自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 岩屋の修行中に誰かの臨終に出会ったことがあるか、とのお訊ねでございますか。-それは何度も何度もあります。私の父も、母も、それから私の手元に召し使っていた、忠実な一人の老僕なども、私が岩屋に居る時に前後して没しまして、その都度私はこちらから、見舞いに参ったのでございます。何れあなたとしては、幽界から観た臨終の光景を知りたいと仰るのでございましょう。宜しうございます。では、標本のつもりで、私の母の亡くなった折の模様を、ありのままにお話し致しましょう。わざわざ調査するのが目的で、やった仕事ではないのですから、無論色々見落としはございましょう。その点は充分お含みを願っておきます。機会がありましたら、誰かの臨終の実況を調べに出掛けてみても宜しうございます。ここに申し上げるのはホンの当時の私が観たまま感じたままのお話でございます。
 それは私が亡くなってから、もうよほど経った時・・・かれこれ二十年近くも過ぎた時でございましょうか、ある日私が例の通り御神前で修行しておりますと、突然母の危篤の知らせが胸に感じて参ったのでございます。こうした場合には必ず何等かの方法で知らせがありますもので、それは死ぬる人の思念が伝わる場合もあれば、又神様から特に知らせて頂く場合もあります。その他にもまだ色々ありましょう。母の臨終の際には、私は自力でそれを知ったのでございました。
 私はびっくりして早速鎌倉の、あの懐かしい実家へと飛んで行きましたが、モーその時はよくよく臨終が迫っておりまして、母の霊魂はその肉体から半分出たり、入ったりしている最中でございました。人間の眼には、人の臨終というものは、ただ衰弱した一つの肉体に起こる、あの悲惨な光景しか映りませぬが、私にはその外にまだ色々の光景が見えるのでございます。なかんずく一番目立つのは肉体の外に霊魂-つまりあなた方の仰る幽体が見えますことで・・・・。
 御承知でもございましょうが、人間の霊魂というものは、全然肉体と同じような形態をして肉体から離れるのでございます。それは白っぽい、幾分ふわふわしたもので、そして普通は裸体でございます。それが肉体の真上の空中に、同じ姿勢で横臥している光景は、決してあまり見ませんでしたが、初めて人間の臨終に出会った時は、何とまァ変怪なものかしらんと驚いてしまいました。
 もう一つおかしいのは肉体と幽体との間に紐がついていることで、一番太いのが腹と腹とを繋ぐ白い紐で、それは丁度小指位の太さでございます。頭部の方にもモー一本見えますが、それは通例前のよりもよほど細いようで・・・・。無論こうして紐で繋がれているのは、まだ絶息し切らない時で、最後の紐が切れた時が、それがいよいよその人の死んだ時でございます。
 前申す通り、私が母の枕辺に参りましたのは、その紐が切れる少し前でございました。母はその頃モー七十位、私が最後にお目にかかった時とは大変な相違で、見る影もなく、老いさらばえておりました。私は直ぐ身元に近付いて、『私でございます・・・』と申しましたが、人間同志で、枕元で呼び交わすのとは違い、何やらそこに一重隔てがあるようで、果してこちらの思念が病床の母に通じたかどうかと不安に感じられました。-もっともこれは地上の母につきて申し上げることで、肉体を棄ててしまってからの母の霊魂とは、無論自由自在に通じたのでございます。母は帰幽後間もなく意識を取り戻し、私とは幾度も幾度も会って、色々越し方の物語に耽りました。母は、死ぬる前に、父や私の夢を見たと言っておりましたが、勿論それはただの夢ではないのです。つまり私達の意思が夢の形式で、病床の母に通じたものでございましょう・・・・。
 それは兎に角、あの時私は母の断末魔の苦悶の様を見るに見兼ねて、一生懸命母の体を撫でてやったのを覚えています。これは只の慰めの言葉よりも幾分か効き目があったようで、母はそれからめっきりと楽になって、間もなく気息を引取ったのでございました。全て何事も真心を籠めて一心にやれば、必ずそれだけの事はあるもののようでございます。
 母の臨終の光景について、モー一つ言い残してならないのは、私の眼に、現世の人達と同時に、こちらの世界の見舞者の姿が映ったことでございます。母の枕辺には人間は約十人余り、何れも眼を泣き腫らして、永の別れを惜しんでいましたが、それ等の人達の中で私が生前存じておりましたのはたった二人程で、他は見覚えのない人達ばかりでした。それからこちらの世界からの見舞者は、第一が、母よりも先へ亡くなった父、続いて祖父、祖母、肉親の親類縁者、親しいお友達、それから母の守護霊、支配霊、産土の御神使、・・・・一々数えたらよほどの数に上ったでございましょう。兎に角現世の見舞者よりはずっと賑やかでございました。第一、双方の気分がすっかり違います。一方は自分達の仲間から親しい人を失うのでございますから、沈み切っておりますのに、他方は自分達の仲間に親しき人を一人迎えるのでございますから、寧ろ勇んでいるような、陽気な面持をしているのでございます。こんな事は、私の現世生活中には全く思いも寄らぬ事柄でございまして・・・・。
 他にも気付いた点がまだないではありませぬが、稚拙な言葉でとても言い尽くせぬように思われますので、母の臨終の物語は、一先ずこれ位にしておきましょう。
       
       
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