自殺ダメ



 するとその時カーリーが突然叫びました-
 「あら!あそこに一軒屋がありますね。誰の住居なのでしょう?」
 そう言われて見ると果たしてこざっぱりした家が路傍にあって、前面には小さい庭があり、裏へ回ると更に大きな庭園がついていました。
 叔父「こりゃ近頃壊された何処かの家屋の幽体じゃ。こんなのはあまり長くここに残るまい。無生物の幽体はとかく永続せぬからな・・・・。ただ誰かがそれに住んでいると奇妙に保存期限が長くなるものじゃ。兎に角内部へ入って見ることにしよう」
 「まぁ!」とカーリーは家の内部を見た時に「道具が一切揃っているじゃありませんか!」
 叔父「幽界にしてはこりゃ寧ろ珍しい現象じゃ。多分火災でも起こして什器一切が家と一緒に焼けたのかも知れない。いや確かにそうじゃ。その証拠には額面だけが焼けている。所々壁に白い痕がついて、額面をさげた紐までそっくり残っているではないか。多分火災と知って誰かがナイフで紐を切り、一番目ぼしい絵だけ運び出したものに相違ない。しかしあまり沢山の品物を持ち出す暇はなかったと見える」
 そう言って叔父さんは食堂であったらしい一室に据えられた安楽椅子に腰を下ろした。
 「兎に角こいつぁ住み心地の良い家じゃ」と彼は言葉を続けた。「質素ではあるが、中々頑丈に出来ている。ワシがもしも幽界に居るものなら、早速こいつを占領するのじゃが・・・・」
 カーリー「ちょっと庭園へ降りてみましょうか?」
 ワード「降りてみてもよい・・・・」
 夫婦が食堂の扉を開けて、低い階段を降りて庭園へ出ると、間もなく叔父さんが小型の革鞄を肩にしてそれに続きました。
 カーリー「お父さま、その鞄は何でございますか?」
 叔父「なに部屋に置いてあったのじゃ。何が入っているか一つ開けて見てやろう」
 そう言って彼は鞄を地面に降ろして蓋を開けましたが、たちまち一冊の書物を抜き出して喜色を満面にたたえ、
 「カーリー、これを見なさい!こんなものが入っていたとは実に奇妙じゃ!」
 カーリー「あら!それはお父さまの昔お書きになった建築学の御本ではございませんか!」
 叔父「そうじゃ!道理でこの家には大変新式の工夫が施してあると思った。この家の所有者はよほど理解のよい人物であったに相違ない」
 叔父さんはこの家の主人が自著の愛読者であったことを発見して嬉しくてたまらぬ様子でした。傍でそれを見ていたワード氏は、人間界でも霊界でも格別人情には変わりがないのを知って、つくづく肝心したのでした。
 と、突然カーリーが叫びました。
 「私大変にくたびれましたわ。早く帰って寝ます」
 ワード氏はびっくりして不安の面持ちをして叔父さんの方を見ましたが、叔父さんは一向平気なもので、
 「あ!お前はくたびれましたか。それなら早くお帰りなさい。その内又出て来るがよい。お前が来る時はワシはいつでもここまで出かけて来ます」
 やがてカーリーは二人と別れて立ち去りましたが、たちまち幽界の壁のようなものに遮られてその姿を失いました。叔父さんはワード氏に向かって言いました-
 「お前はカーリーがくたびれたと聞いた時に大変気を揉んだようじゃが、あんなことはなんでもない。肉体の方でその幽体を呼んでいるまでのことじゃ。生きている人の幽体が肉体に入る時の気分は寝付く時の気分にそっくりじゃ-イヤしかしお前ももう戻らんければなるまい。先刻は地上から出掛けるものばかりであったが、今度は皆急いで地上に戻る連中ばかりしゃ」
 成る程夢見る人の群は元来た方向へ立ち帰る者ばかりで、歩調がだんだん早くなり、ワード氏の父も失望の色を浮かべて急いで側を通過して行きました。
 やがて人数は次第に減り、幽界の居住者の中には苦き涙を流しつつ、地上に帰り行く愛しき人達に別れを告ぐる者も見受けられました。
 「さぁお前もいい加減に戻るがよい」
 叔父さんに促されてワード氏もそこを立ち去ると見て、後は前後不覚になりました。
 翌朝ワード氏は昨晩あったことをカーリーに訊ねてみると、彼女は幽界における会見の大部分を記憶はしていましたが、しかし彼女はそれを単なる一場の夢としか考えていませんでした。