自殺ダメ



 C・D・ラーセン女史はこの分野での体験をもつ女性として私が知った最初の方である。著書を見た限りでは幽体離脱の為の特別の訓練はしておられないが、我々としてはその点について、更には心霊的な予備知識をどの程度もっていたかについて、もっと詳しく知りたいところである。
 女史の最初の離脱体験はいたって突発的なもので、1910年の秋のことだった。その当時既に中年にさしかかっていて髪も白くなり、隠居生活を楽しんでいた。そんなある日、突然重苦しい圧迫感と不安感に襲われた。失神の前の発作の感じによく似ていたという。そのうち麻痺が起き始め、全身の筋肉が痺れて来た。やがて意識が失くなり、次に気がついた時は床に立っていて、ベッドに死体のように横たわっている青白い顔の自分の身体を見下ろしていた。それから化粧室へ行き、鏡の前に立つと、そこに映った自分はすっかり若返り、そして美しく、素敵な白く輝く衣装を纏っていた。
 その化粧室にいても階下で夫と三人の仲間が四重奏の練習をしているのがはっきりと見え、その曲も聞こえた。その階下へ下りて行こうとしたところ女性の霊に呼び止められて、肉体に戻るように言われた。意識を留めたまま肉体と繋がり、やがて喘ぎながら目を覚ましてハッとした。彼女は述べる-〝これが私の体外遊離の最初の体験でした。が、それ以来、何度となく体験しております。宇宙を遠く広く旅行し、多くの天体を訪れました。霊界も訪れました。そこで地上では絶対に叶えられないと思えるようなことを見たり聞いたりしました〟
 旅行中は必ず指導霊が付き添い、いつも同じ霊だっとという。ローマの貴婦人のような服装をしていて、彼女のことを(カロリンをつづめて)カロロと呼んだという。

 ラーセン女史の体験をスカルソープ氏の体験と比較してみると、総体的には一致しているが、全く同一の体験というものはない。それよりも、女史はスカルソープ氏に見られない情報を提供してくれている。特に地上圏及び大気圏の霊界の情報が多い、「私の霊界旅行記」の大半が地上圏の霊界の叙述で占められている。既に他界している知人や最近他界したばかりでまだ死の自覚のない友人と会っている。遠い昔に他界した霊が地上の人間及び他界したばかりの霊と交歓し合っている興味深い光景が叙述されている。また地上の為に働いている霊団の活躍ぶりも見ている。
 そうした言わば〝地上の霊の生活〟ぶりを見た後、女史は上層界へ案内されている。最初の界を女史は〝新来者の為の一種の収容施設〟であるといい、スカルソープ氏と細かい点までよく似た情景を描写している。女史のいう第二界にはもはや地縛霊というものは存在せず、指導霊のもとで能力開発に勤しんでいる。第三及び第四界はその一、二界と〝果てしない暗黒の空間〟によって仕切られており、その光輝溢れる美しさは地上の言語では表現出来ず、そこの住民は完成された高級霊ばかりであるという。
 また女史は〝子供の国〟へも訪れ、そこで開かれていたオーケストラによるコンサートを見ている。演奏された音楽は荘厳さと情感に溢れ、女史は圧倒されて耐え切れなかったという。最後に女史は太陽系の外側に広がる〝無限の空間〟への旅を叙述し、宇宙に充満する無数の霊的存在に驚嘆している。その霊達は強烈な白色光を放ち、それが各々の身体を炎の輝きによって包んでおり、その強さは霊力に応じて異なっていたという。
 以上の僅かな抜粋だけで女史の著書の価値の重要性を語るには十分であろう。それは実質的にスカルソープ氏の体験を確証付ける形になっている。