自殺ダメ



 西欧の心霊研究を日本に付植し、その研究と普及に不滅の業績を残した浅野和三郎の著作が、半世紀ぶりに陽の目を見ることになった。これらの多くは長年絶版のままであり、心霊研究家や同好者の間から、その再刊が待望されていたものばかりである。
 世界の霊界通信の至宝といわれる『霊訓』『永遠の大道』『死後の世界』をはじめ、日本の霊界通信の白眉『小桜姫物語』、また心霊研究の不朽の名著とされる『心霊講座』等々、次々と刊行されるわけで、これはまさに、文字通り、心霊の秘庫が開かれることになったわけである。
 130余年前に欧米で発生した近代心霊研究は、唯物主義化して、崩壊に向かうであろう現代を予測して発生した、いわば天啓であって、近代の知性と科学的な方法によって、現代人に、分かり易く納得ゆく形で、霊的真理を示そうとするものであった。
 浅野和三郎は、早くから英文学者として令名たかく、本邦最初のシェイクスピアの完訳者の一人、『スケッチブック』の名訳などによって知られていた。しかし、心霊研究のもつ計り知れない意義に気付くと、それらの名声も海軍教官の要職も投げ打って、この道に入った。大正十二年、東京に心霊科学研究会を設立、機関誌「心霊と人生」を発刊、研究と心霊思想の普及に献身した。昭和十二年の死に至る僅か十五年間に、四十余冊の著作をなし遂げている。
 これらの活動で、心霊研究は、日本に確実に定着され、その人生指導原理であるスピリチュアリズム(神霊主義)が展開され、その偉業は計り知れないものがある。
 その後の仕事は、弟子である脇長生の手に受け継がれ、昭和五十三年の死まで、心霊科学研究会と月刊誌「心霊と人生」は健在で、心霊研究、なかんずくスピリチュアリズムの新展開の面で、日本における指導的役割を果たしてきた。
 この度、『浅野和三郎著作集』が刊行されることは、既に古典の地位を獲得した、これら名著を世に残すだけでなく、更に重大な意味があるように思える。人類のかってない物質的繁栄と共に、核戦争、飢餓、人心荒廃などの危機が迫っている。これは、物質の力のほかに霊的な存在を見失った人類の病気であって、これを治す処方箋は、もはや心霊研究の外にないのである。しかし反面では、超能力や霊的現象に対する関心が異常に高まってきている。これは人類の危機に救いを見出せない人心の不安の表れである。これに便乗して雑多な心霊書の類が氾濫している。古い霊術や、宗教的秘法や、興味本位の心霊談などで、現代の危機は到底救えるものではない。逆に、これらが誤った心霊的迷信を撒き散らすという、新しい危機さえ生まれつつあるのである。
 今回の出版は、まさに時宜を得た、いわば天の時の感が深いのである。浅野和三郎が付植した心霊研究が、もう一度ここで確認され、130余年前からその開花の時を待っている、科学的心霊研究とその帰結であるスピリチュアリズムが、逆に、日本から世界に向かって拡がっていくかもしれない予感さえ帯びているのである。
この出版の裏には、永年にわたり、資料収集と保管に心を砕いてきた、浅野和三郎氏のご長女・秋山美智子様、令孫・浅野修一氏らの悲願が込められていることを記しておきたい。また、刊行に深い理解と協力を惜しまれなかった、潮文社社長、小島正氏の識見に敬意を表する次第である。

              昭和六十年四月

                                             心霊研究家 桑原啓善

              見えない壁の向こうに[死後の世界]J・S・M・ワード著 浅野和三郎訳の冒頭より