自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 ツイうっかりお約束をしてしまいましたので、これから私が小桜神社として祀られた次第を物語らなければならぬ段取りになりましたが、実は私としてこんな心苦しいことはないのでございます。御覧の通り私などは別にこれと申して優れた器量の女でもなく、又修行と言ったところで、多寡が知れているのでございます。こんなものがお宮に祀られるというのは確かに分が過ぎたことで、私自身もそれはよく承知しているのでございます。ただそれが事実である以上、よんどころなく申し上げるようなものの、決して決して私が良い気になっておる訳でも何でもないことを、くれぐれもお含みになって頂きとう存じます。私にとりてこんなしにくい話は滅多にないのでございますから・・・。
 段々事の次第を調べますると、話はずっと遠い昔、私がまだ現世に生きていた時代に遡るのでございます。前にもお話した通り、良人の討死後私はしょっちゅうそのお墓詣りを致しました。何にしろお墓の前へ行って瞑目すれば、必ず良人のありし日の面影がありありと眼に映るのでございますから、当時の私にとりてそれが何よりの心の慰めで、よほどの雨風でもない限り、滅多に墓参を怠るようなことはないのでした。『今日も又お目にかかって来ようかしら・・・』私としてはただそれ位のあっさりした心持で出掛けたまでのことでございました。この墓参りは私が病の床につくまでざっと一年あまりも続いたでございましょうか・・・・。
 ところが意外にもこの墓参が大変に里人の感激の種子となったのでございます。『小桜姫は本当に列女の鑑だ。まだうら若い身でありながら再縁しようなどという心は微塵もなく、どこまでも三浦の殿様に操を立て通すとは見上げたものである』そんな事を言いまして、途中で私とすれ違う時などは、土地の男も女も皆涙ぐんで、いつまでもいつまでも私の後姿を見送るのでございました。
 里人からそんなにまで慕ってもらいました私が、やがて病の為に倒れましたものでございますから、その為に一層人気が出たとでも申しましょうか、いつしか私のことを世にも類なき烈婦・・・気性も武芸も人並優れた女丈夫ででもあるように囃し立てたらしいのでございます。その事は後で指導役のお爺さんから伺って自分ながらびっくりしてしまいました。私は決してそんなに偉い女性ではございませぬ。私はただ自分の気が済むように、一筋に女子として当たり前の途を踏んだまでのことなのでございまして・・・。
 もっとも、最初は別に私をお宮に祀るまでの話が出た訳ではなく、時々思い出しては、野良への往来に私の墓に香花を手向ける位のことだったそうでございますが、その後不図した事が動機となり、とうとう神社というところまで話が進んだのでございました、誠に人の身の上というものは何が何やらさっぱり見当がとれませぬ。生きている時には散々悪口を言われたものが、死んでから口を極めて褒められたり、又その反対に、生前栄華の夢を見たものが、墓場に入ってからひどい辱めを受けたりします。そしてそれが少しも御本人には関係のない事柄なのですから、考えてみれば誠に不思議な話で、煎じつむれば、これはやはり何やら人間以上の奇(くし)びな力が人知れず奥の方で働いているのではないでしょうか。少なくとも私の場合にはそうらしく感じられてならないのでございます・・・・。