自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 そうする中にいよいよ鎮座祭の日が参りました。
 『現界の方では今日はえらいお祭騒ぎじゃ』と指導役のお爺さんが説き聞かせてくださいました。『地元の里はいふまでもなく、三里五里の近郷近在からも大変な人出で、あの狭い海岸が身動きの出来ぬ有様じゃ。往来には掛茶屋やら、屋台店やらが大分出来ている・・・。が、それは地上の人間界のことで、こちらの世界は至って静かなものじゃ。ワシ一人でそなたをあのお宮へ案内すればそれで事が済むので・・・。まァこれまでの修行場の引越しと格別の相違もない・・・・』
 そう言ってお爺さんは一向に取り済ましたものでしたが、私としては、それでは何やら少し心細いように感じられてならないのでした。
 『あのお爺さま、』私はとうとう切り出しました。『私一人では何やら心許なうございますから、お差し支えなくば私の守護霊様に一緒に来て頂きたいのでございますが・・・・』
 『それは差し支えない。そなたをここまで仕上げるのには、守護霊さんの方でも蔭で一と方ならぬ骨折りじゃった。-もう追ッつけ現界の方では鎮座祭が始まるから、こちらも直ぐにその支度にかかると致そうか・・・・』
 毎々申し上げます通り、私共の世界では何事も甚だ手っ取り早く運びます。先ず私の服装が瞬間に変わりましたが、今日はいつもとは違って、身には白練の装束、手には中啓、足には木のツルで編んだ一種の草履、頭髪は勿論垂髪・・・甚ださッぱりしたものでございました。他た身に付けていたものといえばたた母の紀念の守刀-こればかりは女の魂でございますから、いかなる場合にも懐から離すようなことはないのでございます。
 私の服装が変わった瞬間には、もう私の守護霊さんもいそいそと私の修行場へお見えになりました。お服装は広袖の白衣に袴をつけ、上に何やら白の薄物を羽織っておられました。
 『今日はようこそ私をお呼びくださいました』と守護霊さんはいつもの控え勝ちな態度の中にも心からの嬉しさを湛え、『私がこちらの世界へ引き移ってから、かれこれ四百年にもなりますが、その永い間に今日ほど肩身が広く感じられることはただの一度もございませぬ。これと申すもひとえに御指導役のお爺様のお骨折、私からも厚くお礼を申し上げます。この後とも何分宜しうお頼み申しまする・・・・』
 『イヤそう言われるとワシは嬉しい』とお爺さんもニコニコ顔、『最初この人を預かった当座は、つまらぬ愚痴を並べて泣かれることのみ多く、さすがのワシもいささか途方に暮れたものじゃが、それにしてはようここまで仕上がったものじゃ。これからは、何と言おうが、小桜神社の祭神として押しも押されもせぬ身分じゃ・・・・。早速出掛けると致そう』
 お爺さんはいつもの通りの白衣姿に藁草履、長い杖を突いて先頭に立たれたのでした。
 波打ち際を歩いたように感じたのはホンの一瞬間、私達はいつしか電光のように途中を飛ばして、例のお宮の社頭に立っていました。
 内部に入ってホッと一息つく間もなく、忽ち産土の御神姿がスーッと神壇の奥深くお現れになりました。その場所は遠いようで近く、又近いようで遠く、誠に不思議な感じが致しました。
 恭しく頭を下げている私の耳には、やがて神様の御声が凛々と響いてまいりました。それは大体左のような意味のお訓示でございました。
 『今より神として祀られる上は心して土地の守護に当たらねばならぬ。人民からは様々の祈願が出るであろうが、その正邪善悪は別として、土地の守護神となった上は一応丁寧に祈願の全部を聴いてやらねばならぬ。取捨はその上の事である。神として最も戒むべきは怠慢の仕打ち、同時に最も慎むべきは偏頗不正の処置である。怠慢に流れる時はしばしば大事を誤り、不正に流るる時はややもすれば神律を乱す。よくよく心して、神から託された、この重き職責を果たすように・・・・』
 産土の神様のお訓示が終わると、続いて龍宮界からのお言葉がありましたが、それは勿体ないほどお優しいもので、ただ『何事も難しい事はこちらに訊くように・・・』とのことでございました。
 私は今更ながら身にあまる責任の重さを感ずると同時に、限りなき神恩の忝(かたじけな)さをしみじみと味わったことでございました。