自殺ダメ



 「さてこの次は音楽学校に連れて行くことにしようかな」
 叔父さんはそう言ってワード氏をそちらの方面に案内して行きました。
 そこには作曲に耽る者、弾奏を試みる者、唱歌を学ぶ者・・・・。皆熱心な音楽家が集まっていて、大音楽堂らしいものも出来ていました。
 ワード「音楽堂が設けてある位なら、他の演芸機関も勿論設けてあるでしょうな?」
 叔父「そりゃあるとも!霊界には劇場でも何でもある-が、ここでは悪徳謳歌の嫌いあるものはやらないことにしてある。そんなものは皆地獄の方へ持って行ってしまう。霊界の芝居は地上で出来た最も優れ、最も高尚な作品と、それから特にこちらで出来た傑作とを演じるだけで、少し下らない作品であると、たとえそれがタチの悪いものでなくとも地獄のどこかへ持って行ってしまう-と言って無論私達のいる境涯にも最上等の霊的神品と言う程のものはない。そんなのは高尚過ぎて我々に分からぬからじゃ。それらは私達よりもずっと上の境涯で演じられる」
 ワード「シェークスピアの戯曲などはあれはどうでございます?随分すぐれて善いところもありますが、時とすると思い切って野卑で不道徳なところもございますね」
 叔父「そんなイヤらしい部分は皆改作してあります。しかもシェークスピア自身が霊界で筆を執って改作したのじゃ。それゆえ霊界のシェークスピアには下らない部分がすっかり失せ、その代わりに詩趣風韻の豊かなる文字が置き換えられてある。それがしっくり原文に当てはまっているばかりでなく、原作で生硬難解であったところが、しばしば意義深長なる大文字に化している」
 ワード「するとシェークスピアがやはりあの脚本の作者であって、一部の文藝批評家が言うようにベーコンではなかったのでございますか?」
 叔父「無論ベーコンではない。さりとて又シェークスピア自身でもない。あれは皆一群の霊魂達のインスピレーションによって書かれたのじゃ。シェークスピアの作品の中で下らない箇所だけが当人の自作である。作者が霊界からの高尚な思想を捉えることが出来ないので、自身で勝手に穴を埋めて行ったのじゃね・・・・。
 先刻ワシは霊界の劇場では悪徳謳歌の嫌いあるものは許されないと述べたが、無論それは悪徳の為に悪徳を描くのが悪いので、悪徳の恐ろしい結果を示すが為に仕組まれたものは少しも差し支えない。で、シェークスピアの[オセロ]などは始終霊界で演じられておる。ただ野卑な文句だけは皆削ってある。あの脚本は随分惨酷な材料を取り扱ってはあるが、しかし大変有益な教訓を含んでいるので結構なのじゃ-と言って何も私達があんな簡単極まる教訓が有難いので芝居見物に出掛ける訳では少しもない。ただ地上に出現した最大傑作の一つを目の前で演じてもらえるのが興味を引くからに過ぎない。要するに我々の芝居見物は娯楽が眼目じゃ」
 ワード「ダンテの神曲などもやはりあれを単なる空想の産物と見なすのは間違いでございましょうか?」
 叔父「間違いじゃとも!あれはダンテが恍惚状態において接したところの本当の啓示に相違ない。ただあれは本人の詩的空想だの、又先入的宗教思想だのが相当多量に加味されている。恐らくダンテは彼の恍惚状態から普通の覚醒状態に戻った当座ははっきり真相を掴んでいたのであろうが、いよいよ筆を執りて詩句を練っている時に錯誤が来たのじゃと思う」