマニング夫人から次のような便りが届いた。疑いもなくそれは夫人自身の証言となることを意図して書かれたものだった。
 「人様の慰めになればと思いつつ筆をとりました。嘲笑う人がいることでしょう。一笑に付す人もいるかも知れません。が、それによって救われる人の方がもっと多い筈だと思うからです。
 愛する息子は自動車事故で死にました。とても愛らしい子で、母親の私にもとても優しくしてくれていました。それだけに私は半狂乱状態となりました。完全に打ちのめされました。全ての希望を失いました。私の夢は息子の墓の中に埋められてしまったようなものでした。
 それから八年後、今度は最愛の娘ベッシーが他界しました。が息を引取る直前に“もし出来ることなら帰ってくるわ”と言ったのです。私はきっと約束を守ってくれると信じてました。そしてついに思いがけない形でそれが実現しました。レッドクラウドの交霊会のことは、それまで何度か耳にしておりました。
 バーバネル様から私の娘が出たという電報を受け取った時はとても驚きました。私に会いたいと言い、私の住所を教えたというのです。私は驚くと同時に嬉しくてたまりませんでした。そしてバーバネル様のご好意でロンドンまで出て、交霊会に出席することが出来ました。私にとっては大変な体験でした。至る所で、親切にして頂きました。多くのスピリットの声を聞き、それがみな誰であるかが分かりました。驚くべき体験でした。
 娘の声も聞きました。昔と同じ愛らしい語り口で、言葉の特徴もそのままでした。私しか知らない確固とした事実を証明する為に色々と証言してくれました。母親である私が何よりの証言者です。私は神に誓って娘のベッシーであると断言いたします。弟を連れて来ているとも言いました。その弟が事故死したことを述べ、名前もちゃんと言いました。今私の家庭内で起きていることも色々言い当てましたが、その時の私が考えてもいないことばかりでした。
 私は全身全霊を込めて神に感謝いたします。神は私の祈りをお聞き届けくださったのです。私は祈りました。長い間何度も何度も。私はもう死を恐れません。愛する子供達と会える日を楽しみに待っているところです」
 その後何年かが過ぎ、私はベッシーのことも母親のこともすっかり忘れていた。その間に第一次世界大戦があり、慌ただしさに紛れてしまっていた。その内にロバーツ女史は暫く休んでいた霊媒としての仕事を再会する決意をし、新しく移った家で、交霊会を開いた。嬉しいことに、女史の霊媒能力は少しも衰えておらず、結果は上出来だった。
 そうやって再会された交霊会で、ある時レッドクラウドが私にこんなことを言った。
 「あなたへお客さんが来ておられます。そのままお待ちください」
 待っていると、いつものように蛍光塗料を塗ったメガホンの中からハロー、ハロー、ハローと言う声がした。どうやら初めて喋る霊らしく少しぎこちないので、私がしっかり喋るよう元気付けてあげると、女性の声で「そのお声に聞き覚えがございます。死んだ娘と話をさせて下さいました」と言う。
 そこまで聞いた私は咄嗟にマニング夫人だと悟った。他界したという知らせは聞いていなかった。だがそう直感した。そして、その通りだった。夫人は待ちに待った愛する二人の子供との夢のような再会が現実となったことを告げに来てくれたのだった。
 「今ここにベッシーとトミーがおります。私の家族の者によろしくお伝え願えますでしょうか。私が霊界から援助していると伝えて下さい。みんなそのことを知りたがっているでしょうから」そう語るのだった。
 私は早速そのことを、かつて聞いていたブラックバーンの住所宛に認めたが、その手紙は「宛所人尋ね当りません」の印を押されて送り返されて来た。折角の伝言を届けてあげられないのを残念に思っていたところ、同じブラックバーンの別の住所のスミスという人から一通の手紙が届いた。読んでみるとその方はマニング夫人の娘さんで、私が心霊誌に右のことを記事にして出したのを或る人が読んで、その写しを送ってくれたという次第が書かれてあった。
 「私は末娘です。もう一人姉がおり、この世に残っているのは二人きりです。あの言伝を読んだ時の嬉しさと喜びは筆では尽くせません。世界中の人に触れて回りたいような気持です。が、実際はただ座って嬉し泣きに泣きました。母の声が聞けることを疑問に思い諦めかけていたことを今では恥ずかしく思います」
 スミス夫人はそう述べ、更に母親の死が突然だった為、別れの言葉をかけてあげられなかったこと、発作が来た時は一人きりだったこと、姉妹が駆けつけた時は既にこと切れていたことなどを書き添え、
 「私にとって大変むごい打撃でした。人生の太陽が消えてしまったのも同然だったからです」その後いたずらに時が過ぎて、待っていた母親からの通信もなく、そろそろ諦めかけていた時、私の記事に出会った、というのである。
 祈りが叶えられたわけである。「こんなこともあるのか、と思われるような素晴らしい出来事です」
これがスミス夫人の締めくくりの言葉であった。
       
       
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