自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 それから間もなく、私は随分と激しい雷雨の実況を見せて頂いたのでございますが、外観からいえばそれは現世で目撃した雷雨の光景とさしたる相違もないのでした。先ず遙か向こうの深山でゴロゴロという音がして、同時に眼も眩むばかりの稲妻が光る。その中、空が真っ暗くなって、辺りの山々が篠突くような猛雨の為に白く包まれる・・・ただそれきりのことに過ぎませぬ。
 が、内容からいえば、それは現世ではとても思いもよらぬような、不思議な、そして物凄い光景なのでございました。
 『雨雲の中をよく見るがよい。眼を離してはならぬ』
 お爺さんからそう注意されるまでもなく、私はもう先刻から一心不乱に深い統一に入って、黒雲の中を睨みつめていたのですが、たちまち一体の龍神の勇姿がそこに鮮やかに見出されました。私は思わず叫びました。-
 『あれあれ薄い鼠色の男の龍神さんが、大きな口を開けて、二本の角を振り立てて、雲の中をひどい勢いで駆けて行かれる・・・』
 『それが先刻ここに見えた、あの若者なのじゃ』
 『あれ、向こうの峰を掠めて、白い、大きな龍神さんが、眼にも止まらぬ迅さで横に飛んで行かれる・・・あの凄い眼の色・・・』
 『それが雷の龍神の一人じゃ。力量はこの方が一段も二段も上じゃ・・・』
 『あれ、雨の龍神さんが、こちらを向いて、何やら合図をして向こうの方に飛んで行かれます・・・・』
 『それは、そろそろ雨を切り上げる合図をしているのじゃ。もう間もなく雨も雷も止むであろう・・・・』
 果して間もなく雷雨は、拭うが如く止み、山の上は晴れた、穏やかな最初の景色に戻りました。私は夢から覚めたような気分で、暫くは言葉もきけませんでした。
 ややありて私は瀑布の龍神さんに向かい、今日見せられた事柄についていろいろお訊ねしましたが、いかに訊ねても訊ねてもやはり私の器だけのことしか判る筈もなく、従ってあまり御参考にもならぬかと存じますが、兎も角その時の問答の一部をお伝えしておきます。-
 問『雨を降らすのと、雷を起すのとでは、いつもその受持ちが違うのでございますか?』
 答『それは無論そうじゃ。ワシ達の世界にもそれぞれ受け持ちがある・・・・』
 問『どのような手続きで、あんな雨や雷が起こるのでございますか?』
 答『さあそれは甚だ難しい・・・。一口に言ってしまえば念力じゃが、無論ただそう言ったのみでは足らぬ。天地の間にはそこに動かすことの出来ぬ自然の法則があり、龍神でも、人間でも、その法則に背いては何事も出来ぬ。念力は無論大切で、念力なしには小雨一つ降らせることも出来ぬが、しかしその念力は、何はおいても自然の法則に協(かな)うことが肝要じゃ。先刻雨を降らせるにつきても、ワシ達が第一に神界のお許しを受けたのはそこじゃ。大きな仕事になればなる程、ますます奥が深くなる。ワシ達は言わば神と人との中間の一つの活きた道具じゃ・・・・』
 問『先刻の雨と雷とは、何れもお一人ずつでやられたお仕事でございましたか?』
 答『雨の方はただ一人の龍神の仕事じゃった。汝一人の為に降らせたまでのにわか雨であるから、従ってその仕掛けもごく小さい・・・。が、雷の方はあれで二人がかりじゃ。こればかりは、いかなる場合にも二人は要る。一方は火龍、他方は水龍-つまり陽と陰との別な働きが加わるから、そこに初めてあの雷鳴だの、稲妻だのが起こるので、雨に比べると、この仕事の方が遙かに手数がかかるのじゃ・・・・』