自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 前にも申し上げた通り、私が瀧の修行場に居りました期間は割合に短く、又これと言って珍しい話もありませぬ。私は大体あそこでただ統一の修行ばかりやっていたのでございますから・・・。
 瀧の修行時代がどれ位続いたかと仰るか・・・・。さァ自分にはさっぱりその見当がつきませぬが、指導役のお爺さんのお話では、あれでも現世の三十年位には当たるであろうとの事でございました。三十年と申すと現世では中々長い歳月でございますが、こちらでは時を量る標準が無い故か、一向それ程にも感じないのでございまして・・・・。
 それはそうと、私の瀧の修行場生活もやがて終わりを告ぐべき時が巡ってまいりました。ある日私が御神前で深い深い統一に入っておりますと、ひょっくり瀧の龍神さんが、例の百衣姿で直ぐ間近くお現れになり、こう仰せられるのでございました。-
 『そなたの統一もその辺まで進めば先ず大丈夫、大概の仕事に差し支えることもあるまい。従ってそなたがこの上ここに居る必要もなくなった訳・・・・ではこれでお別れじゃ・・・・』
 言いも終わらず、プイと姿をお消しになり、そしてそれと入れ代わりに私の指導役のお爺さんが、いつの間にやら例の長い杖をついて入り口に立っておられました。
 私はびっくりして訊ねました。-
 『お爺さま、これからどこぞへお引越しでございますか?』
 『そうじゃ・・・・今度の修行場はきっと汝の気に入るぞ・・・。直ぐ出掛けるとしよう・・・・』
 相変わらずあっさりしたものでございます。しかし、私の方でも近頃はいくらかこちらの世界の生活に慣れてまいりましたので、格別驚きも、怪しみもせず、ただ母の紀念(かたみ)の守刀を身につけただけで、心静かに座を起ちました。
 が、それに続いて起こった局面の急転回には、さすがの私も少し呆れない訳にはまいりませんでした。お暇乞いの為に私が瀧の龍神さんの祠堂(ほこら)に向かって合唱瞑目したのはホンの一瞬間、さて眼を開けると、もうそこは既に瀧の修行場でも何でもなく、一望千里の大海原を前にした、素晴らしく見晴らしのよい大きな岩の頂点に、私とお爺さんと並んで立っていたのでした。
 『ここが今度の汝の修行場じゃ。どうじゃ気に入ったであろうが・・・』
 びっくりした私が御返答をしようとする間もあらせず、お爺さんの姿が又々煙のように側から消えて無くなってしまいました。
 重ね重ねの早業に、私は開いた口が容易に塞がりませんでしたが、漸く気を落ち着けて四辺の景色を見回した時に、私は三度驚かされてしまいました。何故かと申すに、岩の上から見渡す一帯の景色が、どう見ても昔馴染みの三浦の西海岸にどこやら似通っているのでございますから・・・・。