『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 自動書記現象は果たして霊界からの働きかけの証拠であろうか、それとも単なる潜在意識の仕業であろうか。その答えは結局その通信の内容によって判断する他はない。内容に何等人間の能力を超えた摩訶不思議なものがなく、霊媒自身が知り得る範囲内のメッセージに過ぎない場合は、霊媒の潜在意識の仕業とみるのが無難である。がもしもその内容が明らかに霊媒の知識の範囲を超えている場合は、何か別の解釈を考えなくてはならない。常識的な説明で納得出来る限りは霊的要因のせいにしないというのがスピリチュアリズムの鉄則である。
 ジェラルディン・カミンズ女史はノンプロの霊媒であるが、自動書記霊媒としては当代随一である。新約聖書の欠落した部分はその後の歴史を物語る通信が見事な散文体で次々と書かれている。
 その一部である(クレオファスの通信)は聖書の使徒行伝の補遺のような形になっているが、これは著名な聖書研究家でロンドン主教付の審査係司祭であるオスタリー博士によって〝正真正銘〟の折り紙をつけられている。その他にもウェストミンスター律修司祭であるディアマー博士と当時ケンジントン主教だったモード博士他複数のブリストル並びにカンタベリー大聖堂の律修司祭の立会いの下に書かれた通信が幾つかある。
 私もカミンズ女史の自動書記に実際に立ち会って、その信じられないような手の動きを目の当たりにしている。女史はページ数の書き込まれた罫紙を前にして着席し、左手で両眼を被い、肘をテーブルに置く。右手に万年筆を握って書く態勢をとる。すると数秒もしない内に万年筆が電気仕掛けにあったように動き出し、一時間に千五百時のスピードで書き始める。
 直ぐ横には女史の親友のギブス女史が待機している。この人の存在がカミンズ女史の霊能によい刺激を与えているようである。そのギブス女史がカミンズ女史の書いている間中ずっと用紙を両手で押さえている。ただそれだけであるが、唯一ギブス女史が万年筆に触れるのは各ページの終わりに来た時で、一旦万年筆を止めておいて用紙をめくってあげる。すると又猛スピードで万年筆が動き出す。
 こうした光景が一時間あまりに亘って続いたのであるが、その間、私とカミンズ女史とギブス女史の三人の間には何一つ会話はない。耳に入るものといえば、ギブス女史が囁くような小さい声でYesとかNoとか言う声だけであった(注11)。
 私が立ち会ったのはカミンズ女史の背後霊の一人からのと、有名な古典学者でスピリチュアリストだったフレデリック・マイヤースからのもので、マイヤースのはその前の自動書記で書いたエッセーの続きであった。タテ13センチ、ヨコ16センチの用紙九枚に見事な散文で書かれていた。霊媒には見えない筈なのに用紙の縁に来るとピタリと止まり、決してはみ出ることがなかった。
 カミンズ女史の通信は二つの形式をとった。一つは霊耳に聞こえる声を書き留めていく方法。もう一つは軽いトランス状態で自動的に書かれていく場合である。
 女史は大学教授の十一人の子供の一人として育った。アイルランドでの子供時代、両親の激しい信仰上の口論を耳にしていたのが原因で早くから宗教に背を向けた。物心ついた時は不可知論者となっていた。婦人参政権運動家の野外集会に加わっていたことで、暴徒から投石されるという経験もしている。ホッケーに興じたこともあるし、テニスの大の愛好家でもある。主な趣味は芝居と近代文学である。
 そもそもカミンズ女史が霊媒となったキッカケは、作家になりたくてダブリンへ出たことに始まる。ダブリンの町では同じく大学教授の娘であるヘスター・ダウデンの家に下宿した。ところが実はそのダウデン夫人が有名な自動書記霊媒だったのである。やがて彼女自身にも同じ霊能があることが分かり、それをダウデン夫人が養成したのだった。
 カミンズ女史は文学に趣味をもっていただけに本はよく読んでいたが、その範囲は主として近代作家に限られていて、神学とか哲学、心理学、科学、或いはキリスト教の起原等については一冊も読んでいない。自動書記の内容は殆どが聖書時代のものばかりなのに、女史自身は勿論、助手のギブス女史も一度もエジプトやパレスチナといった聖書にゆかりの深い土地を訪れたことがない。
