自殺ダメ



 吾輩が続いて訊ねた-
 「そんな悪い事をするのは真の悪魔なのですか、それとも普通の人間の霊魂なのですか?」
 「それは普通の人間の霊魂なのじゃ。彼等は地上の悪漢同様自分達の仲間が彼等を離れて正義の道に就くことを嫌うのじゃ。汝の今述べたような真の悪魔などというものは、地獄の最下層以外には滅多に居るものではない。地獄の上層にいるのは先ず大抵人間の霊魂であると思えば間違いはない」
 「それなら自殺した者は何処に居るのでございますか?」
 「そんな者は大抵地獄の第三部、憎悪の境涯に行っているが、たまに第四部にいるのがあるかも知れん。又幽界にいる時分に、その罪を償ってしまって地獄に堕ちずに済む者も少なくない」
 「それはそうと天使様、何やら光明が段々強く、行き先が明るくなってまいりました。これはどうしたのでございます?」
 「我々は段々光明の地域に近付きつつあるのじゃ。のみならず休憩所の天使達が、我々の近付くのを知って、我々の為に神に祈願を込めてくださるのじゃ。光というものは実は信念そのものである。故に我々の為に祈りを捧げてくれる者があれば、その信念が光となって我々を導いてくださる」
 次第次第に光は強さを加え、終いには眩しくてしようがなくなった。が、幸いにも吾輩の人格にこびりついた最劣悪部は既に燃え尽くしてしまったものと見え、この前よりも痛みを感ずることが少なかった。
 間もなく我々は休憩所に辿り着き、その入り口の階段を登り詰めて扉の前に立った。守護神は手さえかける模様もなくするすると扉を突き抜けて内部へ入ったが、しばしの後扉は内部から開かれ、吾輩も誰かに導かれて室内に歩み行った。
 言うまでもなく室内は極度に光線が強いので、吾輩は一時すっかり盲目となってしまったが、それでも慣れるにつれて次第に勝手が判って来た。聞けばここに駐在する天使達の任務というのは、一つには例の瀑布の付近の道路の破壊されるのを防ぎ、又一つには第五部の居住者がうっかり道に踏み迷い、第四部の方に落ちて来るのを監視する為でもあった。
 ここで一言付け加えておきたいのは、第五部の住民から排斥された者が、時とすればその境界線にある絶壁から第四部に突き落とされることである。第五部は大体に於いて大変に格式を重んずる所で、規則違反者と見れば、決して容赦しない。この休憩所はそんな目に遭う連中をも出来るだけ救うことにしているのである。
 なおこの休憩所の前面にはインキ色の真っ黒な川が流れているが、その川に掛かっている橋梁の警備もまたこの休憩所の天使達の手で引き受けているのであった。