自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 岩屋の修行中に、モー一つちょっと面白い話がございますから、ついでに申し上げることに致しましょう。それは私が、こちらで自分の愛馬に再会したお話でございます。
 前にもお話致しましたが、私は三浦家へ嫁入りしてから初めて馬術の稽古を致しました。最初は馬に乗るのが何やら薄気味悪いように思われましたが、やっております内に段々と乗馬が好きになったと言うよりも、寧ろ馬が可愛くなって来たのでございます。乗り馴らした馬というものは、それはモー不思議なほど可愛くなるもので、事によると経験のないお方には、その本当の味わいはお判りにならぬかも知れません。
 私の愛馬と申しますのは、良人が色々と捜した上に、最後に、これならば、と見立ててくれた程のことがございまして、それはそれは優しい、美事な牡馬(めうま)でございました。背丈はそう高くはございませぬが、総体の地色は白で、それに所々に黒の斑点の混じった美しい毛並は今更自慢するではございませぬが、全く素晴らしいもので、私がそれに乗って外出をした時には、道行く者も足を停めて感心して見惚れる位でございました。ナニ乗り手に見惚れたのではないかと仰るか・・・・。御冗談ばかり、そんな酔狂な者は只の一人だってございません。私の馬に見惚れたのでございます・・・・。
 そうそうこの馬の命名につきましては、良人と私との間に、中々の悶着がございました。私が優しい名前がよいと思いまして、散々考え抜いた末にやっと『鈴懸(すずかけ)』という名を思いついたのでございます。すると良人は私と意見が違いまして、それは余り面白くない、是非『若月(わかつき)』にせよと言い張って、何を申しても聞き入れないのです。私は内心不服で堪りませんでしたが、元々良人の見立ててくれた馬ではあるし、とうとう『若月』と呼ぶことになってしまいました。『今度は私が負けておきます。しかしこの次に良い馬が手に入った時はそれは是非鈴懸と呼ばせて頂きます・・・・』私はそんなことを良人に申したのを覚えております。しかしそれから間もなく、あの北条との戦闘が起こったので、私の望みはとうとう遂げられずに終わりました。
 兎に角名前につきては最初こんないきさつがありましたものの、私は若月が好きで好きで堪らないのでした。馬の方でも又私によく馴染んで、私の姿が見えようものなら、さも嬉しいと言った表情をして、あの大きな体を擦り付けて来るのでした。
 落城後私があちこち流浪をした時にも、若月はいつも私に付き添って、散々苦労をしてくれました。で、私の臨終が近付きました時には、私は若月を庭前へ召してもらって、この世の訣別を告げました。『汝にも色々世話になりました・・・・』心の中でそう思っただけでしたが、それは必ず馬にも通じたことであろうと考えられます。これほど可愛がった故でもございましょう、私が岩屋の内部で精神統一の修行をしている時に、ある時思いも寄らず、若月の姿が私の眼にはっきりと映ったのでございます。
 『事によると若月はもう死んだのかも知れぬ・・・・』
 そう感じましたので、お爺さまにお訊ねしてみますと、果してこちらの世界に引越しておるとの事に、私は是非一目昔の愛馬に会ってみたくて堪らなくなりました。
 『甚だ勝手なお願いながら、一度若月の許へ連れて行ってくださる訳にはまいりますまいか・・・・・』
 『それはいと易いことじゃ』と例の通りお爺さまは親切に答えてくださいました。『馬の方でもひどくそなたを慕っているから一度は会っておくがよい。これから一緒に連れて行ってあげる・・・・』
 幽界では、何処をドー通って行くのか、途中のことは殆ど判りませぬ。そこが幽界の旅と現世の旅との大した相違点でございますが、兎も角も私達は、瞬く間に途中を通り抜けて、或る一つの馬の世界へまいりました。そこには見渡す限り馬ばかりで、他の動物は一つもおりません。しかし不思議なことには、どの馬も馬も皆逞しい駿馬ばかりで、毛並のもじゃもじゃした、イヤに脚ばかり太い駄馬などは何処にも見かけないのでした。
 『私の若月もここにいるのかしら・・・・』
 そう思いながら、不図向こうの野原を眺めますと、一頭の白馬が群を離れて、飛ぶが如く私達の方へ駆け寄ってまいりました。それは言うまでもなく、私の懐かしい、愛馬でございました。
 『まァ若月・・・・汝、よく来てくれた・・・・・』
 私は心から嬉しく、しきりに自分にまつわり付く愛馬の鼻を、いつまでもいつまでも軽く撫でてやりました。その時の若月の嬉しげな面持・・・・私は覚えず涙ぐんでしまったのでございました。
 暫く馬と一緒に遊んで、私は大変軽い気持になって戻って来ましたが、その後二度と行って見る気にもなれませんでした。人間と動物との間の愛情にはいくらかあっさりしたところがあるものと見えます・・・。
       
       
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