自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 私達の間には、それからそれへと、物語が止めどなく弾みました。霊の因縁と申すものは誠に不思議な力を有っているものらしく、これが初対面でありながら、相互の間の隔ての鍵は綺麗に除り去られ、さながら血を分けた姉妹のように、何もかもすっかり心の底を打ち明けたのでございました。
 私というものは御覧の通り何の取柄もない、短い生涯を送ったものでございますが、それでも弟橘姫様は私の現世時代の浮き沈みに対して心からの同情を寄せて、親身になって聴いてくださいました。『あなたも随分苦労をなさいました・・・・』そう言って、私の手をとって涙を流された時は、私は忝いやら、有り難いやらで胸が一杯になり、我を忘れて姫の御膝に縋りついてしまいました。
 が、そんな話はただ私だけのことで、あなた方には格別面白くも、又をかしくもございますまいが、ただその折弟橘姫様御自身の口づから漏らされた遠き昔の思い出話-これはせめてその一端なりとここでお伝えしておきたいと存じます。何にしろ日本の歴史を飾る第一の花形といえば、女性では弟橘姫様、又男性では大和武尊様でございます。このお二人に絡まる事跡が少しでも現世の人達に伝わることになれば、私の拙き通信にも初めて幾らかの意義が加わる訳でございます。私にとりてこんな冥加至極なことはございませぬ。もっとも私の申し上げるところが果して日本の古い書物に載せてあることと合っているか、いないか、それは私にはさっぱり判りませぬ。私はただ自分が伺いましたままをお伝えするだけでございますから、その点はよくよくお含みの上で取捨して頂きとう存じます。
 それからもう一つここでくれぐれもお断りしておきたいのは、私がお取次ぎすることが、決して姫御自身のお言葉そのままでなく、ただ意味だけを伝えることでございます。当時の言葉は含蓄が深いと申しますか、そのままではとても私共の腑に落ちかぬるところがあり、私としては、不躾と知りつつも、何度も何度も問い返して、やっとここまで取り纏めたのでございます。で、多少は私の聞き損ね、思い違いがないとも限りませぬから、その点も何卒充分にお含み下さいますよう・・・・。
 『あなた様の御生立を伺わして頂きとう存じまするが・・・・』 
 機会を見て私はそう切り出しました。すると姫は暫くじっと考え込まれ、それから漸く唇を開かれたのでございました。-
 『いかにも遠い昔のこと、所の名も人の名も、急には胸に浮かびませぬ。-私の生まれたところは安芸の国府、父は安芸淵真佐臣・・・代々この国の司を承っておりました。もっとも父は時の帝から召し出され、いつもお側に仕える身とて、一年の大部は不在勝ち、国元にはただ女子供が残って居るばかりでございました・・・・』
 『御きょうだいもあおりでございましたか』
 『自分は三人のきょうだいの中の頭、他は皆男子でございました』
 『いつもお国元のみにお暮しでございましたか?』
 『そうのみとも限りませぬ。偶(たま)には父のお伴をして大和にのぼり、帝のお目通りを致したこともございます・・・・』
 『アノ大和武尊様ともやはり大和の方でお目にかかられたのでございまするか?』
 『そうではありませぬ・・・・。国元の館で初めてお目にかかりました・・・・』
 山間の湖水のように澄み切った、気高い姫のお顔にも、さすがにこの時は情思の動きが薄い紅葉となって散りました。私は構わず問い続けました。-
 『何卒その時の御模様をもう少し詳しく伺わせて頂く訳にはまいりますまいか?あれ程までに深い深い夫婦の御縁が、ただ仮初めの事で結ばれる筈はないと存じますが・・・・』
 『さア・・・何処から話の糸口を手繰り出してよいやら・・・・』
 姫は暫くさし俯(うつむ)いて考え込んでおられましたが、その中次第にその固い唇が少しずつ綻びてまいりました。お話の前後をつづり合わせると、大体それは次のような次第でございました・・・・。