 又面白いのは、自動書記によって書かれる文章と、女史の文学趣味から書く文章とがまるで質が違うことである。女史は小説を一つ書いており、又かの有名なダブリンのアベー座で上演された二つのアイルランド民族劇の共同作者の一人でもあるが、そんな時の彼女は実に筆が遅い。二日がかりでやっと六、七百語程度で、「とても疲れます」と語っている。読み返すと訂正しなければならないところが沢山目につくという。
 ところが自動書記となると文章が泉の如く湧き出て、休止も訂正もない。  の点が落ちていたり  の横棒がなかったりすることはあるが、文章はいつも読み易いし、意味はちゃんと通じているし、何日かかかっても内容に連続性がある。一時間半もぶっ通しで書き、2200字あまりを書くことはしばしばで、終わった時にぐったりするのも無理はない。
 新約聖書を扱った通信は専門家の厳しい吟味がなされている。その専門家の中にはエジンバラ大学神学教授のパターソン氏と聖アンドルー大学道徳哲学教授のモリソン氏の二人がいる。そして二人は通信の中に出て来る地理、歴史、用語の一語一句に至るまで完全に正確であることを確かめた。この二人の他にもう一人、本章の始めに紹介したオスタリー博士を加えた三人が、「クレオファスの通信」へ極めて専門家らしい序文を寄せている。そして「カミンズ女史の正真性と私心の無さに満足している」旨を表明している。
 さて「クレオファスの通信」は実に複雑な課程を経て地上に送られて来ているらしい。実際に通信を書いているのはメッセンジャー(使者)と名乗る人物で、本人は自分は使者であって著者ではないと主張している。そして通信の内容そのものはクレオファスという、地上の人間と直接交信が出来ない程高級なスピリットから送られてくるという。又「クレオファスの通信」と題された代年記はキリスト教の初期の時代から既にその存在が知られており、その写しが二、三存在していたが、今では一冊も存在していないという。
 更にメッセンジャーの述べるところによると、クレオファス霊は紀元一世紀にキリスト教徒に改宗した人物で、その失われた幾種類かの年代記をもとにして、これを一つの物語に仕立て上げることを使命としているという。その過程を説明すると、まずクレオファス霊がその物語を、スクライブ(書記)と呼んでいる霊に送る。スクライブはそれを更にメッセンジャーに送る。するとメッセンジャーが、カミンズ女史(彼は彼女のことを侍女などと呼んでいる)の潜在意識の中に潜り込み、通信を送る為の用語を見つけるといった、三つの段階を経ている。こうした複雑な課程を経て書かれたものでありながら、その内容は驚く程明快である。
 メッセンジャーが言うには、原典となっている年代記はイエスの誕生後六、七十年頃に纏められ、その一部はそれより少し後に付け加えられたものだという。原著者は実際にイエスの使徒達の姿を目にし言葉を耳にした人物で、主としてギリシャ語を用い、時にアラム語又はヘブライ語を用い、エフェソス又はアンチオキアでその大部分が書かれたという。
 カミンズ女史の「クレオファスの通信」の序文を書いた専門家の話によると、この通信は聖書の「使徒行伝」と「ロマ書」の欠落部分を埋める形になっており、初期教会時代の様子やイエスの誕生直後からパウロがアテネへ向かうまでの間の使徒達の行状が語られている。
 「この通信は元々聖書を補うことを意図したものではなく、聖書を基盤にしている様子もなく、又聖書を参考にしている様子も窺えない。メッセンジャーは聖書そのものの存在をはっきり意識している様子がなく、自分でも〝現存する聖書については知識を持ち合わせていない〟と断言している」と専門家達は述べている。
 更に、この通信には〝新約聖書に述べてあることを更に詳しく述べたり説明したりして、十分言い尽くしていない部分や全く述べていない部分を補ってくれている資料〟が含まれているとも述べている。例えば、改宗してからのパウロの体験が細かく述べてあるが、新約聖書にはそれがない。
