「皆さんは次のような間違った事実に気付いておられるでしょうか。すなわち大半のキリスト教徒は自分達こそイエスが保証した天国の継承者であると思い込み、神は自分達の為に生き自分達の為に死すべく唯一の息子を送ってくださったと信じていること。又自分達は神の直属の僕によって授けられたメッセージの啓示を受け、かつてそれ以外のメッセージが人類に授けられたためしはないと信じていること、更に又、その自分達にのみ明かされた教義をインド、中国人、その外の異教徒全てに説くことが自分達の絶対的義務であると思い込んでいること。そして、その啓示は完全にして、神の最後のお言葉であるとまで信じていることです。
 そのような、間違っていると同時に独善的な言説は即刻捨て去られるがよろしい。最高神がそのような偏ったえこひいきをなさることは有り得ぬことです。全てを統率される永遠の存在が、地上の一地域の子等の陳腐な願い事だけに耳を傾けるようなことはなさりません。いつの時代にも、それぞれの時代の特殊な事情に応じて神の啓示が授けられているのです。
 そのいずれの啓示にも、中核をなす重大な思想が盛られております。スピリチュアリズムと呼ばれているものは、それらを一つに纏めた総合的思想なのです。これまで断片的に啓示されて来たものが集められ、スピリチュアリズムの名の下に、偏りのない一個の集合体としたのです。純粋性及び真実性において優るものもあれば劣るものもあります。が、イエス・キリストの説いた真理が最も真実味に溢れ、多分インドの古代宗教がそれに続くでしょう。真理の受け入れの最大の障害となるのは偏見です。
 私が地上で生活した頃はそうした古い宗教については何の知識も存在しませんでした。そもそもユダヤ人の間には霊魂不滅の信仰と呼べるものは何一つ存在せず、単に憧れる程度に過ぎませんでした。そこへイエス・キリストが出現して、真実の信仰として霊の不滅性を説いたのです。使命の一環がその真理を広めることにあったのです。
 当時のユダヤ人は今日のクリスチャンとよく似た傾向にありました。いつしか来世についてあまり多くを考えないようになって行きました。そこへイエスが出現して霊の不滅性と永遠性を説いたのです。それは、こうして我々が他界した霊との交信の可能性を説きに来たのと同じです」

 「皆さんが異教徒と呼んでいる者の運命について大部分のクリスチャンが、彼等は死後哀れな道を辿り、お慈悲を要求することを許されぬまま神の裁きに任される、と断じております。不思議でならないのは、イエス自身は同じオリに種類の異なる羊もいると述べ、彼等も同じ仲間として、その行いによって裁かれると教えている事実を忘れていることです。又パウロが神について語った時も、神は地上の全ての民族を同じ血によって拵えられたと言い、従って人類は全て同じ家系から生じ、神を慕い求める者は誰にでもその願いが叶えられることを説いております」

 「キリストが所有していた強大な霊力は到底皆さんには理解し得ません。完全な自己滅却が人間の中にあって神の如き生活を可能ならしめました。その奇跡は天使の背後霊団によって演出されました。そしてその思想は一つの気高い目的に集中しておりました。すなわち人類の福祉への献身です。
 キリストは悠久の前生(後注)を有する高級霊の一柱が宿ったものであり、その高い界層においてもなお高い位にありました。人類更生の為の大事業は全てそのキリストを淵源としております。その聖なる影響力は地上のいかなる暗き場所をも数多く啓発しております。これ以後も人類の霊的受容能力が開発されるに従ってその影響力がますます広がって行くことでしょう。
 我々はそのキリストの名の下に参ります。そのキリストの霊力のお陰をもって語ります。そしてそのキリストの祝福を皆さんにお預けしてまいります。その上に安らぎを、安らぎを、安らぎを・・・・」
 (注)-ここでいう〝前生〟とは誕生前の霊界における生活であって、地上での生活ではない。これは神々しい誕生に係わる大問題で、日本の神話では寓話風に語られているが、シルバーバーチは〝物質界に誕生する霊としない霊とがいるのはなぜですか〟という質問に答えて次のように述べている。
 《霊界の上層部つまり神庁には、一度も物質界に降りたことのない存在がいます。その種の霊にはそれなりの宇宙での役割があるのです。物質器官を通しての表現を体験しなくても成長進化を遂げることが出来るのです。当初から高級界に所属している神霊であり、時としてその中から特殊な使命を帯びて地上へ降りて来ることがあります。歴史上の偉大な霊的指導者の中には、そうした神霊の生まれ変わりである場合が幾つかあります》
 これは次のインペレーターの霊言とも一致している。

