自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 こんな風に物語ると、全てがいかにも人間界の出来事のように見えて、おかしなものでございますが、勿論この天狗さんは、私達に見せる為に、わざと人間の姿に化けて、そして人間らしい挨拶をしていたのでございます。道場だって同じこと、天狗さんに有形の道場は要らない筈でございますが、種がなくては掴まえどころがなさ過ぎますから、人間界の剣術の道場のようなものを仮に造り上げて私達に見せたのでございましょう。全て天狗に限らず、幽界の住人は化けるのが上手でございますから、あなた方もどうぞそのおつもりで、私の物語を聴いて頂きとう存じます。さもないと、全てが一篇の御伽噺のように見えて、さっぱり値打ちが無いものになりそうでございます。
 それはそうと、私達がその時面会した天狗さんの頭目というのは、仲間でも中々力のある傑物だそうでございまして、お爺さんが何か一つ不思議な事を見せてくれと頼みますと、早速二つ返事で承諾してくれました。
 『我々の芸と申すは先ずざっとこんなもので・・・・』
 言うより早く天狗さんは稲妻のように道場から飛び出したと思う間もなく、忽ちするすると庭前に聳(そび)えている、一本の杉の大木に駆け上がりました。それは丁度人間が平地を駆けると同じく、指先一つ触れずに、大木の幹をば蹴って、空へ向けて駆け上がるのでございますが、その迅さ、見事さ、とても筆や言葉に尽くせる訳のものではありませぬ。私は覚えず座席から立ち上がって、呆れて上方を見上げましたが、その時はモー天狗さんの姿がてっぺんの枝の茂みの中に隠れてしまって、どこに居るやら判らなくなっておりました。
 と、やがて梢の方で、バリバリという高い音が致します。
 『木の枝を折っているナ・・・・』
 お爺さんがそう言われている中に、天狗さんは直径一尺もありそうな、長い大きな杉の枝を片手にして、二、三十丈の虚空から、ヒラリと身を躍らせて私の見ている、直ぐ眼の前に降り立ちました。
 『いかがでござる・・・人間よりもちと腕ぷしが強いでござろうが・・・・』
 いとど得意な面持で天狗さんはそう言って、続いて手にせる枝をば、あたかもそれが芋殻でもあるかのように、片端から引きむしっては棄て、引きむしっては棄て、すっかり粉々にしてしまいました。
 が、私としては天狗さんの力量に驚くよりも、寧ろそのあくまで天真爛漫な無邪気さに感服してしまいました。
 『あんな鹿爪らしい顔をしているくせに、その心の中は何という可愛いものであろう!これなら神様のお使者としてお役に立つ筈じゃ・・・・』
 私は心の裡でそんなことを考えました。私が天狗さんを好きになったのは全くこの時からでございます。もっとも天狗と申しましても、それにはやはり沢山の階段があり、質のよくない、修行未熟の野天狗などになると、神様の御用どころか、つまらぬ人間を玩具にして、どんなに悪戯をするか知れませぬ。そんなのは私としても勿論大嫌いで、皆様もなるべくそんな悪性の天狗にはかかり合われぬことを心からお願い致します。が、困ったことに、私共がこちらから人間の世界を覗きますと、つまらぬ野天狗の捕虜になっている方々が随分沢山おられますようで・・・。大きなお世話か存じませぬが、私は蔭ながら皆様の為に心を痛めているのでございます。くれぐれも天狗とお付き合いになるなら、出来るだけ強い、正しい、立派な天狗をお選びなさいませ。真心から神様にお願いすれば、きっと優れたのをお世話して下さるものと存じます・・・・。