自殺ダメ



 叔父さんが霊界で建築物を見物に出掛けたという物語は、はしなくも前年物故したAという人物の死後の生活状態を明らかにする端緒を開きました。
 ワード「叔父さん、あなたは霊界でそんなに多数の建築家達と御交際をなさるなら建築家のAという男にお会いになられませんでしたか?」
 叔父「こいつぁ意外じゃ!別荘の事についてワシのことを皮肉ったのは外でもない、そのAという男じゃ・・・」
 ワード「まぁそうでございましたか-近頃Aはどんな按配に暮らしております?」
 叔父「あの男は現在ワシの仲間にいますよ。何でも最初霊界へ来た時に半信仰者の部類に編入されたので大変不平で、僕は立派な信者だと言って先生に食ってかかったということじゃ。すると先生はこう言われたそうじゃ-
 「あなたが真の信者ならここへは来ぬ筈じゃ。あなたは自分では立派な信者と思っていたのであろうが、しかし信仰というものはただ口頭で信ずるのみではいけない。心から信仰を掴まねばならぬ。若しあなたが真の信者であったなら、地上であんな生活を送る筈がない。自分で信者と思っていたもので現在地獄に堕ちている者は沢山ある。真の信仰は実行の上に発揮されるべきである。それでなければ誠の信仰ではない。これは必ずしも神を信ずる者が罪を犯さぬという意味ではない。信仰ある者でも犯した罪の為に苦しむこともあるであろう。人間はいかなる思想、いかなる行為に対しても責任がある。が、いずれにしても誠の信仰を持つというとこが根本である。霊界では他を欺くことは出来ない。イヤ自分自身をも欺き得ない。あなたは半ば信じたからそれでこの境に置かれたのだ。若し少しも信仰がなかったなら地獄に送られたであろう。まぁ折角勉強なさるがよい・・・」
 これにはさすがのAも一言もなかったそうじゃ・・・」
 ワード「いかがでございます、あの男の霊界に於ける進歩は?」
 叔父「あまり速いとも言われまいな。お前も知る通り、Aは何分にも血気盛りで、狩猟だの、酒だの、女だの、金儲けだのという物質的な快楽に囚われている最中に死んだものだから現世の執着が中々脱け切れない。無論あの男は地縛の霊魂ではない。地縛の霊魂なら霊界には居られない-が、どうも地上がまだ恋しくてしょうがないようじゃ。時々学校を怠けて地上へ降りて行って、昔馴染みの女やら料理屋やらをちょいちょい訪れる模様がある。地縛の堕落霊が淫らな真似をしたさにうろつき回るのとは大分訳が違うが、どうも旧知の人物や場所に対する一種の愛着が残っているらしい。決して悪い男ではないのだから早くそんな真似さえ止せば進歩がずっと速くなる。しかし当人自身も言っている通り、Aは少なくとも三十年ばかり死ぬのが早過ぎたのかも知れん。従って三十年位は途中でまごつかなければならんのじゃろう・・。
 兎に角Aは恐ろしく分かりの良くない男で、極めて簡単なことでも中々呑み込めぬようじゃ。死んだのはワシよりもずっと早いがもうワシの方が追い越してしまった。しかし元来が面白い人物なので教場外では大変人望がある。もっともAは霊界に戸外遊戯がないのには余程弱っているらしい。おかしな男でこの間も成るべく妻の死ぬのが遅れる方がいいと言うのじゃ。何故かとその理由を訊いてみると、後から来た女房に追い越されると癪に障ると言うのじゃ。
 イヤ今日は大変長い間お前を引き止めた。余り長引くと、お前が霊界の者に成り切りになると困るからこの辺で帰ってもらうことにしよう・・・・」