自殺ダメ



 吾輩もこの説法を聞かされてすっかり交霊会行きに賛成してしまった。そして間もなく他の一群の霊魂達と連れ立ちて交霊会の催されている一室に出掛けて行ったが、其処には一人の婦人が約十人ばかりの男や女に取り巻かれて座って居た。婦人の側には光り輝く一人の偉大なる天使が立って居たが、その天使は雲霞の如き悪霊共に包囲され、多勢に無勢、遂にみすみす霊媒の体を一人の悪霊の占領に委せてしまった。悪霊共はこれを見ると、どッとばかりに歓呼の声を上げ婦人の身辺に押し寄せて、前後、左右、上下からひしひしと包囲し尽して霊魂の垣根を作った。
 「一体こりァ何をしているのかしら・・・」と吾輩が自分の案内者に訊ねた。
 「ナニ我々はこうして天使の勢力を遮断しているのだ。いかに偉い天使でも悪霊の垣根は容易に突破し得ない。丁度我々が優れた霊媒を包囲する天使の垣根を突破し得ないのと同様じゃ。さァこれから憑依霊が仕事を始めるところだから気をつけて見物するがいい」
 そういう中にも霊媒は言葉を切り始め、その席に居た一人の中年の婦人に向かってこんなことを言い出した-
 「私はお前の妹のサリーです。私はどんなに姉さんに会いたかったでしょう」
 これをきっかけに二つ三つ当人に心当たりのありそうなことを喋った。それを聞いて吾輩はすッかり感心してしまった。
 「どうしてこんな事実を知っているのかしら・・・実に恐れ入ったものだネ」
 「そりァ訳はないさ。あいつは何年となくこの霊媒に付き纏っていて、色々役に立ちそうな材料を平生から仕入れておいてあるのだ-さァ又始まった・・・」
 見れば今度はその室に居た一人の男が霊媒に向かって質問を始めたところであった-
 「私は何ぞ有益になる事を伺いたいのです。詰まりソノ実用向きの御注意を・・・」
 「それではあなたの兄さんのジョージさんに訊いてみましょう」と霊媒が答えた。そして直ちにジョージという人物の態度をして言った。「ヘンリー、私は財政上の問題に関して一つお前に有益な注意を与えようと思うが、モちとこちらへ寄って耳を貸しておくれ。他言を憚(はばか)ることだから・・・」
 そう言った彼は右の男の持っている、ある株券のことにつきてボソボソと低い声で注意するところがあった。男はそれを聞いて大変嬉しいそうな顔をした。
 「お前はそれで大成金になれる・・・」
 そう憑霊が付け加えた。
 「あんなこと言いやがって本当かしら?」
と吾輩が案内役に訊いた。
 「本当だよ、今のは・・・。我々の仲間は時々嘘を言ってムク鳥をひっかけて歓ぶこともあるが、又時々は本当のことを教えてやって、どうしても我々を離れることの出来ないように仕向けて行くのだ。又人間というものは成るべく色々の欲望を満足させて堕落させておかないと、段々有意義な心霊上の問題などに熱中して来やがって、俺達の邪魔をするようになるものだ-ソレ又始まった」
 今度は霊媒が一人の若い女に近付いた-
 「今あなたが心に思っていることはよく私に判っています。先方の申し込みには早速応じなさい。受け合ってあなた方の結婚生活は幸福です。あの人について色々面白からぬ陰口を聞かされるかも知れませんが、皆嘘ですからそれに騙されてはいけません」
 吾輩は再び質問を発した-
 「ありァ一体何を言っているのかね・・・」
 「あの若い女に目下結婚問題が起こっているのだネ。候補者の男というのは酔っぱらいの悪漢で、箸にも棒にもかからぬ代物だ。お陰であの女は今に散々苦労をさせられた挙句の果が堕落するに決まっている。そこで結局こちとらの食い物になる-さァ又始まり始まり!今度霊媒の体に憑った奴はひょうきん者の悪戯霊だからきっと面白いことをやらかすに相違ない」
 成る程今度は霊媒に新規の霊魂が憑って様々の悪戯をやり始めたのであった。中には毒にも薬にもならぬ仕打ちも混じっていたが、又中には性質の良くない悪戯もあった。しかし概して他の霊魂のように余り悪ズルいところがなかった。先ず手始めに室内の品物を動かしたり、投げつけたりする。次に室内の人達の頭をピシャピシャ叩く。次に物品を隠し、人々の懐中物さえ巧みに抽(ぬ)き取る。それが皆人間の方から見ればちっとも手を触れないでやることになる。最後に彼は其処に置いてあったテーブルを引っ繰り返し、座客の過半にとんぼ返りを打たせた。
 やるだけやって我々は交霊会場を引き上げた。
 道々吾輩の案内者はこう説明した-
 「心霊現象といえば大抵あんなところが一番多いが、物質的な頭脳の所有者に霊魂の存在を承認させる為には、この種の方法以外には絶対に何物もない。その為に優れた霊媒や霊魂までも止むことを得ずこんな子供じみた曲芸をやって見せるのだが、見物人は大喜びで、初めて成る程ということになり、その勢いで嘘だらけの霊界通信までも感心して受け容れる。お陰で霊媒の体は目茶目茶になり、交霊会の評判はめっきり下落する。我々悪霊にとりての大禁物は純潔で且つ真面目な霊媒と心霊研究とである。そんなものはこっちの秘密を矢鱈に素っ破抜き過ぎて、人間を用心深くさせて困ってしまう・・・」
 こんな記事を御覧になれば諸君は吾輩の趣旨が那辺(なへん=どのあたり)にあるかをお察ししてくださるでしょう。諸君のお気の付かないところに、別に隠れたる理由もありますが、それは次第に判ってまいりますから辛抱して最後まで読んで頂きます。
 何しろ吾輩は我の強い人間で、段々堕落してとうとう地獄のドン底までも堕ちて行った者であります。人間というのは生前に悪事をすれば、その堕落せる人格は死後までも依然として継承され、堕ちるところまで堕ちてしまわねば決して承知が出来ないようであります。
 が、諺(ことわざ)にもある通り、「一切を知るは一切を大目に見ることである」-一旦地獄のドン底へ堕ちた者がやがて又頂上まで登ることがありとすれば、その間に獲たる知識は自分自身にとりても、又一般世間にとりてもきっと大いに役に立ちます。格別の悪事もせぬ代わりに又格別の善事もせぬ弱虫霊よりも、この方が却って有効かも知れません。兎も角も吾輩はそのつもりで大いに活動します・・・。