自殺ダメ



 吾輩は呆れて一瞬間牧師の顔を凝視した-
 「それならあなたはどうして此処へお出でになっているのです?」
 「イヤ私は何やら妙なことでここへ来たのじゃ。私は病気にかかり、やがて意識を失った。その間に頗る不思議な、そして気味の悪い夢を見せられたが、勿論ここに取り立てて述べるだけの価値はない。夢は五臓の疲れに過ぎんからな・・・・。やがて回復してみるといつの間にか私は此処へ来ている。しかし妻は来ていません。人に訊いてみたが誰も詳しい事を知っている者がない。その内この教区の前任者が不思議なことでプイと行方不明になったので、私がその代わりに教区を預かることになって、今日に及んでいるのじゃ。何人も前任者は死んだものとしているが、兎に角この土地の生活状態には何やら不可解な点が多い。ここでは誰も死ぬ者がない。従って葬式の必要もない。ただ人の知らぬ間に体が消滅するのじゃな。多分衛生当事者が密かに死体を処分するものかと思うが、そんなことは私の職務外のことじゃから深く訊き出しもしません。何分私の受け持っている教区は市の中央部にあるので、朝から晩までかかり切りにかかっていても間に合わぬ位多忙でな・・・・」
 「あなたはこちらで結婚でもなさいましたか?」
 「無論しました。元の妻は私の病中にてっきり死んだものとしか思われないから、私は何の躊躇するところもなく再婚しました。勿論私はもう老人で別に結婚はせずともよいのじゃが、しかし妻がいてくれんと教区の事務遂行に関して大変差し支えが生ずる。欲を言えば今度の妻がもう少し手腕があってくれればと思うが、まぁしかし人間は大抵のところで諦めるのが肝要でな・・・・・」
 「して見ると、あなたは現在地獄に落ちておられる事にまだお気がつかれないのですか?」
 「これこれあなたはとんでもないことを仰る!」
 仕方が無いから吾輩はここが地獄の一部分であること、又死後吾輩が色々の苦い経験をなめたことを物語ってやった。彼は極めて冷ややかに吾輩の話を聞いていたがやがて口を挟んだ-
 「イヤもうそれで沢山沢山!私がもしただの人間であったならこのまま黙っては済まされないところじゃが、身分が身分じゃから、ただこれだけあなたに言って聞かせる-外でもない、それは私があなたの話を全部信用しないということじゃ。今日はとんでもない人に会って時間を浪費してしもうた!あなたは嘘つきか、それともあなたの人相から察して、余程の悪漢かに相違ない。一刻も早くこの市から立ち去って下さい。慈悲忍辱の身として私からは告発はせぬ事にするが、若しこれが他の人であったら決してあなたみたいな人物を容赦せぬに決まっている・・・」
 彼は吾輩をうっちゃらかしておいて、やがて近付いた二人の婦人に吾輩のことをベラベラ説明し始めた。吾輩もこんな所に永居は無用と早速寺院から飛び出してしまった。