自殺ダメ



 先のU夫人とは長いお付き合いであるが、ここ数年の間に数多くの興味深い体外遊離体験をしておられる。その原因は一つには夫人が精神統一の修業を欠かさないからである。つまり夫人の場合は霊的発達に伴って発生する体験であり、その体験の内容はスカルソープ氏のケースと、この後紹介する予定のイーラム氏のケースとよく似ているようである。
 初めて離脱した時は普段霊視している複数の背後霊によって肉体の上方へ持ち上げられた。それが少し苦痛だった為に、あまり長続きしていない。が、その後の離脱体験には割合苦痛は伴っていない。夫人の場合は大体において横側に脱け出る。戻る時は大抵肉体に入り込むのが分かるが、脱け出る時の分離の過程は自分で観察したことはないという。
 横たわっている自分の肉体を見たことはあるが、肉体と幽体とを結んでいる玉の緒(シルバーコード)は見たことがないという。そのことが私との間で話題となった後、夫人が背後霊に一度シルバーコードを見せて欲しいと頼んだところ、ある夜、近くのアパートの三人家族の家へ案内された。見ると三人の幽体がベッドの上で立っており、その幽体と肉体とがシルバーコードによって繋がっているのが見えた。色々と細かく観察した中でも、コードの色が三人とも違っているのが一番印象的だったという。
 スカルソープ氏との出会いがあった後に、幽体離脱の家族の実験の可能性について語り合ったことがある。そして私からスカルソープ氏に、離脱中に同じく離脱中のU夫人に会ってみて欲しいとお願いしてみた。もっとも、スカルソープ氏と共にある霊媒を通じて霊界の複数の知人にその件についてあらかじめ相談したところ、その為には色々と条件を整える必要があり、何と言っても波長の調整がカギなので、人間が考える程簡単にはいかないという返事だった。確かに我々が得た唯一の結果は次のようなものに過ぎなかった。
 1957年10月14日付のスカルソープ氏からの手紙にこうある-〝次に述べる体験はもしかして例の実験を背後霊団が準備してくれたものではなかろうか、つまりその中に登場する女性はU夫人ではなかろうかと思ってメモしておいたものです。残念ながらこの時の私の意識は百パーセント目覚めていなかったので、夫人の目鼻立ちまで覚えておりません。9月15日日曜日の午後3時15分のことですが、私は肉体を離脱して、ある部屋で一人の女性を見つめておりました。その女性は部屋を行ったり来たりしながら、ある芝居のセリフを練習しているところで、もう一人の女性がテーブルに向かって座り、台本に目をやって時折うなずいておりました〟
 これは間違いなく実験だった。U夫人は同じ日付の同じ時刻にスイスのチューリッヒでブッダ(釈迦)についての本を前にしてテーブルに座り、もう一人の女性と込み入った話をしていたという。その相手の女性は議論する時はいつも行ったり来たりする癖があるとのことで、芝居のリハーサルではなかったが、場面そのものはスカルソープ氏が叙述した通りであった。
 U夫人は離脱中に邪霊の類に襲われることは一度もないという。が、旅行から戻ってみると肉体に誰かが入り込んでいたことが一度ならずあったという。夫人が一方の側から入ると、その霊は仕方なく別の側から出て行った。別に後遺症はないという。私はここで、幽体離脱現象には普通の睡眠中と同じく危険は伴わないことを断言しておきたい。
 ある時U夫人は離脱中にシルバーコードが引っ張られるのを感じたことがあるという。又ある時は(何も見えないのに)霊の存在を感じ、夫人は意識が朦朧とし始めるとエネルギーを注入してくれるのが分かったという。霊界では多くの霊と会い、会話も交わしている。その中には今は他界しているかつての知人や親戚の人など、よく知っている人もいれば、全く知らない人もいる。離脱状態では壁やドアは抵抗なしに突き抜けられるという。但し、初めの頃は少しばかり抵抗を感じたそうである。
 もう一つ興味深い体験を語ってくれている。ある時、賑やかな通りを歩いている内に突如として意識が途切れた。そして次に意識が戻った時は同じ通りを25メートルも歩いていた。それから二年後のこと、たまたま同じ通りを歩いていると、二年前と同じ地点まで来て妙な感じに襲われた。夫人は何とかそれに抵抗して事なきを得た。夫人の意見によると、その時もし負けていたら二年前と同じことが起きていたと思う、という。
 この例を挙げたのは、この種の体験がけっして珍しくないように思えるからである。個人的なお付き合いのあるP夫人が数年前に二度も体験したことであるが、通りを歩いている内に自分が身体から脱け出ていくような感じがして、ふと見ると、その自分がすぐ横を一緒に歩いていた。距離にして20メートル程歩いたという。頭がおかしくなったのではないかと思うと怖くなり、二度と起きないように念じたという。当然まだ心霊知識はまるで無かったのである。
 私はこれまでに断片的なものから完全に意識を留めたものまで、実に様々な形の離脱体験をした人達と会ってきたが、どの人も皆正常で健全な精神の持ち主であり、霊視現象との違いを見分けられる人もいる。そうした体験を総合的に観察すると、そこに、程度の差こそあれ肉体から分離出来る別個の幽質の身体の存在を仮定する他に説明のしようのないものばかりである。体外遊離体験が精神異常の兆候となったことは一例もない。が、自然発生的によくそういう体験をするという方は、きちんとした知識を持っておくべきであり、その分野に詳しい信頼の置ける人の助言を受けるべきであろう。