自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 信者の参拝者と申しましても、その種類は中々沢山でございます。近年は敬神の念が薄らぎましたせいか、めっきり参拝者の数が減り、又熱心さも薄らいだように感じられますが、昔は大そう真剣な方が多かったものでございます。時勢の変化はこちらから観ていると実によく判ります。神霊の有るか、無いかもあやふやな人達から、単に形式的に頭を下げてもらいましても、ドーにも致し方がございませぬ。神詣にはやはり真心一つが資本でございます。たとえ神社へは参詣せずとも、熱心に心で念じてくだされば、ちゃんとこちらへ通ずるのでございますから・・・。
 参拝者の中で一番に数も多く、又一番に美しいのは、やはり何の注文もなしに、御礼に来られる方々でございましょう。『毎日安泰に暮らさせて頂きまして誠に有難うございます。何卒明日も無事息災に過ごせますよう・・・』昔はこんなあっさりしたのが大そう多かったものでございます。殊に私が神に祀られました当座は、津波で助けられた御礼詣りの人々で賑わいました。無論あの津波で相当沢山の人命が亡びたのでございますが、心がけの良い遺族は決して恨みがましいことを申さず、死ぬのも皆寿命であると諦めて、心から御礼を述べてくれるのでした。私として見れば、自分の力一つで助けた訳でもないのでございますから、そんな風に御礼を言われると却って気の毒でたまらず、一層身を入れてその人達を守護してあげたい気分になるのでした。
 こう言ったお礼詣りについで多いのは病気平癒の祈願、なかんずく子供の病気平癒の祈願でございます。母性愛ばかりはこれは全く別で、あれほど純な、そしてあれほど力強いものは滅多に他に見当たりませぬ。それは実によく私の方に通じてまいります。-が、いかに頼まれましても人間の寿命ばかりはどうにもなりませぬ。随分一心不乱になって神様に御縋りするのでございますが、死ぬものはやはり死んでしまいます。そうした場合に平生心懸けのよいものは、『これも因縁だから致し方がございませぬ・・・』と言って、立派に諦めてくれますが、中には随分性質の良くないのがない訳でもございません。『あんな神様は駄目だ・・・幾ら頼んだってちっとも利きはしない・・・』そんな事を言って挨拶にも来ないのです。それが又よくこちらに通じますので・・・。やはり人物の善悪は、うまく行った場合よりも拙(まづ)く行った場合によく判るようでございます。
 次に案外多いのは若い男女の祈願・・・つまり好いた同志が是非添はして欲しいと言ったような祈願でございます。そんなのは篤と産土神様に伺いまして、差し支えの無いものには出来るだけ話が纏まるように骨を折ってやりますが、ひょっとすると、妻子のある男と一緒になりたいとか、又人妻と添わしてくれとか、随分道ならぬ、無理な注文もございます。無論私としてはそんな祈願を受け付けないばかりか、次第によれば神様に申し上げて懲戒を下して頂きもします。もぐりの流行神なら知らぬこと、いやしくも正しい神としてこんな祈願に耳を傾けるものは絶対に無いと思えば宜しいかと存じます。
 その外には事業成功の祈願、災難除けの祈願等色々ございます。これは何れの神社でも恐らく同様かと存じます。人間はどんなに偉くても随分と隙間だらけのものであり、又随分と気の弱いものでもあり、平生は大きなことを申して威張っておりましても、まさかの場合には手も足も出はしませぬ。無論神の援助にも限りはありますが、しかし神の援助があるのと無いのとでは、そこに大変な相違が出来ます。元々神霊界ありての人間界なのでございますから、今更人間が旋毛(つむじ)を曲げて神様を無視するにも及びますまい。神様の方ではいつもチャーンとお膳立てをして待っていて下さるのでございます。
 それからモー一つ申し上げておきたいのは、あの願掛け・・・つまり念入りの祈願でございまして、これは大抵人の寝鎮まった真夜中のものと限っております。そうした場合には、無論私の方でもよく注意して聴いて上げ、夜中であるからいけないなどとは決して申しませぬ。現世でいうなら丁度急病人に呼び起こされるお医者様と言ったところでございましょうか・・・。
 まだまだ細かく申したら際限もありませぬが、参拝者の種類はざっと以上のようなところでございましょう、これから二つ三つ私の手にかけた実例をお話してみることに致しますが、その前にちょっと申し上げておきたいのは、それ等の祈願を聴く場合の私の気持でございます。ただぼんやりしていたのでは聴き漏らしがありますので、私は朝になればいつも深い統一状態に入り、そしてそのまま御幣と一緒になってしまうのでございます。その方が参拝者達の心がずっとよく判るからでございます。つまり私の二百年間のその日その日はいつも御幣と一体、夜分参拝者が途絶えた時分になって初めて自分に返って御幣から離れると言った按配なのでございます。
 ではこれからお約束の実例に移ります・・・・。
       
       
自殺してはならない霊的な理由 自殺志願者は、まず[自殺の霊的知識]を読んで!
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