自殺ダメ


 3月30日の夜ワード氏は恍惚状態において霊界の叔父さんを訪ねました。二人の立てる場所はとある高い丘の上で、眼下に叔父の住む校舎の塔だの屋根だのが見えるのでした。
 叔父「どうじゃ、今日はお前に学校の見物をさせようと思うが・・・・」
 ワード「至極結構でございますね」
 二人はおもむろに丘の傾斜面を降りつつありました。
 ワード「叔父さん、今日は私カーリーからの言伝を持って来ているのです。今迄のあなたのお話は少し堅過ぎるから、何ぞ霊界の事情のあっさりした方面-例えばあなた方のやっておられる道楽、遊芸といったような事柄を調べて来てもらいたいという注文なのですが、いかがなものでございましょう?まさかあなた方とて勉強ばかりやっていらっしゃる訳でもございますまい」
 叔父「成る程それもそうじゃ。それなら今日はそちらの方の問題を片付けることにしよう。もっとも余り沢山あり過ぎて、ホンの一局部を瞥見(べっけん)するだけの事しか出来まいがね・・・・」
 やがて二人は校舎の門を潜り、一つの大広間に入って行きました。
 叔父「これはワシの入っている倶楽部みたいなところじゃ・・・・」
 成る程そこには多数の人達が集まって、その中の幾人かがしきりにチェスを闘わしていました。
 ワード「中々どうも盛んですな-あそこに居る方は大変上手い手を差しますな」
 叔父「あれがラスカーじゃ。お前と同じように、まだ生きているくせに、毎晩ここまで出掛けて来て勝負をやっている」
 ワード「余りあの方の腕前が飛び離れて優れているので、私にはとても覚え切れません。霊界に居てさえ呑み込めない位ですから地上へ戻ったら尚更忘れてしまいそうです」
 叔父「別に覚えている必要は少しもない。霊界でチェスをやっているという事実を覚えておってもらえばそれでよい」
 間もなく二人はそこを出て門を潜りました。
 叔父「ワシにはまだ他にも道楽があるから、それを見せてあげよう」
 そう言って叔父さんは街を通って、とあるスクエアに出たが、それは文藝復興期の様式に出来ているものでした。とある家の扉を押して内部に入ると、其処は建築事務所で、地上のそれのように少しも取り乱したところがなく、そして図案よりも寧ろ模型品が沢山並んでいました。
 叔父「これはワシがある一人の人物と共同で経営している仕事じゃが、生憎相手は目下ある新しい研究に出張中でお前に紹介することが出来ない。その人は十六世紀の末から十七世紀の初期にかけてこの世に生きていたフランス人でイタリイにも行っていたことがあるので、文藝復興期の建築にかけては中々明るい人じゃ。ただ排水工事その他の近代的設備の知識に乏しいので、ワシがそれ等の点を補充してやっている。一口に言うとワシの相棒は図案装飾等の専門で、ワシの方は実用方面の受け持ちじゃ。
 大体において霊界はあらゆる美術が地上の者の夢にも考え及ばぬ程進歩しておる。とても比較になりはしない」
 ワード「それにしても、何の目的でこんな図案などをお作りになるのです?霊界でも建築をやるのでございますか?」
 叔父「時々は建築をせんこともない。しかし多くの場合において我々は地上の人間に我々の思想を映し、物質的材料を使って建築をやらせるのじゃ。インスピレーションの本源はことごとく霊界にある。天才の作品というものは詰まりその人物の霊媒的能力を活用して霊界の者が操縦する結果である。天才は兎角気まぐれが多く、道徳的欠陥に富んでいるものだが、要するにそれは彼等が霊媒であるからじゃ。善い霊に感応すると同時に又悪い霊の影響をも受け易い・・・・」