 又次のような興味深い指摘をしている。〝使徒行伝〟の最初の十二章は日数にすると全部合わせても三十日の出来事しか述べてないが、年数にすると少なくとも九年間にまたがっている。この事実をみても、実際の使徒達の行状の大部分が欠落していることが分かるという。
 専門家が感心するのは歴史的事実の正確さである。たとえば、と次のように指摘する。
 「アンチオキアのユダヤ人学者の支配者のことを Archon と呼ぶことなどは、よくよく勉強した学識ある学者でないと出来ないことである。というのは、クレオファスの年代記の原典が書かれた頃と思われる時代よりさほど古くない時代には、ユダヤ人社会の支配者は Ethnarch と呼ばれていたのだが、西暦十一年にローマ帝国オーガスタスが都市の組織と統治を改めてからは、ユダヤ人社会の支配者の呼び方が Archon に変えられたのである。
 もしも通信が Archon でなく Ethnarch になっていたとしても、これは大目に見てやるべき誤りと言えよう。特に通信者は当時パレスチナで生活していたというし、当時パレスチナのユダヤ人はサンヘドリン(ユダヤ最高会議)によって統治されていたから尚更のことである。それを、比較的新しい呼び方である、 Archon を使用しているところなどは、専門家でないと見落としがちな細かい正確な知識を物語る好い例証といえよう。そうした詳しい知識にかてて加えて、通信者が同時代の人間であったことを物語る深い観察力が随所に見られる。十二人の使徒の性格の描写には理解と同情が著しく出ている」
 こうした聖書時代に関する通信は「クレオファスの通信」一冊では終わらず、何冊か追加されている。特に注目されるのは(ネロ独裁の頃)で、聖書が何も語ってくれないパウロの晩年の様子も描かれている。丁度聖書の「使徒行伝」が終わる頃から筆を起こし、パウロの地上生活の終わりまでを見事な文章で述べている。パウロがスペインを訪れた時のことや、当時のプリトン人を改宗させる計画の話、それからローマでのペテロとの最後の再会も出て来る。又ネロ皇帝の宮殿の煌く様な美しさ、それと対照的な恐ろしい陰謀、そしてローマの大火災というクライマックスの様子などが綴られている。
 カミンズ女史は、自動書記によって何一つ価値のあるものが得られたためしがないという批判を打ち砕く生き証人である。女史の霊能のお蔭で聖書に新しい光が当てられ、曖昧だったところが明瞭となり、学者が長年求めてきた情報をもたらしてくれたのである。
 さて自動書記で極めて興味深いものに十字通信というのがある。複数の霊媒が互いに何キロにも離れた場所で断片的な文章を受け取り、それを繋ぎ合せると辻褄の合ったメッセージになるというもので、私自身、妻と共に米国最大の女性霊媒の一人であるマージャリー・クランドンを尋ねた時に実験してもらったことがある。それを紹介する前にまずマージャリ-自身を紹介しておこう。
 霊媒というと何か薄気味悪い変わった人間と思っている人がこのマージャリーに会ったら、さぞかし怪訝な気持を抱くことだろう。至って普通の女性で、スポーツ好きで、楽しい性格の持ち主なのである。
 マージャリーの変わったところを強いて挙げれば、その霊能の種類が多彩でありながら、霊媒としての全生涯を通じて一銭のお金も取らなかったことである。断っておくが、私は霊媒がそれを職業として金銭を取ることを決して悪いこととは思っていない。全ての分野の人と同じく霊媒も食べていかねばならないし、家賃を払わねばならないし、衣服も買わなければならない。生活必需品を得る為にはそれは当然の行為である。
 霊能の仕事には金銭の報酬があってはならないと主張する人がいるが、私はこれは間違ってると思う。ならば霊媒はどうやって生計を立てていくのかという問題を抜きにしているからである。もし報酬が得られなければ助成金を貰うか、さもなれば慈善資金でも戴かねばならないであろう。同じく霊的な仕事に携わっている牧師はちゃんと収入を得ているし、それでいいのである。あれは年金だと言うかも知れないが、根本的には同じことである。
