自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 さてこの天狗と申すものの生来-これはどこまで行っても私共には一つの大きな謎で、調べれば調べる程腑に落ちなくなるようなところがございます。兎も角、私があの時、天狗の頭目について問い質したところに基づき、ざっとそのお話を致してみることにしましょう。
 先ず天狗の姿から申し上げましょう。前にも述べた通り、天狗は時と場合で、人間その他色々なものの姿に上手に化けます。かく申す私なども最初はうっかりその手に乗せられましたもので・・・。しかし近頃ではもうそんなヘタな真似は致しません。天狗がどんな立派な姿に化けていても、直ぐその正体を看破してしまいます。大体に於いて申しますと、天狗の正体は人間よりは少し大きく、そして人間よりは寧ろ獣に似ており、普通全身が毛だらけでございます。天狗の中のごくごく上等のもののみが人間に近い姿をしておりますようで・・・。
 但しこれは姿のある天狗について申したのでございます。天狗の中には姿を有たないのもございます。それは青味がかった丸い魂(たま)で、直径は三寸位でございましょうか。現に私共が天狗界の修行場に居った時にも、三つ四つ樹の枝にひっついて光っておりました。
 『あれはモーすっかり修行が済んで、姿を棄てた天狗達でござる・・・・』
 天狗の頭目はそう私に説明してくれました。
 天狗の姿も不思議でございますが、その生立ちは一層不思議でございます。天狗には別に両親というものがなく、人間が地上に発生した、遠い遠い原始時代に、こういうものも必要であろうという神様の思し召しで、言わば一種の副産物として生まれたものだと申すことでございます。天狗の頭目も『自分達は人間になり切れなかった魂でござる・・・』と、あっさり告白しておりました。私はそれを聞いた時に、何やら天狗さんに対して気の毒に感じられたのでございました。
 兎も角もこんな手続きで生まれたのでございますから、天狗というものは全部中性・・・つまり男性でも、又女性でもないのでございます。これでは天狗の気持が容易に人間に呑み込めない筈でございます。人間の世界は、主従、親子、夫婦、兄弟、姉妹等の複雑な関係で、色とりどりの綾模様を織り出しておりますが、天狗の世界はそれに引き換えて、どんなにも一本調子、又どんなにも殺風景なことでございましょう。天狗の生活に比べたら、女人禁制の禅寺、男子禁制の尼寺の生活でも、又どんなにも人情味たっぷりなものがありましょう。『全く不思議な世界があればあるもの・・・』私はつくづくそう感じたのでございました。
 かく天狗は本来中性ではありますが、しかし性質からいえば、非常に男らしく武張ったのと、又非常に女らしく優しいのとの区別があり、化ける姿もそれに準じて、或いは男になったり、或いは女になったりするとのことでございます。日本と申す国は古来尚武(しょうぶ)の気性に富んだお国柄である為、武芸、偵察、戦争の駆け引き等に優れた、つまり男性的の天狗さんは殆ど全部この国に集まってしまい、いざとなれば目覚しい働きをしてくれますので、その点大そう結構でございますが、ただ愛とか、慈悲とか言ったような、優しい女性式の天狗は、あまりこの国には現れず、大部分外国の方へ行ってしまっているようでございます。西洋の人が申す天使-あれには色々等差があり、偶(たま)には高級の自然霊を指している場合もありますが、しかしちょいちょい病床に現れたとか、画家の眼に映ったとかいうのは、大抵女性化した天狗さんのようでございます。
 大体天狗の働きはそう大きいものではないらしく、普通は人間に憑って小手先の仕事をするのが何より得意だと申すことでございます。偶には局部的の風位は起せても、大きな自然現象は大抵皆龍神さんの受持ちにかかり、とても天狗にはその真似が出来ないと申すことでございます。
 最後に私があの時天狗さんの頭目から聴かされた、人攫いの秘伝をお伝えしておきましょう。
 『人をさらうということが本当に出来るものでございますか?』
 そう私が訊ねますと、天狗の頭目はいとど得意の面持で、こんな風に説明してくれたのでした。-
 『あれは本当といえば本当、ゴマカシといえばゴマカシでござる。我々は肉体ぐるみ人間を遠方へ連れて行くことは滅多にござらぬ。肉体は通例付近の森蔭や神社の床下などに隠しおき、ただ引き抽(ぬ)いた魂のみを遠方に連れ出すものでござる。人間というものは案外感じの鈍いもので、自分の魂が体から出たり、入ったりすることに気付かず、魂のみで経験したことを、あたかも肉体ぐるみ実地に見聞したように勘違いして、得意になっているもので・・・、側でそれを見るのはよほど滑稽な感じがするものでござる・・・・』