自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 良人との再開の模様を物語りましたついでに、同じ頃私がこちらで面会を遂げた二、三人の人達のお話を続けることに致しましょう。縁もゆかりもない今の世の人達には、さして興味もあるまいと思いますが、私自身には、中々忘れられない事柄だったのでございます。
 その一つは私がまだ実家に居た頃、腰元のようにして可愛がっていた、香織という一人の女性との会合の物語でございます。香織は私よりは年齢が二つ三つ若く、顔立ちはあまり良くもありませぬが、眼元の愛くるしい、中々利発な子でございました。身元は長谷部某(なにがし)と呼ぶ出入りの徒士(かぢ)の、確か二番目の娘だったかと覚えております。
 私が三浦へ縁づいた時に、香織は親元へ戻りましたが、それでもしょっちゅう鎌倉からはるばる私の所へ訪ねてまいり、そして何年経っても私の事を『姫さま姫さま』と呼んでおりました。その中香織も縁あって、鎌倉に住んでいる、一人の侍の許に嫁ぎ、夫婦仲も大そう円満で、その間に二人の男の子が生まれました。気質の優しい香織は大変その子供達を可愛がって、三浦へまいる時は、一緒に連れて来たことも幾度かありました。
 そんな事はまるで夢のようで、詳しい事はすっかり忘れましたが、ただ私が現世を離れる前に、香織から心からの厚い看護を受けた事だけは、今でも深く深く頭脳の底に刻みつけられております。彼女は私の母と一緒に、例の海岸の私の隠れ家に詰め切って、それはそれは親身になってよく尽くしてくれ、私の病気が早く治るようにと、氏神様へ日参までしてくれるのでした。
 ある日などは病床で香織から頭髪を解いてもらったこともございました。私の頭髪は大変に沢山で、日頃母の自慢の種でございましたが、その頃はモー床につき切りなので、見る影もなくもつれておりました。香織は櫛で解かしながらも、『折角こうして綺麗にしてあげても、このままつくねておくのが惜しい』と言って散々に泣きました。傍で見ていた母も、『モー一度治って、晴衣を着せてみたい・・・・』と言って、泣き伏してしまいました。こんな話をしてみると、私の眼には今でもその場の光景が、まざまざと映ってまいります・・・・。
 いよいよもう駄目と観念しました時に、私は自分が日頃一番大切にしていた一かさねの小袖を、形見として香織にくれました。香織はそれを両手にささげ『たとえお別れしても、いつまでもいつまでも姫さまの紀念(かたみ)に大切に保存致します・・・・』と言いながら、声も惜しまず泣き崩れました。が、私の心は、モーその時分には、思いの外に落ち着いてしまって、現世に別れるのがそう悲しくもなく、黙って眼を瞑ると、却って死んだ良人の顔がスーッと眼前に現れて来るのでした。
 兎に角こんなにまで深い因縁のあった女性でございますから、こちらの世界へ来てもやはり私のことを忘れない筈でございます。ある日私が御神前で統一の修行をしておりますと、急に体がブルブルと震えるように感じました。何気なく背後を振り返ってみると、年の頃やや五十ばかりと見ゆる一人の女性が座っておりました。それが香織だったのでございます。
       
       
自殺してはならない霊的な理由 自殺志願者は、まず[自殺の霊的知識]を読んで!
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