自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 思い切って私はここに懺悔しますが、四辺に神さん達の眼が見張っていないと感付いた時に、私の心が急にむらむらとあらぬ方向へ引き摺られて行ったことは事実でございます。
 『久しぶりで巡り会った夫婦の仲だもの、せめて手の先位は触れてもみたい・・・』
 私の胸はそうした考えで、一杯に張り詰められてしまいました。
 物堅い良人の方でも、上辺はしきりに堪え堪えておりながら、頭脳の内部はやはりありし昔の幻影で充ち充ちているのがよく判るのでした。
 とうとう堪え切れなくなって、私はいつしか切り株から離れ、あたかも磁石に引かれる鉄片のように、一歩良人の方へと近付いたのでございます・・・・。
 が、その瞬間、私は急に立ち止まってしまいました。それは今まではっきりと眼に映っていた良人の姿が、急にスーッと消えかかったのに驚かされたからでございます。
 『この眼がどうかしたのかしら・・・・』
 そう思って、一歩退いて見直しますと、良人はやはり元の通りはっきりした姿で、切り株に腰掛けているのです。
 が、再び一歩前へ進むと、又もや直ぐに朦朧と消えかかる・・・。
 二度、三度、五度、幾度繰り返しても同じことなのです。
 いよいよ駄目と悟った時に、私は我を忘れてその場に泣き伏してしまいました・・・・。
 『どうじゃ少しは悟れたであろうが・・・』
 私の肩に手をかけて、そう言われる者があるので、びっくりして涙の顔をあげて振り返ってみますと、いつの間に戻られたやら、それは私の指導役のお爺さんなのでした。私はその時穴があったら入りたいように感じました。
 『最初から申し聞かせた通り、一度会った位で直ぐ後戻りする修行はまだ本物とは言われない』とお爺さんは私達夫婦に向かって諄々と説き聞かせて下さるのでした。『汝達には、姿はあれど、しかしそれは元の肉体とはまるきり違ったものじゃ。強いて手と手を触れてみたところで、何やらカサカサとした、丁度張子細工のような感じがするばかり、そこに現世で味わったような甘味も面白味もあったものではない。尚汝が先刻、良人の後に付いて行って、昔ながらの夫婦生活でも営みたいように思ったであろうが・・・・イヤ隠しても駄目じゃ、神の眼はどんなことでも見抜いているから・・・しかしそんな考えは早く棄てねばならぬ。元々二人の住むべき境涯が違っているのであるから、無理にそうした真似をしても、それは丁度鳥と魚とが一緒に住もうとするようなもので、ただお互いに苦しみを増すばかりじゃ。そち達はやはり離れて住むに限る。-が、ワシがこう申すのは、決して夫婦仲の清い愛情までも棄てよというのではないから、その点は取り違いをせぬように・・・。陰陽の結びは宇宙萬有の切っても切れぬ尊い御法則(みのり)、いかに高い神々とてもこの約束からは免れない。ただその愛情はどこまでも清められて行かねばならぬ。現世の夫婦なら愛と欲との二筋で結ばれるのも止むを得ぬが、一旦肉体を離れた上は、すっかり欲からは離れてしまわねばならぬ。そち達は今正にその修行の真っ最中、少し位のことは大目に見逃してもやるが、あまりにそれに走ったが最後、結局幽界の落伍者として、亡者扱いを受け、幾百年、幾千年の逆戻りをせねばならぬ。ワシ達が受け持っている以上、そち達に断じてそんな見苦しい真似はさせられぬ。これからそち達はどこまでも愛し合ってくれ。が、そち達がどこまでも清い関係を続けてくれ・・・・』

 それから少時の後、私達はまるで生まれ変わったような、世にも嬉しい、朗らかな気分になって、右と左とに袂(たもと)を別ったことでございました。
 ついでながら、私と私の生前の良人との関係は今も尚依然として続いており、しかもそれはこのまま永遠に残るのではないかと思われます。が、無論それが互いに許し合った魂(たま)と魂(たま)との清き関係であることは、改めて申し上げるまでもないと存じます。