 「キリストの場合はかつて一度も物質界へ降りたことのない高級神霊が人類の向上と物的体験の獲得の為に一時的に肉体に宿ったものです。そうした神霊は高い界層に所属し、人類の啓発の為に特殊な任務を帯びて派遣されます。肉体に宿らずに、霊媒を見出して働きかける場合もあります(後注①)。その霊媒に対して、未だかつて物質界に降りたことのない〝真理の啓発者〟から深遠な真理の幾つかが注ぎ込まれ、それについて霊媒は睡眠中に教えを受けることがあります(後注②)。本人はそれと気付いていなくても吸収することは出来ております。
 この種の神霊は俗世的問題を問われる気遣いのない時をみて働きかけようとするのです。なぜかと言えば、彼等は俗世の問題については全く無知であり、霊的知識以外は伝授し得ないのです。そうした神霊が時として自らの意志によって地上へ降誕して来ることもあります。慈悲に発する使命感から率先して志願するのです。そして肉体に宿っている間は自己のアイデンティティ(本来の身元)の記憶を喪失します。こうした行為に出る神霊は数多く存在します。そして、地上生活を終えた後、特殊な存在の側面についての体験と知識とを携えて、本来の界層へと帰還していきます」

 (注)①-『ベールの彼方の生活』第四巻で、ある〝双子霊〟が各種の天体を遍歴しながら向上して行く話の後、霊媒のオーエンとアーネル霊との間で次のような問答がある。
-地球以外の惑星との接触はどういう形で行ったのでしょうか。再生したのでしょうか。
 「再生という用語は前生と同じ性質の身体にもう一度宿るということを意味するものと思われます。そうだとすれば、そして貴殿もそう了解してくださるならば、地球以外の天体上の身体や物質に順応させていく操作を〝再生〟と呼ぶのは適切ではありません。というのは、身体を構成する物質が地上のそれと非常に似通った天体もあるにはありますが、全く同じ素材で出来ている天体は二つとなく、全く異なるものもあります。
 それ故貴殿が今お考えになっているような操作を再生と呼ぶのは適切でないばかりか、よしんば惑星間宇宙を支配する法則と真っ向から対立するものではないにしても、物的界層の進化の促進の為にこの種の問題を担当している神霊から見れば、そう一概に片付けられる性質のものでないとして否定されることでしょう。そうではなくて、お二人はこの太陽系だけでなく他の恒星へも、地上の場合と同じく、今私が行っている方法で訪れたのです。
 私はこの地上へ私の霊力の強化の為に戻って参ります。そして時には天体の創造と進化についての、より一層の叡智を求めて、同じ方法で他の天体を訪れます。が、物的身体を纏うことは致しません。そういうことをしたら、却って障害となるでしょう。私が求めているのは内的生活、その世界の実相であり、それは内部から、つまり霊界からの方がよく分かります。物的世界のことは、そこの物質を身に纏って生まれるよりも、今の霊としての立場から眺めた方がより多く学べるのです。魂をそっと包んでくれる霊的身体よりも遙かに鈍重な器官を操作しなければならないという制約によって、霊的感覚が麻痺してしまうのです」

 (注)②-これは我々平凡人においても同じことで、肉体から脱け出て脳を通しての意識から解放されている間に、背後霊によって色々と指導を受けている。それが肉体に戻ってからどこまで脳の意識に反映されるかは霊的意識の発達程度(霊格)によるので、一人一人異なる。『シルバーバーチの霊訓』第七集の中で、ルースとポールという二人の子供(姉と弟)を相手にしてシルバーバーチが次のような話をしている。
ルース「あたしたちは眠っている間はどんなことをしているのでしょうか」
シルバーバーチ「皆さんは毎晩その身体を後にして別の世界へ行きます。訪れた世界での体験は二種類に分けることが出来ます。一つは教育を目的としたもので、もう一つは純粋に娯楽を目的としたものです。教育的体験では、いずれ訪れる霊界生活で使用する霊的身体について教わります。娯楽を目的とした体験の場合は、例えば霊界で催されている色々な会場を訪れます。
 いいですか、ルースちゃん、あなたは昨晩私の世界の庭園へ連れて行ってもらったのですよ。それからポール君は音楽を聞きに行ったのですよ」
ポール「二人ともそのことを覚えていないなんて、つまんないですね」
シルバーバーチ「確かに、そう思うのも無理ないかも知れませんね。でも、それは肉体から離れている間の(異次元の)体験を肉体の脳で理解しようとするからなのです。ポットの水全部をグラスに入れようとしても入りませんね。それと同じです。でも夢を注意して見ていると好いヒントになるものが見つかる筈ですよ」
ルース「わけの分からない夢はどう理解したらいいのですか」
シルバーバーチ「変な夢のことですか。あれは異次元での体験を脳で思い出そうとするからそうなるのです。脳は小さな袋のようなものです。霊体が肉体に戻って来て、その間の体験を脳に詰め込もうとするのですが、小さな袋には全部が入りきれないのです。それを無理して押し込もうとする為に、あのようなヘンテコな形になるのです。夢というのは別世界での体験がそのまま現れるのではなく、その断片的な思い出に過ぎません」