自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 話が少し後に戻りますが、この辺で一つ取り纏めて私の最初の修行場、つまり、私がこちらの世界で真っ先に置かれました境涯につきて、一通り申し述べおくことに致したいと存じます。実は私自身も、初めてこちらの世界に眼を覚ました当座は、唯一途に口惜しいやら、悲しいやらで胸が一杯で、自分の居る場所がどんな所かというような事に、注意するだけの心の余裕とてもなかったのでございます。それに四辺が妙に薄暗くて気が滅入るようで、誰しもあんな境遇に置かれたら、恐らくあまり朗らかな気分にはなれそうもないかと考えられるのでございます。
 が、その中、あの最初の精神の暴風雨が次第に収まるにつれて、私の傷付けられた頭脳にも少しずつ人心地が出てまいりました。うとうとしながら私は考えました。-
 『私は今こうして、たった一人ぼっちで寝ているが、一体ここはどんな所かしら・・・・。私が死んだものとすれば、ここはやはり冥途とやらに相違ないであろうが、しかし私は三途の川らしいものを渡った覚えはない・・・・閻魔様らしいものに会った様子もない・・・何が何やらさっぱり腑に落ちない。モー少し光明が射してくれると良いのだが・・・』
 私は少し枕から頭部をもたげて、覚束(おぼつか)ない目つきをして、あちこち見回したのでございます。最初は、何やらモヤでもかかっているようで、物のけじめも判りかねましたが、その中不図何処からともなしに、一條の光明が射し込んで来ると同時に、自分の置かれている所が、一つの大きな洞穴-岩屋の内部であることに気付きました。私は少なからずびっくりしました。-
 『オヤオヤ!私は不思議な所に居る・・・・私は夢を見ているのかしら・・・・それともここは私の墓場かしら・・・』
 私は全く途方に暮れ、泣くにも泣かれないような気持で、ひしと枕に噛り付くより外に詮術もないのでした。
 その時不意に私の枕辺近くお姿を現して、色々と有り難い慰めのお言葉をかけ、又何くれと詳しい説明をしてくだされたのは、例の私の指導役の神様でした。痒い所へ手が届くと申しましょうか、神様の方では、いつもチャーンとこちらの胸の中を見透かしていて、時と場合にぴったり当てはまった事を説き聞かせてくださるのでございますから、どんな判りの悪い者でも最後には大人しく耳を傾けることになってしまいます。私などは随分我執の強い方でございますが、それでも段々感化されて、肉親のお祖父様のようにお慕い申し上げ、勿体ないとは知りつつも、私はいつしかこの神様を『お爺さま』とお呼び申し上げるようになってしまいました。前にも申し上げた通り私のような者がドーやら一人前のものになることが出来ましたのは、偏(ひとえ)にお爺さまのお仕込みの賜物でございます。全く世の中に神様ほど有り難いものはございませぬ。善きにつけ、悪しきにつけ、影身に添いて、人知れず何かとお世話を焼いてくださるのでございます。それがよく判らないばかりに、兎角人間は我儘が出たり、慢心が出たり、飛んだ過失をしでかすことにもなりますので・・・。これはこちらの世界に引越してみると、段々判ってまいります。
 うっかりつまらぬ事を申し上げお手間を取らせました。私は急いで、あの時、神様が幽界の修行の事、その他について私に言い聞かせて下されたお話の要点を申し上げることに致しましょう。それは大体こうでございました。-
 『そなたには今岩屋の内部に居ることに気付いて、色々思い惑っているらしいが、この岩屋は神界に於いて、そなたの修行の為に特にこしらえてくだされた、有り難い道場であるから、当分ここでみっしり修行を積み、早く上の境涯へ進む工夫をせねばならぬ。勿論ここは墓場ではない。墓は現界のもので、こちらの世界に墓はない・・・。現在そなたの眼にはこの岩屋が薄暗く感じるであろうが、これは修行が積むにつれて自然に明るくなる。幽界では、暗いも、明るいも全てその人の器量次第、心の明るいものは何処に居ても明るく、心の暗いものは、何処へ行っても暗い・・・。先刻そなたは三途の川や、閻魔様の事を考えていたらしいが、あれは仏者の方便である。嘘でもないが又事実でもない。あのようなものを見せるのはいと容易いが、ただ我が国の神の道として、一切方便は使わぬことにしてある・・・。そなたはただ一人この道場に住むことを心細いと思うてはならぬ。入口には注連縄が張ってあるので、悪魔外道の類は絶対に入ることは出来ぬ。又たとえ何事が起こっても、神の眼はいつも見張っているから、少しも不安を感ずるには及ばぬ・・・・。全て修行場は人によりてめいめい違う。家屋の内部に置かるるものもあれば、山の中に置かるる者もある。親子夫婦の間柄でも、一所には決して住むものでない。その天分なり、行状なりが各自違うからである。但し会おうと思えば差し支えない限りいつでも会える・・・・』
 一応お話が終わった時に、神様はやおら私の手を執って、助け起してくださいました。『そなたも一つ元気を出して、歩いてみるがよい。病気は肉体のもので、魂に病気はない。これから岩屋の模様を見せてつかわす・・・・・』
 私はついふらふらと起き上がりましたが、不思議にそれっきり病人らしい気持が失せてしまい、同時に今まで敷いてあった寝具類も煙のように消えてしまいました。私はその瞬間から現在に至るまで、ただの一度も寝床の上に寝たいと思った覚えはございませぬ。
 それから私は神様に導かれて、あちこち歩いてみて、すっかり岩屋の内外の模様を知ることが出来ました。岩屋はかなり大きなもので、高さと幅はおよそ三、四間、奥行は十間余りもございましょうか。そして中央の所がちょっと折れ曲がって、斜めに外に出るようになっております。岩屋の所在地は、相当に高い、岩山の麓で、山の裾をくり抜いて造ったものでございました。入口に立って四辺を見ると、見渡す限り山ばかりで、海も川も一つも見えません。現界の景色と比べて別に格段の相違もありませぬが、ただこちらの景色の方がどことなく清らかで、そして奥深い感じが致しました。
 岩屋の入口には、神様の言われました通り、果して新しい注連縄が一筋張ってありました。
       
       
自殺してはならない霊的な理由 自殺志願者は、まず[自殺の霊的知識]を読んで!
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