自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 前申し上げましたように、兎も角も私は小桜神社を預かる身となったのでございますが、それから今日まで引き続いてざっと二百年、考えてみれば随分永いことでございます。私の任務というのはごく一筋のもので、従って格別取り立てて吹聴するような珍しい話の種とてもありませぬが、それでもこの永い月日の間には何やかやと後から後から様々の事件が湧いてまいり、とてもその全部をお伝えする訳にもまいりませぬ。中には又現世の人達に、今ここで御漏らししてはならないことも少しはあるのでございまして・・・。
 で、色々と考えました末、これからあなた方に幾分か御参考になりそうな事柄だけを拾い出して御話を致し、そろそろこの拙き通信を切り上げさせて頂こうと存じます。
 とりあえず祭神となってからの生活の変化と言ったような点を簡単に申し上げておこうかと存じます。御承知の通り、私の仕事は大体上の神界と下の人間界との中間に立ちて御取次ぎを致すのでございますが、これでも相当に気骨が折れまして、うっかりしておればどんな間違いをするか知れません。修行時代には指導役の御爺さんが側から一々面倒を見てくださいましたから楽でございましたが、段々そうばかりも行かなくなりました。『汝には神様に伺うこともちゃんと教えてあるから、大概の事は自分の力でやらねばならぬぞ・・・』そう言われるのでございます。又私としても、いつまでお爺さんにばかりお縋りするのもあまりに意気地がないように感じましたので、よくよくの重大事でもなければ、滅多に御相談はせぬことに覚悟を決めました。
 で、私として真っ先に工夫したことは一日の区切りを付けることでございました。本来から言えばこちらの世界に昼夜の区別はないのでございますが、それでは現界の人達と接するのにひどく勝手が悪く、どうにも仕方がございません。何しろ人間界の方では朝は朝、夜は夜とちゃんと区切りをつけて仕事をしておるのでございますから・・・。
 そこで、私の方ではそれに調子を合わせて生活するように致し、丁度現世の人達が朝起きて洗面を済ませ、神様を礼拝すると同じように、私も朝になれば斎戒沐浴して、天照大御神をはじめ奉り、皇孫命様、龍神様、又産土神様を礼拝し、今日一日の任務を無事に勤めさせて下さいますようにと祈願を籠めることにしました。不思議なことにそんな場合には、いつも額(ぬか)ずいている私の頭の上で、さらっと幣(ぬき)の音が致します。その癖眼を開けてみても、別に何も見えはしませぬ。恐らくこうして神界から、人知れず私の体を清めて下さるのでございましょう・・・。
 夜は夜で、又神様に御礼を申し上げます。『今日一日の仕事を無事に勤めさせて頂きまして、誠に有り難うございました・・・』その気持は別に現世の時と少しも異なりはしませぬ。兎に角これで初めて重荷が降りたように感じ、自分に戻って寛ぎますが、ただ現世と違うのは、それから床を敷いて寝るでもなく、たった一人で懐かしい昔の思い出に耽って、しんみりした気分に浸る位のものでございます。
  兎に角こうして一日を区切って働くことは指導役のお爺さんからも大変に褒められました。『よくそれだけの考えがついた。それでこそ任務が立派に果たされる・・・・』そう仰って戴いたのでございます。
 ナニ参拝人の話をいたせと仰るが・・・宜しうございます。私もそのつもりでおりました。これからポツポツ思い出してその御話をしてみることに致しましょう。