自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 幾年かに跨る賊徒征伐の軍の旅路に、さながら影の形に伴う如く、ただの一日として背の君のお側を離れなかった弟橘姫の涙ぐましい犠牲の生活は、実にその時を境として始められたのでした。或る年の冬は雪沓(ゆきぐつ)を穿いて、吉備国から出雲国への、国境の険路を踏み越える。又或る年の夏には焼くような日光を浴びつつ阿蘇山の奥深く潜り入りて賊の巣窟を探る。その外言葉に尽くせぬ数々の難儀なこと、危険なことに遭われましたそうで、歳月の経つと共に、その詳しい記憶は次第に薄れては行っても、その時胸にしみ込んだ、感じのみは今も魂の底から離れずにいるとの仰せでございました。
 こんな苦しい道中のことでございますから、御服装などもそれはそれと質素なもので、足には藁沓(わらぐつ)、身には筒袖、さして男子の旅装束と相違していないのでした。なれども、姫は最初から心に固く覚悟しておられることとて、ただの一度も愚痴めきたことはお口に出されず、それにお体も、か細いながら至って御丈夫であった為、一行の足手纏いになられるようなことは決してなかったと申すことでございます。
 かかる艱苦の旅路の裡にありて、姫の心を支える何よりも誇りは、御自分一人がいつも命のお伴と決まっていることのようでした。『日本一の日の御子から又なきものに愛しまれる・・・・』そう思う時に、姫の心からは一切の不満、一切の苦労が煙のように消えてしまうのでした。当時の習慣でございますから、無論命の御身辺には数多の妃達が取り巻いておられました。それ等の中には橘姫よりも遙かに家柄の高いお方もあり、又器量自慢の、それはそれは艶やかな美女も居ないのではないのでした。が、それ等は言わば深窓を飾る手活の花、命のお寛ぎになられた折の軽いお相手にはなり得ても、いざ生命懸けの外のお仕事にかかられる時には、決まり切って橘姫のお声がかかる。これでは『たとえ死んでも・・・』という考えが橘姫の胸の奥深く刻み込まれた筈でございましょう。
 段々伺ってみると、数限りもない御一代中で、最大の御危難といえば、やはり、あの相模国での焼き打ちだったと申すことでございます。姫はその時の模様だけは割合に詳しく物語られました。-
 『あの時ばかりは、いかに武運に恵まれた御方でも、今日が御最後かと危ぶまれました。自分は命のお指図で、二人ばかりの従者に守られて、とある丘の頂きに避けて、命の御身の上を案じわびておりましたが、その中四方から急にめらめらと燃え広がる野火、やがて見渡す限りはただ一面の火の海となってしまいました。折から激しい疾風さえ吹き募って、命の潜り入られた草むらの方へと、飛ぶが如くに押し寄せて行きます。その背後は一帯の深い沼澤で、どこへも退路はありませぬ。もうほんの一と煽りて全ては身の終わり・・・。そう思うと私は我を忘れて、丘の上から駆け降りようとしましたが、その瞬間、忽ちゴーッと耳も潰れるような鳴動と共に、今までとは違って、西から東へと向きを変えた一陣の烈風、あなやと思う間もなく、猛火は賊の隠れた反対の草むらへ移ってまいりました・・・。その時忽ち、右手に高く、御秘蔵の御神剣を振り翳(かざ)し、漆の黒髪を風に靡(なび)かせながら、部下の軍兵共よりも十歩も先んじて、草原の内部から打って出でられた命の猛き御姿、あの時ばかりは、女子の身でありながら覚えず両手を空に差し上げて、声を限りにわあッと叫んでしまいました・・・。後で御伺いすると、あの場合、命が御難儀を脱れ得たのは、やはりあの御神剣のお蔭だったそうで、燃ゆる火の中で命がその御鞘を払われると同時に、風向きが急に変わったのだと申すことでございます。右の御神剣と申すのは、あれは前年わざわざ伊勢へ参られた時に、おば君から授けられた世にも尊い御神宝で、命はいつもそれを錦の袋に納めて、御自身の肌身につけておられました。私などもただ一度しか拝まして頂いたことはございませぬ・・・・』
 これが大体姫のお物語でございます。その際命には、火焔の中に立ちながらも、しきりに姫の身の上を案じわびられたそうで、その忝(かたじけ)ない御情意はよほど深く姫の胸に浸み込んでおるらしく、こちらの世界に引き移って、もう千年にも余るというのに、今でも当時を思い出せば、自ずと涙がこぼれると言っておられました。
 かくまで深いお二人の間でありながら、お子様としては、若建王と呼ばれる御方がただ一人-それも旅から旅へといつも御不在勝ちであった為に、御自分の御手で御養育は出来なかったと申すことでございました。つまり橘姫の御一生は全てを背の君に捧げ尽くした、世にも若々しい花の一生なのでございました。
       
       
自殺してはならない霊的な理由 自殺志願者は、まず[自殺の霊的知識]を読んで!
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