 勿論理想を言えば霊能者は金銭的なことに煩わされないのが望ましい。が現代のような経済的事情の下では、霊能者も普通一般の人と同じような生活を強いられる。マージャリーがお金を一切受け取らなかったのは、霊媒の仕事に金銭問題が絡んで来るととかく欲が出て、しくじらない為に上手く誤魔化すことまで考えてしまう危険があるという自戒があったことを明記しておきたい。
 ご主人はボストンでも有名な医師であったが、マージャリーの霊媒としての仕事の為に莫大な支出を余儀なくさせられたに違いない。というのは、霊媒の真偽をテストする為の科学的装置を幾つも拵えたからである。その上夫妻の親切なもてなしは有名で、自宅を開放して誰でも出席出来るようにしていた。科学者、法律家、作家、牧師、医師、手品師、心霊研究家、こうした人々がいつも出入りしていた。
 マージャリーの霊媒現象は長年に亘って議論の的となったが、彼女自身はそれを一向に気にしている様子はなかった。殆ど無関心の立場をとり、中傷者からの非難の声にも耳を貸さなかったが、同時にそういう心ない連中を悪く言うこともなかった。
 そもそもマージャリーがスピリチュアリズムに関心をもつようになったキッカケは、ご主人のクランドン氏が有名なクロフォード博士による心霊実験の記事を読んだことに始まる。クランドン氏は非常な関心を抱き、自宅でも同じような実験が出来ないものかと考えた。そして実際に霊媒を呼んで幾つか実験を続けている内に奥さんのマージャリーにも霊媒素質があることが分かった。
 マージャリーを通じて最初に通信を送って来たのは実弟のカナダ人で列車事故で死亡したウォルター・スティントンたった。クランドン氏は容易に信じない人であったが、何回かの実験で間違いなくウォルターであることを確かめてからは、そのウォルターがマージャリーの実験会の中心的支配霊となった。
 始めの内はテーブルの移動、ラップ(叩音)、ノックによる通信といった単純な心霊現象ばかりであったが、その内トランスに入るようになり、直接談話、エクトプラズムの出現、続いて物質化霊の出現、物体が物体を貫通する現象、自動書記(その一部は英語以外の言語による)、そして十字通信といった風に発展していった。
 証拠がどんどん積み重ねられていった。最初は他の原因のせいにしてよいものもあったが、全体を通してみると、ウォルター霊が指揮してやっていることは明白だった。特に重要な点は実験に先立ってウォルターが、今日はこのようなことをやってみせます、と予め現象を予告していたことで、それは現象が意図的に行われていることを証明するものであった。
 さて、ある日ウォルターは「他にどんな証拠が要りますか」と尋ねた。そこで自分の指紋が作れたら文句はないのだがという注文が出された。するとウォルターはワックスとお湯を用意して欲しいと言って来た。早速用意すると、そのワックスに親指の指紋をつけ、これは自分の指紋だと言う。その証拠として、死ぬ少し前に使用した剃刀の刃に指紋がついている筈だから、それと比べて欲しいという。調査した結果ピタリと一致した。
 がウォルターはそれだけでは満足せず、指紋現象で色んなことをやってみせた。最初の内は普通の指紋であったが、その内逆指紋つまり隆起と窪みとが逆になったものを作ってみせた。これは物理的に不可能なことである。ところがもう一つ〝不可能なこと〟をやってみせた。それは凹面と凸面の逆指紋であった。そして最後には鏡像の指紋まで作って面食らわせた。つまり隆起と隆起、くぼみとくぼみは一致しているが全体が鏡に映ったのと同じ逆の像になっていたのである。
 こうした一連の実験でウォルターは合わせて131個の指紋を作ったが、これを顕微鏡で拡大してみると汗腺や特徴ある環状や渦巻きなど、解剖学的にも普通の皮膚と完全に一致することが、ワシントン、ボストン、ベルリン、ミュンヘン、ウィーン、スコットランドヤードの各警察の専門家によって確認されている。
 どの実験会でも霊媒が身動き出来ないように配慮された。肘と手首を紐で椅子に縛りつけ、部屋の隅が奥まった所に列席者から見えるように位置させ、両手は特別にあつらえた〝筒穴〟の中に突っ込ませた。こうした条件にイヤな顔一つせずに応じたマージャリーは更に、実験の前と後に全身をチェックされ、特別に用意したワンピースを縫い付けられ、ロープで縛られ、最後の外科用のテープで椅子に貼り付けられたが、こうした処置にも気持よく応じている。
