自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 一通り私の身の上話が済んだ時に、今度は私の方から玉依姫(たまよりひめ)様に色々の事をお訊ねしました。何にしろ龍宮界の初上り、何一つ弁えてもいない不束者のことでございますから、随分つまらぬ事も申し上げ、あちらではさぞ笑止に思し召されたことでございましたろう。何をお訊ねしたか、今ではもう大分忘れてしまいましたが、標本のつもりで一つ二つ想い出してみることに致しましょう。
 真っ先に私がお訊ねしたのは浦島太郎の昔話のことでございました。-
 『人間の世界には、浦島太郎という人が龍宮へ行って乙姫様のお婿様になったという名高い御伽噺がございますが、あれは実際あった事柄なのでございましょうか・・・・』
 すると玉依姫様はほほとお笑い遊ばしながら、こう教えてくださいました。-
 『あの昔話が事実そのままでないことは申すまでもなけれど、さりとて全く跡方もないというのではありませぬ。つまり天津日継(あまつひつき)の皇子彦火々出見命(みこひこほほでのみのみこと)様が、姉君の御婿君にならせられた事実を現世の人達が漏れ聞いて、あんな不思議な浦島太郎の御伽話に作り上げたのでございましょう。最後に出て来る玉手箱の話、あれも事実ではありませぬ。別にこの龍宮に開ければ紫の煙が立ち上る、玉手箱と申すようなものはありませぬ。あなたもよく知る通り、神の世界はいつまで経っても、露かわりのない永遠の世界、彦火々出見命(ひこほほでのみこと)様と豊玉姫(とよたまひめ)様は、今も昔と同じく立派な御夫婦の御間柄でございます。ただ命様には天津日継の大切な御用がおありになるので、滅多に御夫婦揃ってこの龍宮界にお寛ぎ遊ばすことはありませぬ。現に只今も命様には何かの御用を帯びて御出ましになられ、乙姫様は、一人寂しくお留守を預かって居られます。そんなところが、あの御伽噺の辛い夫婦の別離という趣向になったのでございましょう・・・・』
 そう言って玉依姫には心持ちお顔を紅く染められました。
 それから私はこんな事もお訊きしました。-
 『こうして拝見致しますと龍宮は、いかにも綺麗で、呑気らしく結構に思われますが、やはり神様にも色々辛い御苦労がおありなさるのでございましょう?』
 『よい所へお気が付いてくれました』と玉依姫様は大そうお歓びになってくださいました。『寛いで他にお会いする時には、こんな綺麗な所に住んで、こんな綺麗な姿を見せておれど、私達とていつもこうしてのみはないのです。人間の修行も中々辛くはあろうが、龍神の修行とて、それに勝るとも劣るものではありませぬ。現世には現世の執着があり、霊界には霊界の苦労があります。私などは今が修行の真っ最中、寸時もうかうかと遊んではおりませぬ。あなたは今こうしている私の姿を見て、ただ一人の優しい女性と思うであろうが、実はこれは人間のお客様を迎える時の特別の姿、いつか機会があったら、私の本当の姿をお見せすることもありましょう。兎に角私達の世界には中々人間に知られない、大きな苦労があることをよく覚えていてもらいます。それが段々判ってくれば、現世の人間もあまり我儘を申さぬようになりましょう・・・・』
 こんな真面目なお話をなさる時には、玉依姫様のあの美しいお顔がきりきりと引き締まって、まともに拝むことが出来ない程神々しく見えるのでした。
 私がその日玉依姫様から伺ったことはまだまだ沢山ございますが、それはいつか別の機会にお話することにして、ただここで是非付け加えておきたいことが一つでございます。それは玉依姫の霊灯を受けた多くの女性の中に弟橘姫(おとたちばなひめ)様がおられることでございます。『あの人は私の分霊を受けて生まれたものであるが、あれが一番名高くなっております・・・・』そう言われた時には大そうお得意の御模様が見えていました。
 一通りお聞きしたいことをお聞きしてから、お暇乞いを致しますと『又是非どうぞ近い中に・・・』という有り難いお言葉を賜りました。私は心から朗らかな気分になって、再び例の小娘に導かれて玄関に立ち出で、そこからはただ一気に途中を通過して、無事に自分の山の修行場に戻りました。