自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 あまりに平凡な人達の噂ばかり続きましたから、その埋め合わせという訳ではございませぬが、今度はわが国の歴史にお名前が立派に残っている、一人の女性にお目にかかったお話を致しましょう。外でもない、それは大和武尊(やまとたけるのみこと)様のお妃の弟橘姫(おとたちばなひめ)様でございます・・・。
 私達の間を繋ぐ霊的因縁は別と致しましても、不思議に在世中から私は弟橘姫様と浅はからぬ関係を有っておりました。御存知の通り姫のお祠(やしろ)は相模の走水と申すところにあるのですが、あそこは私の縁づいた三浦家の領地内なのでございます。で、三浦家ではいつも社殿の修理その他に心を配り、又お祭りでも催される場合には、必ず使者を立てて幣帛(へいはく)を捧げました。何にしろ婦女の鏡として世に知られた御方の霊場なので、三浦家でも代々あそこを大切に取り扱っていたらしいのでございます。そして私自身も確か在世中に何回か走水のお祠に参拝致しました・・・。
 ナニその時分の記憶を物語れと仰るか・・・・随分遠い遠い昔のことで、まるきり夢のような感じがするばかり、とても纏まったことは思い出せそうもありませぬ。確か走水という所は浦賀の入り江からさまで遠くもない、海と山との迫り合った狭い漁村で、そして姫のお祠は、その村の小高い崖の半腹に建っており、石段の上からは海を越えて上総房州が一目に見渡されたように覚えております。
 そうそういつか私がお詣りしたのは丁度春の半ばで、あちこちの山や森には山桜が満開でございました。走水は新井の城から三、四里ばかりも隔った地点なので、私はよく騎馬で参ったのでした。馬は勿論例の若月で、従者は一人の腰元の外に、二、三人の家来が付いて行ったのでございます。道は三浦の東海岸に沿った街道で、たしか武山とか申す、かなり高い一つの山の裾を巡って行くのですが、その日は折よく空が晴れ上がっていましたので、馬上から眺める海と山との景色は、まるで絵巻物をくり拡げたように美しかったことを今でも記憶しております。全くあの三浦の土地は、海の中に突き出た半島だけに、景色にかけては何処にも引けは取りませぬようで・・・・。もっともそれは現世での話でございます。こちらの世界には龍宮界のような綺麗な所がありまして、三浦半島の景色がいかに良いと申しても、とても比べものにはなりませぬ。
 領主の奥方が御通過というので百姓などは土下座でもしたか、と仰るか・・・・ホホまさかそんなことはございませぬ。すれ違う時にもちょっと道端に避けて首を下げるだけでございます。それすら私には気詰まりに感じられ、ツイ外へ出るのが億劫で仕方がないのでした。幸いこちらの世界へ参ってから、その点の気苦労がすっかりなくなったのは嬉うございますが、しかしこちらの旅はあまり、あっけなくて、現世でしたように、ゆるゆると道中の景色を味わうような面白みはさっぱりありませぬ・・・。
 こんな夢物語をいつまで続けたとて致し方がございませぬから、良い加減に切り上げますが、兎に角弟橘姫様に対する敬慕の念は在世中から深く深く私の胸に宿っていたことは事実でございました。『尊のお身代りとして入水された時の姫のお心持ちはどんなであったろう・・・』祠前に額(ぬかづ)いて昔を偲ぶ時に、私の両眼からは熱い涙がとめどなく流れ落ちるのでした。
 ところがいつか龍宮界を訪れた時に、この弟橘姫様が玉依姫(たまよりひめ)様の末裔-御分霊を受けた御方であると伺いましたので、私の姫をお慕い申す心は一層強まってまいりました。『是非とも、一度お目にかかって、色々お話を承り、又お力添えを願わねばならぬ・・・・』-そう考えると矢も楯もたまらぬように、とうとうその旨を龍宮界にお願いすると、龍宮界でも大そう歓ばれ、直ぐその手続きをしてくださいました。
 私がこちらで弟橘姫様にお目通りすることになったのはこんな事情からでございます。
       
       
自殺してはならない霊的な理由 自殺志願者は、まず[自殺の霊的知識]を読んで!
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