自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 私の山の修行は随分長く続きましたが、やがて又この修行場にも別れを告ぐべき時節がまいりました。
 『汝の修行もここで一段落ついたようじゃ。これから別の修行場へ連れてまいる・・・・』
 或る日指導役のお爺さんからそう言い渡されましたが、実をいうと私の方でも近頃はそろそろ山に倦(あき)が来て、どこぞ別の所へ移ってみたいような気分がしていたのでございました。私は二つ返事でお爺さんの言葉に従いました。
 引越しは例によって至極お手軽でございました。私が自身で持参したのはただ母の形見の守刀だけで、いざ出発と決まった瞬間に、今まで住んで居た小屋も、器具類もすうっと消え失せ、その跡には早くも青々とした苔が隙間なく蒸しているのでした。何があっけないと申して、こんをあっけない仕事は滅多にあるものでなく、相当幽界の生活に慣れた私でさえ、いささか物足りなさを感じない訳にもまいりませんでした。
 が、お爺さんの方では、どこに風が拭くと言った面持で、振り向きもせず、ずんずん先へ立って歩き出されましたので、私も黙ってその後に付いて参りますと、いつしか道が下り坂になり、くねくねしたつづら折をあちらへ巡り、こちらへ回っている中に、どこともなく凄まじい水音が響いて参りました。
 『お爺さま、おれは瀑布(滝)の音でございますか?』
 『そうじゃ。今度の修行場はあの瀑布の直ぐ傍にあるのじゃ』
 『まあ瀑布の修行場・・・。どんなに結構な所でございましょう。私も、どこか水のある所で修行したいような気分になっておりました』
 『それだから今度の瀑布の修行場となったのじゃ。汝も知る通り、こちらの世界の掟には滅多に無理なところはない・・・』
 そう話し合っている中に、いつしか私達は飛沫を立てて流れる、二間ばかりの渓流のほとりに立っていました。右も左も削ったような高い崖、そこら中には見上げるような常盤木が茂っており、いかにもしっとり気分の落ち着いた場所でした。
 不図気が付いて見ると、下流を流れる渓流の上手は十間余りの懸崖(けんがい)になっており、そこに幅さ二、三間位の大きな瀑布が、ゴーッとばかり凄まじい音を立てて、木の葉隠れに白布を懸けておりました。
 私はどこに一点の申し分なき、四辺の清浄な景色に見惚れて、覚えず感歎の声を放ちましたが、しかしとりわけ私を驚かせたのは、滝壺から四、五間程隔てた、とある平坦な崖地の上に、私が先刻まで住んでいた、あの白木造りの小屋がいつの間にか移されていたことでした。
 『まあこんなところに・・・』
 私は呆れてそう叫びましたが、しかしお爺さんは例によってそんな事は当然だと言った風情で、ニコリともせずこう言われるのでした。-
 『これから汝はここでみっしり修行するのじゃ。ワシはこれで帰る・・・・』
 言うが早いか、お爺さんの白衣の姿はプイと煙のように消えて、私はただ一人ポツネンと、この閑寂な景色の中に取り残されました。