 ある時、ウォルターの親指の指紋が或る人の指紋とよく似ているということが指摘されたことがあった。しかし、たとえ事実だとしても、それはウォルターの実験結果が超常現象であることを否定するものではなく、指紋の作製が必ずしも絶対的証拠とはならないことを証明するに過ぎない。
 さて、こうした背景の下で私達夫婦がクランドン邸を訪れた夜、即席の交霊会を開いてくれてウォルターが十字通信をやってみましょうと言ってくれた時は、とても嬉しかった。
 その夜招待された人の中にボストン造船所の所長ジョン・ファイフ氏がいた。そのファイフ氏にウォルターから六人の人を選んで欲しい。そして明日の夜七時に何か一つの言葉ないし品物の名前を選んでおいて欲しい、との要請があった。その言葉ないし名前をウォルターがマージャリーとサリー・リッツェルマンの二人に通信すると言うのである。リッツェルマンは自動書記が得意なボストンの女性霊媒である。
 ファイフ氏は実は翌朝子供連れでドライブに出かける予定にしており、ニューハンプシャーを通ることは分かっていても、夜七時にどの辺りにいるかは見当が付かない。しかし何とかして六人の証人を集めて単語を選んでもらい、そのことを証言する声明文にサインしてもらいことを約束した。そして私達夫婦と相談して、単語が決まり次第ボストンから七十マイル離れたロイヤルストンにある〝フレンチ〟という店にファイフ氏が電話を入れるということになった。
 そのロイヤルストンからほぼ一マイルの所にマージャリーが土地をもっていて、その森の中に幾つか山小屋があった。翌朝マージャリーと米国のSPR(注12)会長バットン氏、それに私達夫婦の四人がロイヤルストンに向けて出発した。リッツェルマン女史がご主人と共に既にその小屋の一つに待機していた。どの小屋にも電話はない。そこで電話のある一番近い店の〝フレンチ〟が選ばれていたのである。到着すると直ぐに私はマネジャーのウィルコックスとかいう人に会い、七時過ぎに電話で或るメッセージが届くから、それを書き留めておくようにお願いし、後で私が取りに来るからと言っておいた。
 さて、七時かっきりにマージャリーとリッツェルマンが別々の山小屋で着席した。両者は通常の手段では交信は出来ない。まずマージャリーがバットン氏とマージャリー家のお手伝いをしている日本人、それに私が見ている前で Water Melon (スイカ)と書いた。一方リッツェルマンの方は私の妻の見ている前で同じく Water Melon と書いた。
 面白いことにリッツェルマンの文字は鏡像で書かれていた。つまりそれを正しく読むには鏡に映さないといけない。それから、マージャリーが書いている時、日本人のお手伝いが犬をあやしていて、その犬が唸り声を出したのでマージャリーが犬を静かにさせるように言っていたが、そういったことは通信に何の支障もなかった。
 私は直ぐさま車で〝フレンチ〟へ行ってマネジャーからその数分前に届いたというメッセージを受け取った。それは封印をした封筒に入れてあった。開封してみると Water Melon と書かれた紙切れが入っていた。
 後に、その日に立ち会った人全員による署名入りの声明文を手に入れることも出来た。幾つかの十字通信に立ち会っているバットン氏は、実験が上手くいく時はいつもウォルターの方からやろうと言い出した時か、こちらからの申し出をウォルターが快諾した時だと私に語ってくれた。

 (注11)-この場合は質問に対する返事ではなく、新しいページを書き始める時の「はいどうぞ」とか、用紙の縁からはみ出そうになってそれを押し止める時の「ダメ」といった意味と解釈される。

 (注12)-Society for Psychical Research の略。心霊現象の科学的研究を目的として設立された純粋の学術機関。

       
       
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